英語のacquired tasteってどんな意味?海外で急速に人気が高まった日本茶の秘密

連載「スウェーデン人ブレケル・オスカルの 僕と日本茶しませんか?」では、日本茶インストラクターであるブレケルさんが、自身のことや語学、日本茶について語ります。第3回は、「日本茶の魅力」と「日本茶の海外での人気、世界への広まり」です。

驚きのプレゼン現場

会場に入った瞬間に目を疑う光景が広がっていました。ドアを間違えて、違う講演会に侵入してしまったのかと、一瞬思いました。しかし、30分前に接続したパソコンが壇上に置かれたままですし、プレゼンの最初のスライドもしっかり映っています。

数分前までは、着物の形が崩れていないかとそわそわしながら講演会のオープニングを脳内で何度もリハーサルしていた私は、目の前の意外な様子に、今や爽やかな顔を保つだけで精いっぱいになってしまいました。

すると、「思った以上に集まりましたよ! Good luck !」と会場の担当者が声を掛けてくれました。着物と草履が歩くスピードを程よく鈍くしてくれたおかげで、慌てていた内心が表面化するのをぎりぎり避けられてよかったです。

主催者からのあいさつと紹介がひととおり終わってから、和装を着ている主役(私)がマイクを握りました。

Thank you all for joining today’s presentation on Japanese tea!”

上記は2018年11月にサンフランシスコの Ferry Buildingで行われたWorld Tea Festivalで起こりました。私は日本貿易振興機構(JETRO、ジェトロ)によるアメリカでの日本茶啓蒙活動と輸出促進を目的とした事業に携わり、サンフランシスコがそのツアーの最後の目的地でした。

予定していた日本茶のプレゼンテーションに向けて30人ほどの参加者を期待していたのですが、当日入場したらなんと130人くらいが集まっていました。しかも椅子が足りずに床に座ったり、立ったりしながら参加してくださる方も大勢いました。

ただ、いちばんの感動はプレゼン終了後にやって来ました。そのフェスティバルでは、北米で紅茶の専門家として有名な講師も講演していましたが、なんと参加者が最も多かったのは、私の日本茶のプレゼンだったと知ったのです!

私の知名度は北米では決して高いわけではありませんから、大勢の方の目当ては間違いなく日本茶の情報でした。海外で日本茶に興味を持ってくれる人がそれほど多いことに素直に驚きました。日本茶を仕事にして本当によかったと思った一つの瞬間であり、海外における日本茶の事情が大きく変わったと感じ始める きっかけ ともなりました。

日本茶を飲み始めた高校時代とはまるで別世界です。

日本茶との出合い

私は日本茶が好きで来日しました。しかし、一目ぼれではなく、私と日本茶とのラブストーリーは、最初はときめきも感動もまったくありませんでした。むしろ第一印象はあまりよくなかったほどです。

日本文化に触れてみたいと思い、高校3年生の頃に初めて緑茶にチャレンジしました。

飲み慣れていた紅茶と同じように何気なくイギリス式のティーポットを使って熱湯で淹(い)れ、マグカップに注ぐまで3、4分待ちました。一口飲んでみますと、「苦っ!青臭い!なんだこれ?」とがくぜんとしました。これを好んで飲んでいる日本人は味蕾(みらい)が傷んでいるのでは、と疑問にすら思いました。

しかし、周りには日本茶に興味のありそうな友人がおらず、 捨てる のももったいないと思い、頑張って消費することにしました。もはや期待するのをやめましたが、何度か飲んでいるうちに爽やかな森林のような香りに意識が向き、気付いたらなんと好きになっていました!

目をつぶると、まるで写真で見た、緑があふれた美しい日本の茶園にいるかのように感じました。しばらくしたら、この日本茶ならではの馥郁(ふくいく)たる香りのとりこになり、もっと日本茶について知りたくなってきました。

悩みや煩わしいことが吹き飛ばされたかのように、一杯のお茶だけで晴れやかな気持ちになりました。言い換えると、I was in love!

日本茶は一目ぼれしにくいもの

日本茶は奥が深く、知れば知るほど楽しくなる嗜好(しこう)品です。

しかし、残念ながら初対面で一目ぼれというわけにはなかなかいきません。特に初めて煎茶などを飲む外国人には、高校時代の私と似たような経験を経て、そして最初の一杯だけで諦めてしまうケースが多いでしょう。

確かに日本茶は、英語で言うacquired taste(覚え慣れた嗜好)です。要するに何回か飲んで初めておいしいと感じるものです。

おまけに初心者にとっては淹れ方もやや難しいのです。熱湯で淹れる紅茶やコーヒーなどと違い、日本茶のうま味、甘味、渋みと苦味をバランスよく引き出すには70~80度で1分ほど淹れるのが基本です。間違って苦渋味(くじゅうみ)が強くなり過ぎないように、日本茶の適切な淹れ方も知っておく必要があります。

しかし、この部分をクリアしてもまだハードルが残ります。

緑茶圏の東アジアなどを除き、ほとんどの外国人は緑茶を飲み慣れていないせいか、初めてのときは苦味を強く感じるのはもちろん、青臭いと感じる人も少なくありません。

飲んだ人からは、bitter(苦い)の次に、grassy (直訳:草っぽい)という言葉が大概出てきます。コーヒーや紅茶などにはうま味がない(または極めて 少ない )ので、一番茶のふくよかなうま味に対して強く違和感を覚える人がいるのです。飲み物というよりも、ブイヨンやだしなどが効いたスープを連想し、fishy(魚っぽい)などというコメントが聞かれる場合もあります。

このようなことから日本茶は外国人に合わないと思われがちですが、ここで諦めるのはまだ早いです。実は、合わないどころか、むしろ好きになる外国人がだいぶ増えているのが現状だからです。

海外で日本茶を広める方法

日本茶には一目ぼれしづらいのですが、慣れたらだんだんその魅力に気付き、楽しい世界が広がっていきます。

日本で8年間暮らしていて、知らない日本人も意外と多いと知りましたが、日本茶ほどアレンジできる嗜好品はこの世の中にそうそうありません。冷水で淹れるとふくよかなうま味が強調され、やや熱めで淹れると渋みが効く一杯になります。

このように自分好みで調整できることは、海外でレッスンを行う際に必ず伝えるようにしています。そして、ある人にとって特定の産地の〇〇茶が口に合わなくても、ほかのお茶がヒットする 可能性 があります。

日本茶を紹介する場では、参加者が自分に合うお茶と出合う 可能性 が高まるように、いくつかの種類を用意します。一目ぼれを期待せずに、長い付き合いにつながるように日本茶の奥深い歴史や関連文化なども含め、時間が許す限り面白さを全面的に紹介します。

15年ほど前に日本茶を飲み始めたときは一人で楽しんでいました。しかし和食が世界中に広まり、umamiが英語などで外来語として取り入れられている現在は、日本茶を気に入ってもらえる土台が出来ています。

冒頭でお伝えしたサンフランシスコのプレゼンに大人数が集まったことも、海外における日本茶の 可能性 を示唆しているように思います。60分の講演会が終わっても、今度は会場の外で質問攻めが始まり、休憩を取る暇すらない忙しくて楽しい一日となりました。

日本茶に限らず、海外で日本のものを広めたいと思えば今がチャンスです。このチャンスを逃さないように、お茶の奥深さと魅力を伝えるために必要な言語能力を身に付けるとよいでしょう。

家にいる時間が長い今年こそ、英語などの勉強に努力を注ぐ最適なタイミングです。私もおいしい日本茶を頂きながら、これからも精進してまいります。

ブレケルさんが日本茶を語る本

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