「英語が通じた!」感動と、のちに訪れた挫折 ヒロウエノが英語を「自分の言葉」にするまで【英語アクショントレーニング 思考編】

俳優・英語コーチとして活躍するヒロウエノさんの新連載がスタート!【思考編】の第1回では、初めて味わった「英語が通じた」感動、高1で経験した大きな挫折、アメリカの大学に進学して“全力で食らついていた”日々を振り返りながら、英語を「自分の言葉」にするために大切なことを語ります。

英語と演技に「正しい」はない

ENGLISH JOURNAL読者の皆さん、こんにちは!今月から、英語を実践的に使いこなすために大切なポイントや手法を、僕の考えや経験を交えながら実践的にお伝えできたらと思います。

雑誌『ENGLISH JOURNAL』で2022年にインタビューをしていただきましたが、僕は俳優、そして英語コーチとして活動しています。俳優としては英語を話す役柄での出演が多く、英語コーチとしては、ドラマ・映画をはじめとする演劇の現場において、キャストへの英語・英語指導などに携わっています。

◆ヒロウエノさんのインタビュー記事の一部が特別に読める記事はコチラ!

「英語と演技には、似ているところがたくさんある」――こう聞くと、皆さんは意外に感じられるでしょうか。まず最も大きいのが、どちらにも「絶対的な正解がない」という点です。

ところが、英語学習者も俳優も、なぜか「正しいやり方がある」と思い込んでいる人が少なくありません。英語学習者なら、「この教材を使えば話せるようになるはずだ」「この方法が正解のはずだ」と考える。そうして、自分で決めた“正解”に縛られてしまう。俳優なら、台本を最初に読んだとき、「このせりふはこう言うはずだ」「監督が僕に求めているのはこういう演技のはずだ」と、自分で自分を演出してしまう。

もう一つの共通点は、「頭で考えればできると思ってしまうこと」。英文法や単語を勉強して、頭ではたくさん考えているけれど、口はほとんど動かしていない。それなのに、いざとなれば会話ができると思ってしまう。演技では、役の背景を調べ、人物の内面を分析して、考える。それだけで本番になれば演じられると思ってしまう。

「英語」と「English」の違い

僕は、学校で教科として学ぶ「英語」と、実際に人との会話で使う「English」は、いったん別のものとして考えた方がいいと思っています。日本語で文法を理解し、問題を解く「英語」は、日本で発達した一つの学問です。そこには、数学の問題を解くような面白さがある。僕自身、英文法について学ぶことは好きでしたし、それを否定するつもりは一つもありません。

ただ、それと「英語で話せること」は、“全く別の競技”なんです。話せるようになりたいなら、英会話をするしかない。自転車に乗れるようになりたい人が、ペダルへの足の置き方を本でいくら読んでも、実際に自転車に乗ってこがなければ乗れるようにならないのと同じです。英語も、最後は自分の口と体を使う必要があります。

英語が通じた!全身を覆った感動

そんな僕が、「英語が使えた」と生まれて初めて実感したのは幼稚園生のときでした。教師だった母は、同僚のALT(外国語指導助手)の先生を家に招くことがあり、外国から来た先生たちに会う機会が何度かあったのです。

ある日、ビル先生という、とても大柄なアメリカ人の先生が家に遊びに来ました。僕はワクワクして、彼に話しかけたくて仕方がなかった。するとそれに気づいた母が、僕のかぶっていた野球帽を指して、「こうやって言ってごらん」と教えてくれました。

“This is my baseball cap.”――教えられた通りに言うと、ビル先生は「ああ、なるほど」という顔をして“Oh, cool!”と返してくれたんです。その瞬間、全身がぞくっとして鳥肌が立ったのを今でも覚えています。人種も言語も違う相手に、僕の言ったことが通じた!その感動が、英語を使う快感を知った最初の体験でした。

何か特別な英才教育を受けていた、なんてことはありません。英語の授業も、みんなと同じように中学校で初めて受けました。ただ、教科書を読むよう指名されたとき、カタカナ読みではなく、自分なりに全力でネイティブっぽく発音するように意識はしていました。舌を巻かなくていい所まで巻き舌で発音したり(笑)。クラスメイトたちにクスクス笑われて恥ずかしく感じたこともあります。だけど、「英語を話せるようになりたくてやってるんだから、これでいいんだ」って。あの「通じた!」という喜びの方が、恥ずかしさよりもうんと強かったのだと思います。

英語が聞き取れない・出てこない……大きな挫折

そんな僕にも、大きな挫折がありました。高校1年の春休み、16歳で初めてアメリカへ1週間ホームステイしたときのこと。出発前は「好きな音楽の話など、いろいろなトピックで、早く現地の人たちとたくさん会話をしたい!」と、自信さえあったほどです。ところが、いざ始まってみると、ホストファミリーがゆっくり話してくれているのにほとんど聞き取れない……。言いたいことが頭に浮かんでも全く口から言葉が出てきません。ホストファミリーはとてもいい人たちで、だからこそ「僕のせいでみんなで笑えるはずの瞬間をどんどん取り逃がしてしまっている。そして気を使わせてしまっている」と、申し訳ない、悔しい気持ちでいっぱいでした。

それ以外にも、食料品店でハムやチーズの試食を勧められ、断れずに全部“Yes.”と答えて夕食前におなかいっぱいになってしまった、なんて失敗もありました。当時は断るフレーズ=“No, thank you.”という知識しかなく、「失礼かも」と思うと言えなくて。それに、“I’m okay.”など他の表現を知っていたとしても、実際のシーンを経験しないとなかなかとっさには出てこないものですよね。

感動と憧れが背中を支えてくれた

そうして、大きなショックとともに帰国した僕がどうなったかというと……英会話教室に通い始めました!「先生の言うことを一語一句漏らしてなるものか」とレッスン内容は全てノートに書き留め、とにかく全力で、スポンジのように吸収していったと言えます。学校の勉強に関しても、それまではうんざりすることもあったのが、自ら進んでいろいろな教科を学ぶように変化しました。

挫折して「英語なんてもう嫌だ」とならなかったのは、やはり幼稚園生のときの「通じた!」体験と感動のおかげです。また、「英語がしゃべれたらやっぱりかっこいいな」という憧れも、単純ではあるけれど背中を押してくれたと思います。 そう!理由なんて単純で……むしろ単純「が」良いんです!

その後、高3のときに今度は1カ月間、アメリカでの研修に参加しました。とある財団主催のプログラムで、参加者は全国から40名の高校生が選出されるというものでした。参加者はいわゆる進学校の生徒たちなので、英語の成績はみんな優秀なのですが、現地であまり英語を話そうとしない人が多かった。間違えることへの怖さや、恥ずかしさがあったのかもしれません。

僕もたくさん間違えたし、話す前は毎回ドキドキでした。それでも、引率者や現地の人たちに積極的に英語で話しかけていたからか、一緒に参加した仲間からは「ヒロはどうしてそんなに英語を話せるの?」と聞かれていました。今振り返ってみても、学校の英語の成績と、実際に英語を使う力は、やはり同じではないのだと感じますね。

「英語を話している自分」を追いかけて

実は、僕はもともとシンガーソングライターになりたいと思っていたんです。洋楽好きの母の影響もあり、ビートルズやオアシスなどをよく聴き、高校時代は自分で作詞作曲もしていました。「英語で歌を作って歌うなら、英語を自分の言葉にする必要がある。そのためには英語圏へ行くしかない」――当時の僕にとって、大学で何を専攻するかよりもその思いの方が重要でした。

そんな状態ですから、相談に行った留学エージェントでは「何を勉強したいかも決まっていないのに、なぜアメリカへ行きたいのか」と厳しく問われ、落ち込みましたね。でも今では、自分を見つめ直すいいハードルをもらえたと思えます。僕の中には「それでもやっぱり英語を自分の言語にするんだ」「英語を話している自分がどこかにいるはずだ」という感覚がずっとあって、その自分を追いかけていたのでしょう。

歌を通して英語を「自分の言葉」に

実際にアメリカの大学へ進学してからも、最初は苦労の連続でした。ネット回線をつなぐためにカスタマーサービスに電話をしても、担当者の話す英語が分からない。相手の対応がどんどん冷たく雑になり、「どうしてこんなに怒られなければならないんだ」と思うこともありました。それでも「とにかく食らいついていくしかない」という日々でした。

そんな僕を助けてくれたのが、ギターです。というのも、キャンパスの近くのバーでは毎週月曜日にオープンマイク(カフェやライブハウスなどが店のステージを一般客に開放し、誰でも歌や演奏などを披露できるにすること)が行われていました。名前を書けば、誰でもステージで1曲歌える。僕は毎週そこへ行き、地元のお客さんたちの前でオリジナル曲やカバー曲を歌いました。

毎回ものすごく緊張しましたけど、「今週行かなかったら負けだ」という気持ちで自分を奮い立たせていた部分が大きいですね。それに、歌い終わった後は「俺、すごい。頑張ったじゃん!」と思えて楽しかった。「音楽には国境がない」とよく言われるように、1本のギターが、歌や音楽が接点を作ってくれて、お客さんたちとの会話も積み重ねていくことができました。これも、英語を自分の言葉にしていく上で大きな経験でした。

渡米して1年ほどたった頃、友人との何げない会話で、自然に “He knows.” と言えた瞬間がありました。三人称単数現在の -s を、頭で考えずに口にして、さらに「-s がないと気持ち悪い」と感じる自分もいたんです。そのとき初めて、「英語が自分の言語になってきたかもしれない」と思えました。周りから見れば何でもない一言ですが、僕にとって、体の中で何かが切り替わった大きな瞬間でした。

英語を話せる環境を自ら作り出す

これはあくまで僕の体験談であり、誰もが海外のバーで歌う必要なんてありません。あの頃の僕は若く、「ここで逃げるのか」と自らに問うエネルギーで自分自身を追い込めただけです。体力や精神力は人それぞれですし、性格も人それぞれです。

大切なのは、自分にとって無理のない範囲で、少しだけ「英語を使わざるを得ない環境」に身を置くこと。そして、それを「楽しい」と思えること。例えば、外国の人が集まる場所へ出かけてみる。街で困っている旅行者を見かけたら声をかけてみる。オンライン英会話で短い会話をしてみる――どんな形でもいい、頭の中だけで終わらせず、口と体を動かす。花が育たないとき、花そのものを責めるのではなく、土を変えてみるように、自分が動きやすい環境を作ることが大切ではないでしょうか。

そして、意外と忘れられがちな点を一つ。英会話の勉強ばかりしても、普段から日本語ですら他人と話さない人が、急に会話上手にはなれません。会話は、言葉以前に人と関わる行為だからです。まずは普段の日本語で過ごす日常から、興味の矛先を「自分の英語力」という内側ばかりに向けるのではなく、自分の外側にある現象や他人に興味を持ち、自分から話しかけ、相手の言葉を聞く。

英語を話せるようになりたいなら、まずは人と関わろうとすること。そして、小さくてもいいから、実際にアクションを起こすこと。英語は、頭の中だけで完成する知識ではありません。人に向かって使ったときや人と関わっていく中で、初めて自分の言葉になっていくのだと思います。


ヒロウエノ
ヒロウエノ

俳優、英語指導。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)哲学科卒。英語指導・通訳を担当した映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年、濱口竜介監督)が第94回米アカデミー賞で日本映画初の作品賞・脚色賞を含む4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞した。映画『コットンテール』(2023年、パトリック・ディキンソン監督)、東京サラダボウル(2025年、NHKドラマ10)では英語指導を務めた。俳優としての出演作は、NHK大河ドラマ「青天を衝け」八十田明太郎役、CX「ナンバMG5」松島雄平役、映画『Red』(2020年、三島有紀子監督)安藤ウェス役、NHK連続テレビ小説「ばけばけ」福間役、映画『レンタル・ファミリー』(2026年、HIKARI監督)など。2025年6月より、NHK WORLD JAPAN「Japan Railway Journal」にてプレゼンター(MC)としてレギュラー出演中。
X:@hiroueno
Instagram:@hiroueno1984

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