アメリカのホスピスで約10年間、終末医療の現場に携わった音楽療法士の佐藤由美子さんのインタビュー、佐藤由美子の「音楽療法英語」。3回にわたって、音楽療法士のお仕事についてや、佐藤さんが体験してきたエピソードなどを伺います。
音楽と会話で、患者さんの気持ちに寄り添う
アメリカでは現在、およそ7000人の米国認定音楽療法士(MT-BC)が活躍しています。
日本にも、日本音楽療法学会が認定する音楽療法士が3000人ほどいます。 音楽療法士は医療、福祉、教育をはじめ、社会のあらゆる分野で活動しています。
音楽療法士の仕事は、音楽の力を使って人々に寄り添い、それぞれのニーズに応じたサポートを行なうことです。だからといっていきなり、“It’s time for some music therapy! Let’s get started!”(音楽療法の時間ですよ!さあ、始めましょう!)とはいきません。
相手のニーズを知るためには、まずアセスメントが必要です。また、相手との信頼関係を築くこともセラピーにおいては不可欠ですので、コミュニケーションのスキルが必要になります。
病院の病棟や、私が勤めていたホスピスのように、患者さんの部屋を訪問するのであれば、ドアのところで “May I come in?”と、必ず入室の許可を仰ぎ、初めて訪問する患者さんには、“My name is Yumiko Sato. I’m a music therapist.”などと簡単に自己紹介をします。
訪問理由を伝えるときも、次のように聞いて、相手の都合に配慮します。
Is it a good time to visit?
いま訪問してもいいですか?Is it a good time for me to play music for you?
いま音楽を弾いてもいいですか?
こちらから何かを押し付けるのではなく、患者さん自身が選べる環境を作ることが大切だからです。
ホスピスの患者さんの中には、言葉でのコミュニケーションが困難な人や、話をしたがらない人もいますが、会話が可能な患者さんであれば、音楽の前に少しおしゃべりをする時間をとります。
“How are you feeling today?”(今日の体調はいかがですか?)から始まって、ベッドサイドの写真立てに目を引かれて、“This young girl in the picture, is this you?”(この写真の若い女性はあなたですか?)と尋ねたり、窓辺の小鳥を眺めている患者さんに、 “You like birds?” (小鳥がお好きなのですか)と声を掛けたり。その場で身近な会話の糸口を見つけることが、いわばコミュニケーションの入り口なのです。
気持ちというのは言葉だけでなく、仕草(しぐさ)や表情にも現れますから、患者さんの話に耳を傾けながら、相づちだけでなく、“You look happy.”“You sound sad.”などと言うこともあります。
こうしたやり取りを交に加えて、音楽が患者さんの緊張を和らげてくれるのでしょう、初めは口が重かった人が、ぽつりぽつりと自分のことを話し始めることもよくあります。私たちは相手の負担にならないように注意しながら、その背中をそっと押し、話を引き出すお手伝いをしていきます。
“Can you tell me more about those days? ”(当時のことをもっと話してください)と、水を向けることもあります。“What I’m hearing is that …?”(つまりこういうことかしら)と、自分が患者さんの話をきちんと理解しているかどうか、確認することもあります。
患者さんは話をすることで心がほぐれ、ほんの少し、悩みや痛みから解放されるのです。同時に私も、患者さんの話を聞くことで、その人の気持ちや人生に、ほんの少し近づくことができるように思います。
シンシナティの高齢者施設に住む男性。認知症で会話ができないが音楽が好きで、知っている歌を聴きながら体でリズムをとったり、口ずさんだりする。(2012年)
家族と音楽に送られて、テレサは安らかに旅立った
医療はかつて、症状を治療することだと考えられていました。今ではそれがホリスティックケア、つまり全人的なケアへと変わってきています。ホリスティックケアの考え方では、体だけではなく、心、感情、スピリチュアリティ、社会的立場など、総合的な観点からケアを行っていきます。
病気やその人の体だけを治そうとしても、患者さんの本来の回復にはならないことがわかってきたのです。私たちもその大きな流れの中で、患者さんのケアに関わっています。
テレサと出会ったのは、オハイオ州のホスピスで音楽療法士として働き始めた最初の冬でした。80歳になるテレサは、末期の肺がん患者さんです。
部屋を訪ねると、眠り続けるテレサのベッドの傍らに、彼女の2人のお子さん、60代後半くらいのビルとジョイスが、憔悴(しょうすい)しきった様子で付き添っていました。
テレサのように死期が迫っていて、容体が安定している患者さんの場合、私たちが提供するセッションは、そこにいる家族の心のケアが中心となります。大切な母との最後の時間を、見送る2人が有意義に過ごせるようお手伝いをするのです。
少し話をしたあと、「母はミュージカルが好きだった」という2人の言葉をヒントに、私は自分のギターを伴奏にして、「サウンド・オブ・ミュージック」から「エーデルワイス」を歌いました。
歌が終わると、ビルとジョイスはどちらからともなく、お母さんとのたくさんの思い出を話し始め、私は2人の気持ちがほぐれていくのを感じていました。
やがてビルは、涙が溢れる目でテレサを見つめて語りかけました。
「母さん、寂しくなるよ。でも、もう逝っていいんだよ。心の準備はできているから」
ジョイスも静かに泣きながらうなずいています。
もうすぐクリスマス。私はギターを手に、テレサが愛した「きよしこの夜」を、ゆっくりとささやくように歌い始めました。ふと気がつくと、私の歌に合わせるかのように、テレサの呼吸がゆったりとした規則正しさを取り戻していました。
そして三番を歌っているときです。ずっと閉じたままだった彼女の目がゆっくりと開き、テレサはにっこりと優しくほほ笑んだのです。ビルとジョイスにとっても、もちろん私にとっても、奇跡のような出来事でした。
「きよしこの夜」の最後のフレーズを私が歌い終えると同時に、テレサはゆっくりと、深く息を吸いこみました。母親の脈をとっていたビルが静かに言いました。“She’s just died.”
満ち足りた最後の時を迎えるには、まず今を大切に生きる
それが、私が初めて間近で立ち会った「死」でした。
死の捉え方については、日本人とアメリカ人の違いも、宗教の違いも、あまり関係がないように思います。
一つだけ確実なのは、誰の人生にも必ず終わりがあるということです。死の宣告をされてから「準備」をするのでは遅いかもしれません。何の前触れもなく、事故などで突然命を終えることさえあります。だからこそ、自分や大切な人の death & dying(死や死んでいくこと)について、日頃から考えておくことが大事だと思います。
いつか訪れる「死」を意識して暮らしていると、「今」の大切さが際立ってきます。毎日を精一杯に生きた人生なら、「死」もまた満ち足りた気持ちで受け入れられるでしょう。
そのように考えて、私も一日一日を大事に送れるよう、睡眠や食生活、運動などに気を配り、心身を健やかに保つように努めてきました。ヨガや太極拳で体を整え、愛犬とともに自然に触れてリフレッシュし、日記や瞑想(めいそう)で心の安定もはかっています。
そもそも私がホスピスでの仕事を選んだ理由の一つは、死への恐怖があったからです。人の死と身近に接することで、死を恐れる自分の気持ちに、なんらかの変化が起きるのではないかと期待しました。
以来、ホスピスで出会った人々を通して、「死」と「生」に関する大切なことを、たくさん学ぶことができましたが、死への恐怖は今でもあります。それが人間の本能なら、たぶんこの先もなくなることはないでしょう。
ただ、本当に安らかな死を迎える人がいるのも確かです。その分かれ目は、最期の時に、自分が歩んできた人生を、満足して振り返ることができるかどうかではないか、という気がしています。
そのことを、テレサとご家族が身を持って教えてくれました。
患者さんとのコミュニケーションで佐藤さんがよく使う表現
How are you feeling today?
今日の体調はどうですか?
What kind of music do you like?
どんな音楽が好きですか?
What instrument did you bring here today?
今日は何の楽器を持って来たの?(患者→セラピストへ)
I’ll be back soon.
近いうちにまた来ますね。
佐藤由美子さんの本
▼音楽療法士の佐藤さんが語る、感動のノンフィクション『ラスト・ソング』(ポプラ社)

- 作者:佐藤 由美子
- 発売日: 2014/12/01
- メディア: 単行本
▼穏やかな「見送り」の在り方を提案する希望の書『死に逝く人は何を想うのか~遺される家族にできること』(ポプラ社)

(116)死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること (ポプラ新書)
- 作者:佐藤 由美子
- 発売日: 2017/01/11
- メディア: 新書
▼アメリカ人の語る戦争体験『戦争の歌がきこえる』(柏書房)
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佐藤由美子
ホスピス緩和ケアの音楽療法を専門とする、米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間、音楽療法を実践。キャンサーサバイバー(がんと共に生きる人)や障がい児との音楽療法、遺族を対象としたグリーフワークも行ってきた。2013年に帰国し、国内の緩和ケア病棟や在宅医療の現場で音楽療法を実践し、テレビ朝日「テレメンタリー」や、朝日新聞「ひと」欄でも紹介される。2017年に再渡米。著書に『ラスト・ソング~人生の最期に聴く音楽』『死に逝く人は何を想うのか~遺される家族にできること』(ともにポプラ社)、最新刊として『戦争の歌がきこえる』(柏書房)。
ブログ:佐藤由美子の音楽療法日記 | 人生の最期に聴く音楽
取材・文:田中洋子