才能ある女性が「男性的」とされるのはなぜか?ヴァージニア・ウルフと詩人サッポーから探る

アクチュアルな英語文学

時代を経て読み継がれる文学の名作には、「今」を生きるためのヒントやテーマが潜んでいます。この連載「現代的な視点で読み解く アクチュアルな英語文学」では、英文学と医学史がご専門の上智大学教授である小川公代さんが、主に18世紀以降のイギリス文学から今日的な課題を探ります。第8回で取り上げるのは、作家ヴァージニア・ウルフや同時代の女性詩人・作家たちと、偉大な詩人サッポー(サッフォー)の関係です。

ウルフの猫の名前の由来

ヴァージニア・ウルフの美しい猫の名前が「サッポー」(Sappho、サッフォー)であることをご存じだろうか。

おそらくウルフの愛読者たちには知られているのかもしれないが、ウルフのことをよく知る読者でも、「サッポー」が誰だったかを知る人は少ないのではないか。

サッポーは、古代ギリシャの9詩聖にも数えられるほどの偉大な女性抒情詩人で、特に愛についての詩が有名である。西洋の長い歴史において、この名前が言及されるのは近代の女性詩人(や作家)たちの才能が称賛されるときであり、いわば「女性天才詩人」の称号のようなものでもある。

サッポーが偉大な詩人となった背景

ウルフの『ある協会』(“A Society,” 1927)という作品がある。男が女より優れているのか議論していた若い女性たちが「協会」を結成し、文学界、法曹界などの男性社会に潜入して、5年後に報告し合うことになるという物語だ。この中で、女性たちの一人、エリナーが「サッポー以来、第一級の女性詩人がいない」と発言する。

エリナーのセリフは実は、この作品を執筆する1年前にウルフが目にした新聞記事に書かれていた、「サッポー以来、第一級の女性詩人がいない」という言葉をそのまま用いている。

ウルフはこの記事を読んですぐさま抗議の手紙を書いたという。彼女は、サッポー以降、女性たちが文学の領域で活躍することがかなわなかったのは「外的抑圧」(external restraints)によると説明している。他方、サッポーの時代には、高い教養を持ち、感情を言葉で表すことができた女性たちには「社会でも家庭でも自由」が与えられていたと述べている。

サッポーの幸運な環境には、次の3つの条件がそろっていた。まずは芸術家の先人たちがいたこと、それから芸術が自由に議論され、実践されるグループに属すことができたこと、最後に、行動と経験の自由が与えられていたことだ。「これらの[レスボス島で与えられた自由な]環境はそれ以降に生きてきた女性の運命では決してなかった」とウルフは嘆いている*1

サッポーとレズビアニズム

ウルフが「サッポー」という名前を自分の猫に付けたこと自体、少し大げさではないかと思ってしまうのだが、この猫の詩的で美しい佇(たたず)まい*2を見るにつけ、なるほどと思わずにいられない。

ただ、ウルフがこの名前にこだわった理由は、おそらくそれだけではないだろう。文芸で名声を得た女性たちが称される「サッポー」という名前は、レズビアニズムと関連付けられたがために、作品自体も社会に抑圧されてしまうという諸刃(もろは)の剣を意味していたからだ。

現代では、「サフィック/サッポー風の」(Sapphic)は女性同性愛者を、「サフィズム」(Sapphism)は女性同性愛を示すのに用いられている。それは、広く同性愛者として知られるサッポーの出身地「レスボス島」(Lesbos)がLesbianの語源であることを見ても明らかである。

ウルフはレナード・ウルフと結婚していたが、同性愛のパートナーがいた。通称「ヴィタ」と呼ばれる詩人、作家のヴィクトリア・メアリー・サックヴィル=ウェルト(Victoria Mary Sackville-West, 1892-1962)である。

18世紀以降、文学テクストでも「サフィック」という言葉は女性の天才を指す言葉としてよく使われていたが、ウルフも「サッポー」は「創始者であると同時に、継承者」であると考えた*3。また、『オーランドー』という半伝記的小説では、400年かけて詩を完成させる天才を描いた。主人公は、実はヴィタをモデルとしている。それは、題名の後に「V・サックヴィル=ウェルトへ」と付記されていることからもわかる。

主人公のオーランドーは400年近く生きるが、小説では1586年から1928年までの約340年間の活躍を追っている。エリザベス朝時代に16歳のやや感傷的で中性的な美少年だったオーランドーはゆっくりと時間をかけて成長し、30歳頃に深い眠りに落ちて、目が覚めたときには女性に変わっていた。そこから女性として経験を積み、1928年には36歳で念願だった詩人となる夢をかなえるのだ。

サッポーから着想を得た作品群

ウルフが生きた19世紀末から20世紀初頭にかけて、サッポーを題材とした芸術作品が多数世に出ている。例えば、シャルル・メンギンによる『サッポー』(1877年)やジョン・ウィリアム・ゴッドワードによる「サッポーの時間」(1904年)などがある。

さらに、ウルフの同時代に生きた同性愛者の詩人で作家のラドクリフ・ホール(Radclyffe Hall, 1880-1943)は、「サッポーに寄せて」(“Ode to Sappho,” 1908)という詩を書いている。この時代にサッポーを素材にして作品を創作した芸術家の名には枚挙にいとまがない。

また、女性詩人への評価が厳しかった、詩人で批評家のイーディス・シットウェルは「サッポー[の才能]は例外である」とさえ述べた*4。彼女は、クリスティーナ・ロセッティやエミリー・ディキンソンの詩を酷評していたが、それは女性詩人や芸術家に潜在的な能力がなかったと考えていたからではなかった。ギリシャの古典の知識を持たない女性が文学の創作に従事するのはどうしても不利になるという事情があったのだ。

女性の教育の欠如については、ウルフもシットウェルと同様の考え方であったようだ。だからこそ、創作の才能を開花させるために「自分ひとりの部屋」が必要であると主張した。

詩人サッポーの彫像

「同性愛」のイメージ

サッポーは、文学史において失われた女性の天才を象徴するだけでなく、セクシュアリティを理由に作品の価値が損なわれることや、不当に異性愛化、すなわち「正常化」されたすべてのレズビアン・アーティストたちの苦悩を表している*5

ラドクリフ・ホールが「サッポー」を題材として詩を書いたのも、このような性の規範を取り締まる歴史的文脈に関係しているだろう。ホールの『寂しさの泉』(“The Well of Loneliness,” 1928)は、おそらく今までに書かれたレズビアン小説の中で最も有名であり、また、いちばん広く読まれている作品であるが、出版後にイギリス裁判所は性倒錯の禁止法に基づいて、卑猥(ひわい)な文書であると判断し、国内での販売や輸入を禁じた。

西洋の文学史において偉大な詩人サッポーに性的にみだらな女性や同性愛者のイメージが付きまとうのも、後世の知性ある女性たちが、しばしば過度に「男性的」であると形容され、男性の役割を担う女性同性愛者と混同されたことに通じる。異性愛の関係が「正常」、同性愛の関係は「異常」という二分法はおそらく現代まで根強く残っている。

18世紀に女性のセクシュアリティが問題視されるようになったのだが、とりわけ「スランゴスレンの貴婦人たち」の事例は、「サフィスト」という疑惑が起こった典型例であるといえよう。エリナー・バトラーとサラ・ポンソンビーの2人は、18世紀後半から19世紀前半にかけて、イギリスのウェールズ地方で共に暮らしていた。上級階級に属し、高い教養を持ち合わせていた彼女たちは、同時代の人々から非難を受けたが、また好奇心もそそった。

この2人の女性に敬意を払った訪問者の中に、ロマン主義時代を代表する詩人ロバート・サウジー、ウィリアム・ワーズワース、それからパーシー・B・シェリーたちがいる。彼女たちの関係は歴史上いくつかの例が見られるロマンティックな友情の一つとみられることもあれば、レズビアンのパートナーとみられることもある。彼女たちは、女性としてのアイデンティティを持ちながらも、男性の衣服を着るなど、社会通念から逸脱する部分もあった。

なぜ彼女らが同性愛関係であるのかどうかということが問題になったかは、当時の身体表象と関連付けることができる。トマス・ラカーの身体表象史に基づくと、18世紀後期に生物学的性差の概念が「1つの性/身体モデル」から「2つの性/身体モデル」へと移行したが、それにより、女性のセクシュアリティの概念も、能動的でみだらなものから、受動的で貞淑なものへと再定義されるようになった。

オウィディウスは性的に「みだらな」サッポーを強調している*6。オウィディウスの『女主人公たち』に登場するサッポーはもはや抒情詩人ではなく、女性を複数愛し、その後、異性(パオーン)を愛するが捨てられた女性である*7

近代文学においてサッポーが言及される事例は、川津雅江の『サッポーたちの十八世紀――近代イギリスにおける女性・ジェンダー・セクシュアリティ』(2012年)を参照されたい。この研究書には、サッポーの歴史から彼女を巡る物語の系譜、18世紀におけるジェンダーとセクシュアリティのサッポー表象、ロマンティックな友愛とサフィズムを象徴するスランゴスレンの貴婦人たち、そして、アンナ・シーワード、メアリ・ロビンソン、メアリ・ウルストンクラフト、マライア・エッジワースといった18世紀の「サッポー」たちによる作品の緻密な分析がある。

不当な評価と社会的抑圧

18世紀に活躍した女性詩人メアリ・ウォートリ・モンタギュー夫人や、彫刻家アン・コンウェイ・ダマー夫人など、サッポーに例えられる女性たちが、同性愛者としてゴシップの対象となった。また、18世紀の著述家ジョセフ・アディソンは、サッポーを異性愛者に転向し、ある種「正常」にすることによって、詩人としてのサッポーを擁護した。ジェンダーの規範に沿う女性作家のみ才能が認められるという傾向は、メアリ・アステル、アン・フィンチ、キャサリン・フィリップス、ハンナ・モアらの評価の仕方にも表れている*8

彼女たちが、どれほど才能の上でサッポーに近づこうとも、みだらなセクシュアリティの影から逃れ切ることは難しかった。そして女性が男性化することは、同性愛を示唆した。すでに「2つの性/身体モデル」に移行していた時代には「異常」と見なされたからだ。

例えば、マライア・エッジワースの『ベリンダ』(”Belinda,” 1801)という小説には、「異常」(freak)、つまり女性性からの逸脱を意味するフリーク夫人(Freke)が登場する。エッジワースは、女性でありながら狩猟や賭博をして男性のように振る舞うフリーク夫人を否定的に描きながら、彼女から「教養」を奪い、他方で、教養と知性を備えた女性的なヒロインは肯定的に描いているが、これはあくまで保守派の批評家たちを牽制(けんせい)するためであった。ヒロインが性規範から逸脱することを回避したいという意向もあっただろう。古代ギリシャのサッポーの情念や同性愛がしばしば揶揄(やゆ)の対象となったように、18世紀小説に描かれる「サッポー」たちもまた厳しく非難されたからである。

ヴァージニア・ウルフが20世紀初頭に自分の猫に「サッポー」という名を与えたことは取るに足らないことかもしれないが、文学史上において「サッポー」と呼ばれた女性たちの苦悩を踏まえると、豊かな才能を持ちながらも、社会に抑圧されてきたすべての女性に思いをはせていたのではないかとも思える。

こちらもおすすめ

*1:Susan Gubar, “Sapphistries”, in “Signs,” Vol.10, No.1 (1984), p.45.

*2:ウルフの飼い猫サッポーの写真

*3:ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』片山亜紀訳(平凡社、2019年)、pp. 188-189。

*4:Dame Edith Sitwell, “Selected Letters: 1919-1964,” ed. John Lehmann and Derek Parker (New York: Vanguard, 1979), p. 116.

*5:Elaine Marks, “Lesbian Intertextuality,” in “Homosexualities and French Literature,” ed. George Stambolian and Elaine Marks (Ithaca, N.Y.: Cornell University Press, 1979), pp. 353-377.

*6:川津雅江『サッポーたちの十八世紀――近代イギリスにおける女性・ジェンダー・セクシュアリティ』(音羽書房鶴見書店、2012年)、p. 28。

*7:川津、p. 15。

*8:川津、p. 136。

小川公代

小川公代(おがわ きみよ)上智大学外国語学部教授。英国ケンブリッジ大学卒業(政治社会学専攻)。英国グラスゴー大学博士号取得(英文学専攻)。専門は、イギリスを中心とする近代小説。共(編)著に『幻想と怪奇の英文学IV』(春風社、2020年)、『Johnson in Japan』(Bucknell University Press, 2020)、『文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容』(春風社、2017年)、『ジェイン・オースティン研究の今』(彩流社、2017年)、『文学理論をひらく』(北樹出版、2014年)、『イギリス文学入門』(三修社、2014年)など。
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