学習法や教材を工夫するのも大切ですが、確立されたメソッドや良質の教材だけでは、高いレベルでの外国語習得は難しいでしょう。しかし、「自律的学習者」になれば、おのずと英語力は上がっていきます。語学やそれ以外の学びにも一生役立つヒントを、第二言語習得の専門家、新多 了さんが紹介します。第5回は、「現在志向のモチベーション」です。
なぜモチベーションがなくなってしまうのか?
前回 は、未来への思いからやって来るモチベーション、goalとvisionについて説明しました。
今回は、実際に学習に取り組んでいる 「現在」から生まれてくるモチベーション について考えてみましょう。
未来志向のモチベーションは、「選択のためのモチベーション」 (choice motivation )とも呼ばれます。なぜなら、未来に対する強い願望から生まれたモチベーションが、願望の達成に必要な行動を「選択」させるからです。
例えば、「TOEICで高得点が取りたい!」という願望を持つと、それを達成するための行動、つまり、書店にテキストを探しに行く、対策講座の受講を申し込む、などが促されます。
ただし 、選択のためのモチベーションが 有効 なのは、その言葉が示す通り、あくまで「選択のため」です。学習開始後しばらくの間は維持されるかもしれませんが、 数週間もするとその熱量が失われ始め、数カ月後にはドロップアウト してしまう・・・となりがちです。
「実行のためのモチベーション」
途中で諦めてしまい、「自分はいつもやる気が続かない・・・」と自己嫌悪に陥ってしまった経験があるという人もいるでしょう。でも、「選択のためのモチベーション」とはそういうものです。
では、どうすればよいか?
カギは、「 実行のためのモチベーション 」( executive motivation )の 仕組み を知ることです。
「選択のためのモチベーション」は、将来に対するポジティブな思いが原動力です。でも、学習中は楽しいことばかりというわけにはいきません。たくさん英単語を覚えたり、何度も繰り返し練習したりするのはそれなりの重労働です。また、遊びたいという衝動も抑えないといけません。
長期間にわたって 学習を継続するには、自分をコントロールし、目の前の学習に集中する 体制 をつくる 必要があるのです。
実行のための原動力、「グリット」とは?
「実行のためのモチベーション」にはさまざまな考えがありますが、その一つとして「グリット」(grit)を紹介します。
グリットとは、「やり抜く力」 のこと。心理学者のアンジェラ・ダックワースは、「成功者に共通した力は何か?」について調査するために、業界でも屈指のビジネスパーソンや、アーティスト、アスリート、医師、弁護士などを対象にインタビューを行いました。
そうした人たちが共通して持っていたのが、グリットです。
このように、 見事に結果を出した人たちの特徴は、「情熱」と「粘り強さ」をあわせ持っている ことだった。つまり、「グリット」(やり抜く力)が強かったのだ。
アンジェラ・ダックワースの著書『やり抜く力』は、さまざまな科学的知見が紹介され、説得力があります。また、本のエッセンスを知るには、TED Talksのスピーチ「Grit: The power of passion and perseverance」もおすすめです。
www.ted.comグリットはあらゆる活動に不可欠ですが、もちろん英語学習でも重要な役割を果たします。そこで、ここからはグリットの2つの要素である「情熱」と「粘り強さ」について、SLA(第二言語習得)の観点から考えてみましょう。
英語に対する「情熱」はどこから来るのか?
まずは「情熱」です。
スポーツでも音楽でもゲームでも、なんでもいいのですが、何か自分の大好きなことに没頭している瞬間を思い出してください。そのとき、心が喜びや満足感で満たされているはずです。これを「 内発的動機づけ 」( intrinsic motivation )と呼びます。
楽しいことは何時間でも続けることができますし、好きなことからは自然と多くのことを吸収できます。つまり、英語力上達の秘訣(ひけつ)は、 英語を学ぶことが好きな状態をつくり出す こと、つまり内発的動機づけを持つことです。
でも、いったい、どうすれば内発的動機づけが生まれるのでしょう?
内発的動機づけが生まれるには、3つの欲求、「自律性」「有能さ」「関係性」を満たす必要がある といわれています。
まず、「自律性欲求」は、 自分で決めたルールや自分が大切にしている原則 に従って 行動したい という気持ちです。自律性についてはこれまでも何度か取り上げてきました(例えば、 第1回 をご覧ください)。内発的動機づけが生まれるには、この自律性が満たされる必要があります。
2つ目の「有能さ欲求」は、 「自分は優れた人間だ」と思いたい(そして周りにそう認められたい) という気持ちです。自分が得意だと思えることは、積極的に 取り組み たくなります。
最後は「関係性欲求」。これは、 周囲の人たちと仲よくやっていきたい という願望です。好きな人たちがいる場所には自然と足が向かいます。
今、英語学習に対して内発的動機づけが十分でないと感じていれば、 これらの要素のどれが満たされていないのか考えてみる といいでしょう。
まず、自分の英語学習の内容や進め方を自分で決めているでしょうか?もし英語の授業に受け身で参加し、先生からの 指示 をこなしているだけなら、自律性欲求が満たされていません。
次に、上達している実感を自分で感じたり、周りから認められたりしているという、有能さ欲求は満たされていますか?
さらに、関係性欲求はどうでしょう?英語の授業で仲よくしている友人はいますか?あるいは、一緒に英語を学ぶ仲間はいるでしょうか?
3つの欲求の中で欠けているものが見つかれば、それを満たすためにできることはないか考えてみましょう。 足りない面が 改善 すれば、自然とモチベーションが湧いてくる はずです。
粘り強く続けるコツ
グリットのもう一つの要素である「粘り強さ」はどうでしょうか?
誰しも才能に憧れます。でも、英語学習は長期戦ですから、最後には才能よりも粘り強さが勝ちます。
では、どうすれば粘り強くなれるでしょうか?
残念ながら すぐに 粘り強くなる特効薬はありませんが、苦しいときにもう一踏ん張りするコツはあります。それは、 「粘り強く学習を続けていれば、いつか必ず成果が得られる」と知っていること です。
英語力はどのように伸びるのか?
皆さんの英語力がこれからどのように伸びていくか、グラフで表すとします。この図「英語力の発達パターン」(横軸は時の経過、縦軸はTOEIC L&Rテストのスコアの 推移 を示す)で、パターン1と2のどちらが正確だと思いますか?
理想はパターン1ですね。もしこのように順調に伸びてくれるとしたら、常に成果を実感できるので、モチベーションが維持しやすいでしょう。
でも、このように英語力が伸びることは残念ながらあまりありません。実際にはほとんどの人がパターン2のように、 ある日、飛躍的に伸びる ことを経験します。
パターン2の場合、Time 4まではほとんど伸びませんし、後退しているように感じることさえあります。そうするとなかなかモチベーションを維持するのが難しく、途中で挫折してしまう人も出てきます。
学習を続けると「相転移」が起こる
学習の停滞期にも諦めずに我慢して続けていると、あるとき 英語力が伸びる瞬間が突然訪れます 。この質的な変化を「 相転移 」( phase shifts、あるいは phase transitions)と呼びます。
なぜ相転移が起こるのかを説明すると長くなってしまうので、ここでは「英語学習を粘り強く続けていると、あるとき突然伸びる瞬間がやって来る、それが学習の真理だ」ということだけ覚えておきましょう。
問題は、この相転移がいつやって来るか分からないことです。もしかすると明日 かもしれない し、1年後、あるいは10年後 かもしれない 。でも、 諦めずに続けていると「いつか必ず」やって来ます 。
「いつか必ず」です。そのことを知っていれば、もう少し頑張れるのではないでしょうか。
大事なのは、目の前のことを楽しみ、それに没頭すること
今回は、「現在」から来るモチベーションについて紹介しました。
goalやvisionを持つことは行動を起こす きっかけ にすぎません。より大事なのは、 目の前の学習に情熱を持って 取り組む こと。そうすれば、その途上でさまざまな力を身に付けられます。
最後に、今回のテーマと関連して、最近、発見した言葉を紹介します。Tokyo 2020応援ソング「パプリカ」についての インタビュー動画 の中で、シンガーソングライターの 米津玄師さん が子どもたちへのメッセージとして、次のように語っています。
向かっていく最中は没頭できるというか、われを忘れることができる。そうやって向かっていくにつれて、いろんな周りの人間たちとかとうまく生きていくすべを得ると思うんですよね。
どこかに向かっていこうとすることがいちばん大事であって、それに対して夢というのはただの付随物でしかない。だから、楽しく生きることですね。[中略]
楽しく生きていくというのが、いちばん大事なんじゃないですかね。そうやって生きていくことによって、将来のあなた自身を励ましてあげてください。
夢や目標は、何かを始めるために不可欠な強い思いを生み出し、それを実現するための行動を促すエンジンとして機能します。でも、一度動き始めてから大切になるのは、目の前の物事に集中することです。そのとき、夢や目標は二次的な役割に引き下がります。
今回のテーマである「選択のためのモチベーション」と「実行のためのモチベーション」の 本質を見事に捉えた言葉 だと思いました。
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文:新多 了(にった りょう)
立教大学外国語教育研究センター教授。著書に 『はじめての第二言語習得論講義――英語学習への複眼的アプローチ』 (共著、大修館書店)、 『「英語の学び方」入門』 (研究社)など。現在は、立教大学の新しい英語教育プログラムの開発と運営に取り組んでいる。
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