英語は、楽しい文学や映画、コメディーなどに触れながら学ぶと、習得しやすくなります。 具体的な 作品を取り上げて、英語の日常表現や奥深さを、シェイクスピア研究者で大学准教授、自称「不真面目な批評家」の北村紗衣さんが紹介します。連載「文学&カルチャー英語」の第3回は、推理小説の名手、アガサ・クリスティーの有名な戯曲です。
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世界の英語学習者に人気のアガサ・クリスティー
大学ではミステリーを教えないと一部で思われているようですが、 アーサー・コナン・ドイルやアガサ・クリスティー は割と大学の授業で扱われます。
私は学部生のときにヴィクトリア朝文学の演習で、シャーロック・ホームズの短編を英語で読んだし、今はクリスティーの戯曲を大学で教えています。
クリスティーは人気があるので、世界中の子どもたちが 英語を学ぶときに手に取る本の代表的な作家 の一人だと言われています。
今回は、クリスティーの戯曲版『そして誰もいなくなった』( And Then There Were None)を取り上げて、注意が必要な表現や使えそうな表現を見ていこうと思います。
なお、この戯曲も、 第1回 で取り上げた『パディントン』同様、注釈付きの英語の教科書が出版されているので、興味がある方はお読みください。
▼『そして誰もいなくなった/ And Then There Were None』Agatha Christie 著/五島正一郎、渡辺幸俊、G.R.Farrier 編注、開文社出版↓
▼第1回はこちら↓
gotcha.alc.co.jp社交の会話から仮定法を読み解く
『そして誰もいなくなった』は1939年に小説として刊行され、1943年に戯曲化されました。
ネタバレを避けるため結末は言いませんが、外界から隔絶された無人島にある屋敷に、互いを知らない10人の人々が集められ、次々に殺されていくという内容です。
そんな状況で日常的に使える表現なんか学べるのか?と思うかもしれませんが、劇の最初には、 前回の記事 で扱った映画『クレイジー・リッチ!』同様、初対面の人々が会う社交の場面があります。
第1幕で、会ったばかりのヴェラ・エリザベス・クレイソーン(女性)とアンソニー・ジェームズ・マーストン(男性)が話すところを見てみましょう。
MARSTON: Damn shame we didn’t know each other . I could have given you a lift down.原著 p. 22より、日本語は拙訳Vera: Yes, that would have been grand.
MARSTON: Like to show you what I can do across Salisbury Plain. Tell you what ... maybe we can drive back together?
マーストン:僕ら、お互いのことを知らなかったなんてマジ残念だよ。車に乗せてあげられたのにさ。
ヴェラ:そうですねえ、そうだったら良かったんですけどね。
マーストン:ソールズベリー平野をどんだけ突っ走れるか見せてあげたいよ。そうだ・・・ことによると、一緒に車で帰れるかな?
マーストンは割と くだけた話し方をしていて、主語などを省略 しています。最初の Damn shameは本来、It’s a damn shameです。2つ目のせりふのLike to show youもI’d like to show youに、Tell you whatはI’ll tell you whatになるはずですが、これらも全て、文脈で分かるので省略されています。現代英語の会話でも、こういう省略はありがちです。
マーストンの1つ目のせりふにある I could have given you a lift down. は、 仮定法過去 完了 の条件節がない形 だと思ってください。
仮定法過去 完了 は、「ifを使った条件節が過去 完了 、帰結節が助動詞+have+過去分詞で、過去の事実に反することを仮定する」、というのは、高校などの英文法で習った人が多いかと思います。
そんな文法事項、いつ使うんだ?と思う人もいるかもしれませんが、実は仮定法は 日常英語に頻出 します。条件節がなく、帰結部分だけがポンと出てくることも多くあります。
ここでマーストンが考えているのは、If we had known each other (もし僕らがお互いのことを知っていたら)、車に乗せてあげたのに、というようなことです。話の流れからして、この「~たら」という条件はヴェラもマーストンも分かっているので、言う必要がありません。
ポイントは、こういう助動詞+have+過去分詞を使った表現の場合、条件節があろうとなかろうと、過去分詞の動詞が示している行動は 実際には起こっていない ということです。
I could have given you a lift downを「君を車に乗せてあげることができました」みたいに訳すと、実際にマーストンがヴェラを乗せてあげたように聞こえてしまいますが、これは過去の事実に反することを仮定しているわけですから、「乗せてあげられたのにぃ」みたいな意味になり、実際には乗せてあげられなかったのです。
条件節があれば、「過去の事実に反した仮定だ」と気付く人も多いのですが、ifが出てこないと、たちまち「乗せてあげることができました」みたいな意味に取ってしまう学生も多く、要注意です。
ヴェラの答えのthat would have been grandも、実際にはそうではなかったけど、乗せてもらえたら良かった、という意味です。
▼前回の社交の英語表現はこちら↓
gotcha.alc.co.jp車で送ろうと言うせりふの真意は?
マーストンのせりふ、I could have given you a lift down.に出てくるa lift downもくせものです。
lift は名詞でrideと大体同じ意味、「車に乗せてもらう・あげること」です。Uber(ウーバー)と似たような配車アプリでLyft(リフト)というのがあり、これはliftのこの意味に引っ掛けた名称です。
down は難しい副詞で、空間的な上から下への移動を指すだけではなく、北から南とか、都会から地方とか、比喩的な「上」から「下」へ動く場合に広く使えます。ここでは、無人島が辺鄙(へんぴ)な所にあり、ロンドンから鉄道と船で来る必要があるという設定なので、このdownはロンドン方面から地方に来ることを指していると思われます。
ここで分かるのは、 マーストンはおそらくヴェラを口説こうとしている ということです。マーストンはヴェラを車に乗せてあげたいと言っている上、自分の車が速いことを自慢しています。これは、ヴェラの前でいい格好をしたい、お近づきになりたいと思っているからだと考えられます。
この戯曲にはもう一人、ロンバードという男性キャラクターがいます。今回紹介した場面にも登場し、おそらく2人ともヴェラに好意を抱いています。この辺りの会話では、男同士、魅力的な女性の前で張り合っているようなところが見受けられます。
授業でこの箇所についてマーストンとロンバードの意図を聞いたところ、あまり読み取れなかった学生も結構いました。
こういう読解の技術は文学作品を読むときに重要であるばかりではなく、現実社会でパーティーに出たときなどにも必要になることがあります。
パーティーで誰かがあなたにliftを申し出てきた場合、その人はあなたを口説こうとしている 可能性 がないわけではありません。少しでもウザいなと思ったら、きっぱり断りましょう。
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編集:ENGLISH JOURNAL編集部/トップ写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL編集部)
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