イギリスで最も人気のあるクリスマスソングからたどる罵倒語の歴史【北村紗衣の英語】

英語は、文学、映画やドラマ、コメディーや歌などに楽しく触れながら学ぶと、習得しやすくなります。連載「文学&カルチャー英語」では、シェイクスピア研究者で大学准教授、自称「不真面目な批評家」の北村紗衣さんが、英語の日常表現や奥深さを紹介します。今回のテーマは、イギリスで人気のクリスマスソング「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」の歌詞と、罵倒語の歴史です。

※テキスト中のリンクが表示されない場合は、オリジナルサイト https://gotcha.alc.co.jp/entry/20200221-kitamura-literature-culture-8 でご覧ください。

※この記事では説明の必要上、差別語や罵倒語を記しています。

イギリスで最も人気のあるクリスマスソング

今回は、イギリスのロックバンド、ザ・ポーグス(The Pogues)のクリスマスソング「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」(原題:“Fairytale of New York”)に登場する言葉を取り上げたいと思います。

ザ・ポーグスは、アイルランド系のシェイン・マガウアン(Shane MacGowan)がリードボーカルを務めています。アイルランド音楽の要素を取り込んだ、いわゆるケルティックパンクのバンドです。

1987年にイギリスの女性シンガー、カースティ・マッコール(Kirsty MacColl)とのコラボレーションで出したこの曲では、マガウアンとマッコールがニューヨークに住むアイルランド移民のカップルを演じています。イギリスやアイルランドでは 最も愛されているクリスマスソング です。

この曲は、クリスマスソングにしてはホリデー気分がほとんどなく、大変 下品な言葉 がたくさん使われています。

語り手は、ニューヨークの酒場でクリスマスイブに酔いつぶれている男です。この男は、老人がアイルランドの歌を口ずさんだのを きっかけに、愛する女のことを思い出します。

そこから回想のような形で女とのデュエットになります。若いころは希望に満ちていた2人がだんだん酒や薬に溺れるようになり、罵り合いつつも互いに対する愛を捨てきれない様子が描かれます。

「Fワード」とは?

ここで問題になるのが、 「Fワード」(f-word) です。

Fワードというと通常、使ってはいけない下品な言葉として有名なfuckを思い出す人が多いと思います。しかし、この歌に出てくるFワードは fuckではありませんし、feminism(フェミニズム)などでもありません(たまにフェミニストがフェミニズムのことを冗談でFワードと言うのです)。

この歌に出てくる言葉で、今回、注目するのは faggot (発音は片仮名で書くと「ファゴット」)です。

この曲で男女がけなし合うところでは、男が女にslut(あばずれ)などとひどいことを言う一方、女も男にものすごい数の罵言を浴びせます。

女から男への悪態の中に、次のものがあります。

You scumbag, you maggotYou cheap lousy faggot

scumbagは「クズ野郎」、maggotは「うじ虫」、cheapは「安っぽい」、lousyは「卑劣な」くらいの意味です。この程度の罵言であれば、イギリスやアイルランドでは平常運転と言っていいでしょう。

しかし、maggotと韻を踏んでいるfaggotは 別格でショッキングな言葉 です。これは現在の英語では、 同性愛者に対する最大級の差別語 なのです。主に男性同性愛者に対して使いますが、まれに女性にも使われます。

これは、あまりにも侮蔑の度合いがひどくて、普通に口にできる言葉ではありません。私はここでは伏せ字にせずにこの言葉を書いていますが、教育や研究の文脈で分析をするとき以外は絶対に使いません。

この言葉のせいで、この曲は毎年のように 抗議を受けています

しかし、この言葉の来歴はやや複雑で、 アメリカ英語とイギリス英語の違いや、方言の衰退 など、いろいろな要因が絡んで、現在、問題視されるようになったという経緯があります。これから、この言葉の歴史を説明したいと思います。

言葉に歴史あり

まず、前回にも登場した 『オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary)』 によると、 同性愛者に対する差別語としてこの言葉を使うのは、主に北米 です。20世紀の初めごろからアメリカで使われるようになりました。用例の大部分はアメリカ英語で、 イギリスにおけるこの意味の最初の用例は1984年 のものです。

一方、 イギリスやアイルランドの英語では18世紀ごろから、この言葉は「だらしない人」、特に女性を指す罵倒語 として頻繁に使われていました。あまり用例は多くありませんが、男性や動物にも使われ、『オックスフォード英語辞典』は、男性に対する使用例としてこの歌のこの箇所を引いています。

1996年にもこの意味で女性に使われている例があり、90年代くらいまでこの意味が生きていたことが分かります。

「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」では、文脈からしても、痴話喧嘩(ちわげんか)の中で、女が一緒に暮らしている異性愛者と思われる男にこの言葉を投げ付けているので、「ロクデナシ」とか「クズ野郎」という意味に取った方がはるかにぴったりきます。相当に下品ですが、 同性愛者に対する差別語としては使われていなかった と考えられます。

しかし、イギリスやアイルランドの古式ゆかしい罵倒語の世界にも、グローバリゼーションの波が訪れます。アメリカのコンテンツが流入するにつれて、ブリテン諸島(イギリスとアイルランド)の英語はどんどんアメリカ英語を取り入れていっています。そして、 現在のイギリスではほとんどの場合、faggotは同性愛差別の意味 で使われるようになりました。

場が凍り付くほどひどい差別語

21世紀のイギリスでこの言葉が持っている力はかなりショッキングなものです。

私は2009年から2013年までロンドンに留学し、そのときにオンラインゲームにおける罵倒語や差別発言に関する研究発表を聞いたことがあります。そこでこの言葉が出てきた瞬間は、聴衆が凍り付いていました。

「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」の歌詞は、ザ・ポーグスとマッコールが差別的な言葉を使ったという問題ではなく、 イギリスやアイルランドで使われていた古い表現が廃れて、アメリカ英語が覇権を握るようになった という問題の一部として捉えた方がいいかもしれません。

この言葉が今、人にもたらすネガティブな衝撃はあまりにも大きいので、ラジオやテレビで流すときに歌詞を変えたり、「ビーッ」という音で消したりしようという動きは非常に理解できるものです。歌詞を書いたマガウアン自身、公共放送などで消音されることには 抗議しない と言っています。

イギリスとアメリカの英語の違いでアカウント停止

この言葉については、アメリカ英語とイギリス英語の違いのせいで起こった問題が他にもいろいろあります。

イギリス英語のfaggotにはもう一つ意味があります。 臓物で作ったハンバーグのような伝統料理を「ファゴット」 と呼び、イギリスにはこれが好きな人がたくさんいます。ところが、アメリカの企業であるFacebook(フェイスブック)が、この料理のことを書いた イギリス人のアカウントを停止した ことがあり、笑いの種になりました。

さらに、 fag という言葉があり、これは、 アメリカ英語ではfaggotと同様、同性愛者に対する侮蔑語 になりますが、 イギリス英語での一般的な意味は「たばこ」 です。

なお、日本語で「ファゴット」と聞いて思い浮かぶ大きな木管楽器は、英語では bassoon (「バスーン」)と言うことが多いと思います。イタリア語ではこの楽器は fagotto となり、英語でもこの言葉をそのままのつづりで使うこともあります。

歴史的経緯で使われなくなる言葉

faggot以外にも、言葉の来歴を見ると特に問題はないのに、言葉を取り巻く状況の変化に応じて使われなくなってきている言葉があります。

代表格は、 niggard (「ニガード」)です。これは、 「けちくさい」 という形容詞、あるいは 「けち」 という名詞の用法がある言葉です。私が研究しているシェイクスピアなど近世の文献には頻出し、20世紀に入ってもよく使われていました。

しかし、この言葉には問題がありました。 アフリカ系の人に対する最悪の差別語 である 「Nワード」ことnigger (「ニガー」)に響きがそっくりなことです。そのため、聞いたときの語感があまりにも悪く、 niggardとその副詞niggardlyは現在、好まれなく なってきています。

言葉は時代に沿って移り変わるダイナミックな生き物なので、はやり廃りはある程度仕方のないことです。

古典や言語を研究するなら、言葉の歴史を研究して、意味の移り変わりをしっかり理解する必要があります。その一方で、昔は普通に使われていたからといって、現在も無頓着に使っていいわけではありません。特に声に出す音声の場合、耳で聞いたときのショックが予想以上に大きいこともあるので、注意が必要です。

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北村紗衣
北村紗衣

武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『 シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書 』(白水社、2018)、『 お砂糖とスパイスと爆発的な何か──不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門 』(書誌侃侃房、2019)他。2023年6月に新刊『英語の路地裏 ~ オアシスからクイーン、シェイクスピアまで歩く』 を上梓。
ブログ: https://saebou.hatenablog.com/

編集:English Journal編集部/トップ写真:山本高裕(English Journal編集部)

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