気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に真魚八重子さんが解説します。
今月の1本
『アオラレ』(原題:Unhinged)をご紹介します。
※動画が見られない場合は YouTube のページでご覧ください。朝寝坊した美容師のレイチェル(カレン・ピストリアス)は、息子のカイル(ガブリエル・ベイトマン)を学校へ送りながら職場へと向かうが、高速道路は大渋滞。度重なる遅刻で仕事を首になってしまった彼女は、最悪の気分のまま下道を走る。信号待ちで止まると、前の車は青になっても発進しない。クラクションを鳴らすがまだ動かない。いらついたレイチェルが追い越すと、ドライバーの男(ラッセル・クロウ)が「運転マナーがなっていない」と言う。謝罪を求める男を拒絶し、息子を無事学校に送り届けたものの、ガソリンスタンドの売店でさっきの男につけられていることに気付く。居合わせた男性が“男”を追い払おうとするも、時すでに遅し―。
クラクションを鳴らしたことで起こる惨劇
昨今、マスコミで報道される機会の増えた「あおり運転」。スマートフォンのカメラ機能やドライブレコーダーの普及から、ニュースで実際の映像を見ることが多くなった。しかしそんな技術よりも、なんとなく世間全体がギスギスしていて、 すぐに 暴力が起こるほど気分がささくれ立っているから増加したという印象もある。そのため、アメリカでもあおり運転が映画のテーマになる時勢なのだと、日本で暮らしていても妙に納得がいく。
本作のオープニングは怖いが素晴らしいものだ。ラッセル・クロウ演じる“男”が起こす惨劇――ただならぬ雰囲気が暴力として結実する、演出の見事な高まりがある。ラッセル・クロウは昔から表情が険しい二枚目だったので、年齢を重ねた今、この鬼の形相をした恐ろしい男の姿がぴたりとはまっている。ぜい肉がたっぷりついた巨漢の体形は太って見えるスーツによるもので、実際に太ったわけではないのでご 安心 を。
主人公のレイチェルは、別居している夫との離婚裁判を抱えている。彼女はある朝、寝坊をして美容師の仕事を首になってしまい、その上息子を学校に送り届ける際、クラクションを鳴らしたことでトラブルが起こる。その相手が“男”だ。彼の怒りを買ったレイチェルは、執拗に追い掛けられ、周囲の人間までも巻き込む恐怖体験をする。
日本にも「無敵の人(失うものが何もない人)」というネットスラングがある。人が犯罪に走りそうなとき、家族や仕事を失う恐怖が歯止めとなる。しかしそれらを持たず、死をも覚悟した犯人は失うものがないので、非常に残酷な犯罪を行ってしまう。本作の“男”も後のことなどまったく構わず、「死なばもろとも」という捨て鉢さがよく出ている。
レイチェルが謝らないとわかったときの、“男”の表情の変化には目を奪われる。“男”が行う嫌がらせは、クラクションのトラブル程度からは到底想像できない悪辣な行為で、その過剰さに映画らしい「けれん味(うまい誇張や演出)」がある。
『アオラレ』(原題:Unhinged)
Staff ">Cast & Staff
監督:デリック・ボルテ/出演:ラッセル・クロウ、カレン・ピストリアス、ガブリエル・ベイトマンほか/公開中/配給:KADOKAWA
movies.kadokawa.co.jp※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年7月号に掲載した記事を再編集したものです。
真魚八重子(まな・やえこ) 映画著述業。『映画秘宝』、朝日新聞の映画欄、文春オンライン等で執筆中。著書『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『映画なしでは生きられない』『バッドエンドの誘惑』(共に洋泉社)も絶賛発売中。
SERIES連載
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