英字新聞『The Japan Times Alpha』の編集長が単語帳を出版した理由

『The Japan Times Alpha』といえば、今年創刊72年を迎える伝統ある英字新聞です。その編集長を10年以上務めている高橋敏之さんが、この春、ダイヤモンド社より『話す力が身につく 5分間英単語』を出版しました。本記事では、出版の経緯や執筆の苦労などを高橋さんにお伺いします。

単語のコアイメージを押さえて使いこなす

ENGLISH JOURNAL編集部:2012年より10年以上『The Japan Times Alpha』の編集長を務められてきた高橋さんですが、なぜ今、このタイミングで単語集を出版されたのですか。

高橋敏之:英語学習者の一般的な単語学習は「浅い」と、常日頃考えていました。日本語訳を知っている単語を増やすことが、すなわち単語を「覚える」ことだと考えている人が多いんですよ。もちろん「orca=シャチ」のように、日本語訳さえ覚えておけば理解するのにも使うのにも困らないようなシンプルな単語もある。でも実際は、訳を覚えるだけでは使い方が全然見えてこないような複雑な語も多く、そうした語をマスターしているかどうかで差が付くものです。

例えばrepresentという語があります。『ENGLISH JOURNAL』で学習されている方なら、「~を代表する」という訳を知っているかもしれません。では、この動詞を使った例文が3、4個すぐに出てきますか?また、The rainbow colors represent diversity.(レインボーカラーは多様性を象徴している)やElectric vehicles now represent half of our sales.(電気自動車は今やわが社の売上の半分に当たる)のような用法が、「代表する」という基本の意味とどのように関係しているのか分かりますか?

このように、単語の日本語訳を知ることは第一歩に過ぎず、そこからさらに、その語の典型的な使い方や、複数の意味がある場合はそれらに共通するコアイメージなども押さえておかないと、その単語のことを理解できないし、ましてや自分で使いこなすなんて夢のまた夢です。ただ、こうした情報を独学で身に付けるのは難しいんですよね。文法やリーディングは先生が指導してくれるのに、単語学習だけは独学というパターンが多いですが、本来なら単語も授業を受けて理解を深めるべきものなんです。そうした単語の「授業」をしようと考えて、僕はYouTubeで「ボキャビル・カレッジ」というチャンネルを運営していました。それをダイヤモンド社の編集者さんが見てくださって、『5分間英単語』の執筆へとつながっていったというわけです。

単語の使い方のイメージを構築する

編集部:『5分間英単語』を出版する過程で、最も大変だったことはなんでしたか?

高橋:一番は例文の執筆ですね。とにかく「勉強したつもりにさせない」ということを意識しました。そのためには、ある単語について理解するだけではなく、実際の用例に数多く触れて、具体的な使い方のイメージをしっかり頭の中に構築する必要がある。そこで、典型的な使い方が学べるように、数多くの例文を用意しました。あまりに数が多く、書いた本人も正確な数を把握していません(笑)。カジュアルな会話から、フォーマルなリーディング・ライティングで使えるようなものまで、いろいろ取りそろえました。

また、堅い内容ばかりでは飽きるので、楽しんで読めるような文も用意しました。手前みそですが、doの使い方を解説したページに掲載しているThe most important four words for a successful marriage: “I’ll do the dishes.”などは自分でも気に入っています。録音を担当してくれたネイティブのナレーターさんからも「例文がクリエイティブで面白い!」というお褒めの言葉を頂きました

また、10ユニットごとに定着を確認するエクササイズを作ったのですが、これにも苦労しました。これも、普通の問題ばかりではつまらないと考えたので、学んだ単語を使って解く英語のなぞなぞや、「生前に3回、死後1回雷に打たれた男の話」など、興味深く読めるような素材を用意するのが大変でしたね。

使いこなせて初めて「知っている」と言えるはず

編集部:『ENGLISH JOURNAL』2020年7月号の記事(下記リンク先参照)で、「語彙力アップに単語集を使うのであれば、自分が触れた文章の中で、知らなかった単語だけを抜き出して自作するのが効果的です。その際、英英辞典を参考に英語の定義も書くとよいでしょう」とお話しされています。『5分間英単語』に掲載する単語は、どのように選んだのでしょうか。

高橋:先ほど述べた通り、英語にはシンプルな単語もあれば、ある程度深い理解を要するような複雑な語もあります。前者であれば独学で十分ですが、後者は詳しい説明が必要です。そうした独学では理解が難しい語を選びました。その中でも特に、覚えておくと英語の理解力・表現力が高まるような語句を優先的に掲載しています。

恐らく、本書を開いた皆さんは「結構知っている単語があるな」と思われるかもしれませんが、ある単語を「知っている」と判断するのが早過ぎます!例えばsimilarはご存じかと思いますが、これを使って「彼は父親と性格が似ている」を英語にできますか?正解はHe is similar in character to his father.です。similarを「知っている」と思った人も、inやtoとの結び付きも含めて英語にできましたか?こうした使い方までマスターして初めて、その単語を「知っている」と胸を張れるのです。

本書ではChapter 1でtake、get、makeなどの基本動詞の用法を徹底的に学びます。英語をやればやるほど、こうした語を「知っている」なんて軽々しく言えなくなるもの。「八つ当たりするなよ」を、takeを使って表現できますか?改めて、これら基本動詞の用法の幅広さを感じていただければと思います。

中級者が自分の英語に自信を持つために

編集部:3月26日のTwitterで、本書について「それなりに勉強したけど、言いたいことがスムーズに英語で表現できず、上級者である自信はない。そうした人達に単語の運用能力を高めて、自分の英語力に自信を持てるようになってもらいたいという想いを込めました」とつぶやかれています。なぜ初級者や上級者ではなく、中級者をターゲットにしたのですか。

高橋:執筆する際に読者のペルソナとして頭にあったのが、典型的な「中級者」でした。それなりに英語を勉強してきたから初級者ではない。でも「上級者か?」と問われると自信を持ってそう言えない。そうした人たちが本書で単語の使い方に精通することで、自分の表現力に自信を持ってもらいたいという願いを込めました。

例えば、先ほどのHe is similar in character to his father.という文であれば、上級者であればこれをすんなり英語にできたかもしれません。ところが中級者は、「言われてみればinやtoを使うのは理解できる」という状態であることが多いんです。ただ、「言われてみれば分かる」のでは不十分。これを当たり前のように使いこなすのが上級者であり、そこに達するのを本書の目的に据えました(実は、『5分間英単語』に決まる前に「あなたの英語を中級から上級に押し上げる100日完成プログラム」のようなタイトルを考えていました)。

やっぱり英語は上級者にならないと、仕事などでバリバリ使えるようにはなりません。せっかく中級者になったのに、そこで止まってしまうのはもったいない。そこで、中級の方々を上級レベルにするということを念頭に解説を書きました。もちろん、本書は基本動詞から入るので、英語を始めたばかりの初級者の方にもお使いいただけます。

学んだ英語が反射的に出てくるようになろう

編集部:『5分間英単語』は200ユニットに分かれ、「『1日に2ユニットずつ』を目安に進めていくと、100日間で完成する」構成になっています。この単語集を購入した方には、どのように活用してほしいとお考えですか。

高橋:前書きでは「1日に2ユニット」を目安として提示しましたが、基本的には使いやすいように使っていただければよいかと思います。ただ、絶対にやってほしいことが一つあって、それは「例文を読み上げた音声を繰り返し聞く」こと。頭で理解したつもりでも、人間は時間が経てば必ず忘れます。そこで、知識を定着させ、さらに学んだ表現が会話の場面などで反射的に出てくるように、音声は繰り返し聞いてください。

編集部:日本の英語教育では英単語の「日本語訳を覚える」ことに重点を置き、一般的な単語集は「どう覚えるか」に着目して画像を用いるなど工夫しています。高橋さんの『5分間英単語』では英単語を「使える」ようにすることにフォーカスしていますが、本書を作る過程で、どのようなことに力を入れましたか。

高橋:最終的なゴールは「使えるようになる」こと。そのために、①まずはその単語を深く理解する、②使い方に精通する、③学んだ知識を定着させる、という3つのステップを意識しました。

①については、詳しい解説で単語の持つコアイメージなどを理解してもらう。②は、豊富な例文で使い方を知ってもらう。特に、典型的なコロケーション(単語同士の結び付き)が学べるような例文をそろえることに力を注ぎました。③に関しては、音声を聞いて知識を定着させたり、10ユニットごとの復習エクササイズに取り組んでいただいたりする他、前のユニットで学んだ単語を、さりげなくその先のユニットの例文にも入れ込むことで復習に役立てていただく、という工夫もしています。

編集部:最後になりましたが、編集長を務めていらっしゃる英字新聞『The Japan Times Alpha』の良さについても教えていただけますか。

高橋:「学習に特化した英字新聞である」という点につきますね。記事の長さや掲載内容などは全て、「英語力を高める」というゴールを意識して決められています。週刊で発行されるというところも、習慣化しやすいポイントだと思います。また、購読者の方には、記事の内容に関連したリーディングやボキャブラリー、発音といった動画の講座も提供するなど、単なる英字新聞の枠を超えて、紙とデジタルの両面から学習をサポートする総合プログラムとなっています。

高橋敏之(たかはし・としゆき)
高橋敏之(たかはし・としゆき)

英語学習者向けの週刊英字新聞 『The Japan Times Alpha』 編集長。慶應義塾大学卒業後、大学入試予備校英語講師、英語教材編集者を経て、2007年にジャパンタイムズ入社。『週刊ST』(Alphaの前身)編集部で 国際ニュースページや英語学習コラムの執筆など等を担当し、2012年より編集長を務める。本職の傍ら、企業・大学等での英語研修や講演も多数実施。仕事柄、大量の英文メディアに日々触れる過程で、単語の使い方を深く知ることが英語力アップの鍵だという確信を持ち、単語の用法を徹底的に観察。そうして身に付けた知識を伝えることを、今後のライフワークにしたいと考えている。モットーは「単語学習は人付き合いと同じ。深く付き合わないと本当のことは分からない」。TOEIC 990点、英検1級、 動物検定3級。趣味は最近始めたウクレレ。

取材:望月碧
トップ写真提供:高橋敏之
本文写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL編集部)

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