古くは「スシ」「ゲイシャ」「ニンジャ」。最近では「スードク」。海を渡って世界で使われていると言われる日本語がありますが、最近ではどの国でどんな単語が用いられているのでしょうか。世界90カ国以上の現地在住日本人ライターやカメラマンの集団「海外書き人クラブ」がリレー形式で担当する連載「世界のニホンゴ調査団」。第13回は、アメリカ在住の賀茂美則がリポートします。
英語の Satsuma は日本の何という食べ物?
「Satsuma」は、アメリカ南部の住民なら日本文化や和食に全然興味がなくてもみんな知ってる食べ物です。
一体何でしょう?
正解は「温州みかん」 です。Satsuma はアメリカ南部全域にあり、日本で食べられるものとほとんど同じです。11月ごろになると私の家の近所では、自宅の壁沿いに「ご自由にお取りください」と書いた張り紙と共に並べてあったり、「家で採れた」と勤務先に持ってくる同僚がいたりします。八百屋でも安い値段で大量に売られています。
ただ、多くのアメリカ人はぶどうやリンゴ、場合によっては梨や桃やバナナまでも皮をむくのが面倒、とばかりに皮ごと食べます(あ、バナナはうそですけど、他は本当です)。みかんもちょっと小さ過ぎて、薄い外側の皮をむくのが苦手なよう。「ご自由にどうぞ」とあっても持っていく人はそれほどいません。私が大量にもらって、知り合いの日本人にあげると喜ばれます。
Satsuma は、一旦根付いたらいくらでも採れるので、私も2、3回挑戦しましたが、残念ながら枯れてしまいました。日照量が多くないと育たないようで、近所で挑戦した人も根付きませんでした。
Satsuma の意味を3つのウェブ辞書で比較してみたら・・・
さて、この連載恒例の、辞書の定義を紹介するコーナーです。「温州みかん」なんていう当たり前の単語、辞書によって違いはあるの?と思いましたが、意外と面白いんです。
まずはお馴染みの Oxford Dictionary ではこんなふうに表現されています。
A tangerine of a hardy loose-skinned variety, originally grown in Japan.
日本原産で皮がむきやすく、寒さに強いタンジェリン種のオレンジ。
ふーん。なるほど。
次に、大御所の Merriam-Webster 。
Any of several cultivated cold-tolerant mandarin trees that bear medium-sized largely seedless fruits with thin smooth skin (or itsfruit).
つるっとした薄い皮を持ち、通常は種のない、中くらいの大きさの果実をつける、寒さに強い数種類のマンダリン種の木(もしくはその果実)。
さすがに説明が詳しいです。ですが、片やタンジェリン、片やマンダリン、ちょっと違う気もするんですけど・・・。
最後にCollins 。
A fruit that looks like a small orange.
小さいオレンジのような果物。
おいおい。これじゃキンカンと区別がつかないじゃないか。というわけで、「温州みかん」を定義するのは簡単ではないようです。
そもそも「温州」って日本のどこ?
ところで、日本での名称「温州」って一体どこかご存じですか?日本にこんな地名ありましたっけ?これ、 実は中国の町の名前 です。ただし、温州みかんの原産地は天草や長崎に近い、 鹿児島県の長島というのが通説 です。最近になって DNA分析で親木の種類が特定されたと話題になっていましたね。で、 「温州」という名称、中国では昔からおいしいみかんの代名詞だった 、ということで、明治時代に統計上の必要から統一名称を付けたということです。「温州からやって来たみかん」ではないんですね。
なぜ「温州みかん」を Satsuma と呼ぶの?
さて、一体どうして Satsuma なんでしょうか。名前から考えて、19~20世紀の初めに盛んだった日本からの移民が薩摩(鹿児島)から持ち込んだと考えるのが普通でしょうが、実は違うんです。なんとイエズス会の宣教師が日本からルイジアナ州に持ち込み、18世紀頃までにはミシシッピ川沿いにあったイエズス会のプランテーションに果樹園を作ったとされています。
原産地の長島から目と鼻の先の距離に「島原の乱」の舞台があります。イエズス会の神父たちもこの地域を布教して回ってたんでしょうね。ただし 、徳川幕府による禁教令は1612~13年に発令されており、短い間に宣教師たちは追放、もしくは処刑されているので、宣教師が日本から持ち出したのはそれより前、ということになります。 「温州みかん」が長島で偶然にできたのは約400年前 とされているので、 宣教師によってアメリカに持ち込まれたのはごく初期の苗木(もしくは種)だった ことと思います。
ルイジアナ州にやってきた宣教師たちの上陸地点、ニューオーリンズのダウンタウンの一等地にはオレンジ通り(Orange Street)と名付けられた通りがありますが、ここに最初のみかん園があったようです。調べてみると私が住むバトンルージュ市の郊外にもイエズス会のプランテーションがあったようで、なるほど、この辺りに温州みかんの木が多いのもむべなるかな。
ここで終われば分かりやすい話なんですが、そうは問屋が卸しません。時は下って 明治時代、在日本アメリカ公使であったヴァン・ヴォールクンバーグ氏夫妻が鹿児島県からフロリダ州にみかんを持ち込み、ここに至って初めて Satsuma と名付けた とのこと。
さらに明治の終わりにはメキシコ湾沿いの温暖な州に100万本の木が輸入されたとあります。この時に尾張地方の種苗産地からのもの(尾張温州)が多かったので、現在見られる種類には「Owari Satsuma(尾張薩摩)」などがあり、まるで「フロリダオレゴン」みたいな訳の分からないことになってます。
Satsuma と名の付くアメリカの4つの街
"Christmas Fruit and Spice" by tnilsson.london
さて、Satsuma はアメリカ南部に大きな影響があったらしく、 テキサス州、フロリダ州、ルイジアナ州、アラバマ州それぞれに Satsuma と名の付く街があります 。これはこれですごくないですか?ここまで広い範囲に移植され、複数の街の名前にもなっているのがこれまで不思議だったのですが、もともとがスペイン・フランス起源であるイエズス会がアメリカ中を布教する旅に苗木を携えて行ったとも考えられます。何より、温州みかんが布教の手助けとなったのであれば(単なる想像ですけど)、それもまた楽しい。
アメリカではプロの料理人が客の目の前でショーのようにナイフを振り回して料理する「鉄板焼き」がなぜか Hibachi と呼ばれていたり、訳の分からない日本語も多いですが、Satsuma は思ったよりまともかも。
なぜかと言うと、日本で「温州みかん」と聞けば和歌山や静岡、愛媛を思い浮かべますよね。でも、英語の Satsuma は実は、意外な原産地、鹿児島県の名前から取られているのですから。
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