日本で普通に使われている外来語や和製英語。でも、世界から見るとかなり不思議!?アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、最近日本で見つけた「不思議なエイゴ」をご紹介します。今回は新型コロナウイルス関連のニュースでよく聞くようになった「オーバーシュート」「ソーシャルディスタンス」を取り上げます。
「外来語」って、不思議で面白い!
「外来語」という単語を聞いたことはありますよね。もし「外来語の定義は何ですか?」と聞かれたら、どんなふうに答えますか?
ほとんどの人は、外来語は「外国からきた単語」だと思い込んでいますが、狭義には、西洋の言語からきた単語のことを指します。日本語の語彙には、以下の3つの種類があります。
- 和語
- 漢語
- 外来語
外来語は、日本語の語彙の約1割だと言われています。
それが多いか 少ない かわからない かもしれない けれど、ほかの言語と比べれば、非常に多いです。
外来語のほかに、想像力豊かな和製英語もあります。発音しやすく覚えやすいので、日本語の会話は和製英語で溢れています。
最近、ニュースでよく外来語と和製英語を聞きますよね。まぁ、前からそうだったけれど、最近特に多いような気がします。
そして、その外来語が気に入らないという人もたくさんいます。「ちゃんと日本語を使って!カタカナ語はわからない!」というようなクレームをよく耳にします。
その気持ちはよくわかります。きっとお年寄りは、最近の言語トレンドについていくのが難しいのでしょう。けれど、「日本語を使って!」という表現は間違っています。外来語も和製英語も、一応「日本語」です。だから、「日本語を使って!」じゃなくて、「和語を使って!」のほうが正しいクレームだと思います。
外来語の最も大事な役割は、 語彙の間にあるギャップを埋めること です。ある概念や単語が日本語にない場合、外来語を取り入れる必要があります。
けれど、すでに同じものを表す和語があるのに、外来語を取り入れる場合もよくあります。そして、その外来語の約8割は英語からきています。
なぜ、ある英単語は取り入れられ、別の英単語は取り入れられない のでしょうか?面白いテーマなので、この連載では外来語という「不思議なエイゴ」について話していきたいと思います。
さぁ、始めましょう!
英語圏の人に「オーバーシュート」は通じない?
コロナ時代に入ってからの言葉遣いはめっちゃ面白いですね。
「自粛」「濃厚接触」「3つの密」「コロナ疲れ」など、今まであまり使われてこなかった単語が、急に日常生活で使われはじめました。
多くの人が「外来語疲れ」になっているのではと思います。「オーバーシュート」「パンデミック」「クラスター」「ソーシャルディスタンス」といった外来語の使用を自粛してほしいと願う人も少なくないでしょう。
「パンデミック」は「世界中に流行する病気」と言う意味で、英語では pandemic といいます。語源は、ギリシア語のpan(すべて)とdemos(人)です。 pandemic に似た単語に epidemic があります。どちらも流行病を意味しているけれど、規模が違います。
epidemic の状態を示すのには「疫病」や「伝染病」といった和語を使いますが、もっと規模が広い流行病を示す pandemic は外来語としてそのまま取り入れられました。
新型コロナウイルスのパンデミックは、世界的な健康問題になっている。The COVID-19 pandemic has become a global health issue .
今年、アメリカではインフルエンザがすごく流行している。病気だけでなく、社会問題にも epidemic を使うことがあります。Influenza has reached epidemic proportions in America this year.
アメリカでは小児肥満がはびこっている。Childhood obesity has become an epidemic in America.
その国では未成年者の飲酒がはびこっている。日本のニュースで「パンデミック」を使うとき、よく「世界的な流行病」みたいな和語の説明が付けられていることがあります。Underage drinking is an epidemic sweeping the country.
長いなぁ。 正直、和語の説明を入れるなら、なんで外来語を使う必要があるの?と思ったことがあります。
もう一つの面白い単語は「オーバーシュート」です。
は?オーバーシュート? 初めてこの外来語を聞いたとき、まったく意味がわかりませんでした。これはいちばん不思議なコロナ用語です。多くの外国人や日本人を混乱させるような単語です。
英語に overshoot という単語は存在するけれど、意味は「行き過ぎる」「飛び越す」「標的の上を撃つ」です。つまり、 ターゲットやゴールを超えること 。
あ、あっちで出るはずだったけど、行き過ぎた。Uターンとしないといけない。I overshot my exit, so I need to turn around .
飛行機は滑走路を行き過ぎ、15人がけがをした。このような使い方が英語の overshoot のいちばんオーソドックスな用法なので、この単語が日本で「感染爆発」の意味で使われているのを聞いたときは、本当に不思議だなと思いました。The plane overshot the runway, and 15 people were injured.
けれど統計や経済において、 overshoot は、 基準 を超えた、行き過ぎた 変動 を示す単語だそうです。ここから、なぜか日本語では「感染爆発」という意味になりました。でも、 英語圏の多くの人はこの使い方を知らない と思います。
出典:オーバーシュート、ロックダウン… 新型コロナで片仮名乱発「分かりづらい」河北新報オンラインニュース
うれしいことに、日本はオーバーシュートにはなってないから、この不思議な外来語もあまり聞かなくなりました。多くの人を混乱させる外来語です。なんでこのマイナーな単語が外来語になったか全然わからないけれど、興味があり過ぎて仕方がない。
英語で「オーバーシュート」を表したかったら、こういうふうに言ってね。
この1カ月で新型コロナウイルスの患者は爆発的に増えている。There has been a massive rise in COVID-19 cases in the past month.
専門家は、人口が密集しているため、東京で新型コロナウイルスの患者が爆発的に増えるだろうと危惧している。Experts fear that there will be an explosion of COVID-19 cases in Tokyo due to its dense population.
医療崩壊を防ぐために、爆発的感染 拡大 から身を守る必要がある。We need to guard against a massive rise in cases to prevent a collapse of the medical system.
「ソーシャルディスタンス」だと意味が違う?
私が次に興味を持っているのは、「ソーシャルディスタンス」です。英語では social distancing といいます。新型コロナが流行する以前は、英語で social distance も social distancing もどっちも聞いたことがありませんでした。言葉というのは、本当に社会問題から生まれてくるものです。
数カ月前に、初めてカタカナの「ソーシャルディスタンス」を耳にしました。政府やメディア、企業などのほとんどは、「ソーシャルディスタンシング」ではなく「ソーシャルディスタンス」を使っている気がします。
確かに「ソーシャルディスタンシング」は バリ言いにくい です。「コンデンスミルク(condensed milk)」や「パウダーシュガー(powdered sugar)」みたいに、発音しやすくするために略されたのでしょう。けれど実は、英語の social distance と social distancing の意味は全然違います。
Definition of social distance : the degree of acceptance or rejection of social interaction between individuals and especially those belonging to different social groups
Definition of social distancing : the practice of maintaining a greater than usual physical distance ( such as six feet or more) from other people, or of avoiding direct contact with people or objects in public places during the outbreak of a contagious disease in order to minimize exposure and reduce the transmission of infection出典:Merriam-Webster Dictionary
social distance は、社会学用語です。「心理的な距離」を示す言葉なので、特定グループを排除するために使われているときもあります。一方、 social distancing は、感染防止対策で人と人の間に「物理的な距離」を置くことです。
よって今回の文脈において正しい表記は、 social distancing です。和製英語の意味と本当の英語の意味は違ってもいいと思うけれど、この場合はあまりにも意味が違い過ぎて、ものすごく気になります。だから、「ソーシャルディスタンシング」とちゃんと言うか、和語で説明することが一番ふさわしいと思います。NHKはそうしています。
ちなみに 、今年の3月20日にWHOは、表記を social distancing (社会的な距離)から physical distancing (物理的な距離)に変えました。「社会的な距離」だと、人が離れて精神的に寂しくなるニュアンスが入っているためです。
このことを取り上げた記事の中で、WHOのマリア・バン・ケルコフさんはこう言っています。
Whilst the WHO stressed that keeping the physical distance from people is absolutely essential , “it doesn't mean that socially we have to disconnect from our loved ones, from our family,” Dr Kerkhove said.出典:Why The WHO Is Now Using The Phrase “Physical Distancing” Instead Of “Social Distancing” IFLScience
つまり、物理的に大好きな家族や友達としばらく離れる必要はあるけれど、心はずっと繋がっている。精神的、感情的に離れることはないんです。
この表記を私はとてもふさわしいと思いますが、残念ながら英語にも日本語にも浸透していません。多くの人はまだ「ソーシャルディスタンス」か「 social distancing 」を使っています。
わかりやすい表現がいちばん
私は、外来語と和製英語が大好きです。日本人同士のコミュニケーションツールだから、楽しく使ってほしいです。
ただ、多くの日本人にとって意味がわからなかったり、好きじゃなかったりする単語なら、その単語の使用を自粛したほうがいいと思います。
特に、わかりやすい日本語表記がある場合、日本人が誰でもわかるその表記を使ったほうがいいと思います。クラスター( 集団感染 )、パンデミック( 世界的な流行病 )、オーバーシュート( 感染爆発 )の日本語表記はすごくわかりやすいと思います。
なぜ、ある英単語は取り入れられて、別の英単語は取り入れられないのでしょうか?これは本当に不思議な問題です。
そして、その不思議な外来語が日本語に残るのか、消えてしまうのか?それは、日本人が決めることです。このことについては、次回お話しします。お楽しみに!
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文:アン・クレシーニ
アメリカ生まれ。福岡県宗像市に住み、北九州市立大学で和製英語と外来語について研究している。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「 アンちゃんから見るニッポン 」が人気。 Facebookページ も 更新 中!
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