東洋英和女学院大学教授の高橋基治さんによる連載!「これだけ押さえれば英語で意思疎通できる」というポイントを教えていただきます。最終回のテーマは「発音習得の鍵と心得」です。
英語の発音を諦める必要はない!
人類の言葉の歴史は、まず音、その次に文字、という順番で進化してきました。
音に関しては、年齢が上がるにつれて母語に接触する量が増え、その音声システムを獲得していきます。このとき、母語以外の言語を発音する能力が衰えていくわけではありません。ただ、母語の音声システムがどんどん強化されていくため、ある程度成長してから母語以外の言語(外国語)を話そうとすると、発音には母語のアクセントが影響すると言われています。しかし、大人になってからもずっと、外国語を正確に発音する能力は潜在的に保持したままなのです。
語学を年齢的に遅く始めたから、外国語の発音はもう良くならない、と思っている人もいるかもしれませんが、それは違います。正しいやり方で、日々、修正を繰り返していけば、どんどん良くなっていきます。日本語にない英語の音も、自分の発音体系に新しく加えることができるのです。
ただし、「日々」というのがポイントです。やらないでいると、自分の中で強固になっている日本語の音に引き戻されてしまいますから、常に口を動かして形状記憶させておく必要があります。
英語を学習している皆さんの多くは、きっときれいな発音やアクセント、リズム、イントネーションを身に付けたいと思っているのではないでしょうか。実は、近年の外国語習得の研究では、学習開始年齢よりも、学習時間数や学習の質の方がより強い影響を及ぼしていると言われています。
つまり、日本で英語を学習する場合、何歳からであろうと、適切な教材や指導の下、適切な方法でそれなりの時間をかければ、たとえ海外経験がなくても、ネィティブスピーカーの発音と区別ができないくらいに上達することは十分可能だと言えます。
もし、「きれいな発音」を目標にする場合は、どうせこんなものだろうと妥協せずに、普段からこだわりを持って諦めずに学習に励んでみてください。
発音習得の鍵は「なりきり」練習
言語習得には「臨界期(敏感期)」という、一定の年齢を超えるとネイティブレベルでの習得はできないという仮説があります。発音は特にこの傾向が強いと言われていますが、例えば、日本語を学んでいる外国人の発音習得に関して、これが当てはまらないケースが幾つか報告されています。こういう人の特徴として、それぞれが独自に学習法の工夫をしていたことが分かりました。どんなことをしていたと思いますか?
それは、テレビ、ラジオ、映画などを最大限に活用していたことです。例えば、ドラマや映画の役柄になりきって、聞こえたせりふをすぐに繰り返す。これが成功した学習者に共通して見られた特徴だそうです。
自然な文脈で出てきた言葉を、表現の意味や場面、その状況の人間関係も念頭に置きながら、難しくてもとにかく耳に入ってきた通りの音声で発音していたということです。何も特別なことはしていないですね。誰でもその気になればできます。もちろん、皆さんにだってできます。
学習者によっては、日本語ネイティブが話す口元を見ながらいつも口パクをしていました。それが習慣化して、日常の癖にまで昇華した人もいたそうです。つまり、「なりきり」に徹していたわけです。これは、日本語話者が英語らしい発音を習得する際にも大いにヒントになりますね。
また、「なりきり」は、役になりきって情感を込め、せりふを忠実に声に出して何度も繰り返すことで、リズムやイントネーション(韻律)といった発音の向上だけでなく、単語やフレーズ、意味の固まりの正しい並べ方の習得など、副次的効果も狙える、メリットの大きい学習法と言えます。成功した学習者をお手本に、皆さんも「まね」に徹してみてはいかがでしょうか。
英語が使えると奇跡も起こる
さて、今回でこの連載も最後になりました。
締めくくりとして一言。当たり前ですが、英語の上達に近道はありません。手っ取り早く身に付けたものは、手っ取り早く失ってしまいます。
しかし、着実に向上させる道はあります。道のりは多少長いかもしれませんが、その先にはわくわくするような楽しいことが待っています。
日本で普通に生活していく上で、英語は必要ありません。ほとんどの人は英語ができなくても十分生活していけます。頻繁に、あるいはたまにを含めても、実際英語を必要としているのは、人口のおよそ10パーセント程度だと言われています。10人のうち9人には必要ないのです。
ただし、英語が使えると、間違いなく自分の世界が広がります。国境、人種の壁を越えて、今まで知り合うことがなかったような人と知り合いになれます。今まで耳に入ってこなかった情報に触れることができます。今までは言葉の不安から躊躇(ちゅうちょ)していた海外への旅も、まるで国内旅行に行く感覚で行ってみようかという気持ちになります。さらに、普段経験できないような奇跡的なことに遭遇することもあるんです。
例えば、数年前、アメリカはハリウッドのあるホテルに滞在していたとき、とあるベルボーイさんと仲良くなりました。それで、何か用事があるとその彼ばかりを指名して、用事を頼んだり、近隣の情報を教えてもらったりしていました。そして、最終日の夜、ハリウッドのツアーに出たいと相談したら、知り合いのドライバーを紹介してくれました。ツアー時間も訪問場所も指定しての、かなり無理な要求でしたが、ドライバーは快く承諾してくれました。
ホテルを出発してすぐ、ドライバーがラジオをつけた瞬間、マイケル・ジャクソンさんの「Man in the Mirror」という曲が流れてきました。何を隠そう、筆者はマイケルさんの大ファン。過去に彼が来日したとき、また来るだろうと思い、そのときはコンサートに行かなかったんです。そしたら、お亡くなりになってしまい、人生最大の判断ミス、That's the biggest mistake I've ever made in my entire life.と、とうとうとドライバーにこんな調子で語ったんです。いや、どうしても言いたかったんです。
そしたらドライバーが、「じゃー、これからマイケルの家へ行きますか?」と。「えっ?ほんと?行けるの?ぜひぜひ!」。そしたら、車の進行方向を一気にぎゅっと変えて、一路、山道をぐんぐんと上がっていきました。気が付くと、大きくて、高級な家々が立ち並ぶエリアに。そして、テレビで見たあの門の前に到着。そこでしばらく停車してくれました。
バンからは降りず、バンの窓を下げて、門に向かってマイケルにぶつぶつと自己紹介しました。初めて彼がムーンウォークをしている姿を、MTVの授賞式か何かで見たときの感動、かっこよ過ぎて稲妻が走ったこと。サンタバーバラにあるネバーランドのそばを車で通ったときに、敷地内に遊園地が見えてびっくりしたこと。などなど、15分くらいでしょうか、彼への思いを話しました。その後、ドライバーが気を利かして、ゆっくりとノロノロ運転で彼の邸宅の周辺を回ってくれました。
と、まー、こんな忘れられないことが起きたのも、ある程度英語が使えたからだと思います。ぜひ皆さんも、英語とちょっとの勇気を持って take action してみませんか?素晴らしいことが身に起こるかもしれませんよ!
これを機に、早速、ぜひ今日から本気で英語学習に取り組んでみてください。明日の、来月の、そして5年先の皆さんの英語力は、まさにこの一日一日に何をしたかとつながっているのですから。応援しています。
高橋基治さんの本
- 作成:2019年6月18日、更新:2024年11月6日