外国語と日本語の間を、まるで魔法のように行き来する同時通訳者。通訳するだけでも大変そうなのに、トップレベルの国際会議など間違いが許されないシーンに立ち会う彼らは、本番前にどんな準備をしているのでしょうか。同時通訳者・横山カズさんにこっそり教えてもらいました!
同時通訳は準備が10割!?
「段取り八分」という言葉があるように、どんな仕事も準備が大切です。同時通訳の場合は、準備がほぼ10割といっても過言ではないでしょう。
日ごろから英語力を磨いておくのはもちろんのこと、 自分が通訳するクライアント(話者)についての知識を 事前に どれだけ蓄えられたかが、本番当日に大きく 影響 します 。
この場合の知識というのは、年齢や出身地、経歴といったデモグラフィックなものだけでなく、話し方や声のトーン、よく使う言い回しなど、非常に繊細な部分にまで及びます。むしろこちらのほうが重要なくらいです。
どんな準備をしているのかは企業秘密みたいなものですが、今回は特別に公開しましょう!
クライアントのファンになる!
クライアントの人物像をつかむ
通訳するクライアントが決まったら、まずはその人の人物像をつかむことから始めます。その人物による著書やコラムなどの文章、論文を探し、徹底的に目を通します。
この段階でインタビュー記事などが見つかれば、話し方や言い回しのパターンをしっかりとつかみ、英語で言えるように練習しておきます。
次は、動画や音声を使った準備です。 動画や音声を視聴しながら、話の内容だけではなく、話し方や声のトーンなどもじっくり観察して、よく味わいます 。その人物の「人となり」を、自分なりにできるだけつかんでおくのです。
文章や音声が手に入らない場合は、なんとかして数分でもよいので打ち合わせの時間を取ってもらうよう努力します。一度でも会ったことがあるのとないのとでは、通訳するときに全然違うものなんですよ。
また、私の場合は、文書や音声などの資料を通して自分なりにその人をイメージできるようになってから、いわゆる属性を細かく見るようにしています。「○○出身だから」「××に 所属 しているから」という先入観を、できるだけ持ちたくないんですよね。
その人の本質みたいな部分を 先に つかんでおく ことが、大切だと思っています。
周囲の人とのコミュニケーション
もし、それもできないようであれば、クライアントの周囲にいる人から話を聞くようにしています。
例えば、マネージャーや秘書など、その人の素顔をよく知っている人物です。そういう立場の方との会話をとても大事にして、しっかりコミュニケーションを取るようにしていますね。そうすると、「実はこんなことがあってね」という感じで、クライアントの意外な一面を教えてくれることもあり、クライアントの人物像をつかむのに役立ちますから。
このように、話者についての情報をできるだけ手に入れます。準備をしているうちに、すっかりクライアントのファンになってしまうことも多いんですよ。
AI(人工知能)に負けない工夫
「同じタイプの人」を探す
時間的に余裕があれば、クライアントと同じ分野で活躍している人や、よく似たタイプの人の記事やインタビュー(動画や音声)を探して、読んだり視聴したりします。
クライアントが日本人でも、外国人の記事を読むこともあります。というのは、「国籍や人種が違っても、なぜか似たタイプの人」というのがいるんです。
女優さんを例にするとわかりやすいかもしれません。日本人の女優で、透明感があって可憐な感じの人もいれば、凛とした理知的なタイプの人もいますよね。
同じように英語圏の女優でも、透明感のあるタイプと凛としたタイプがいます。この場合、「透明感のあるタイプの日本人女優」の通訳をするには、英語圏の同じタイプの女優の英語を聞いておくと、とても役に立つのです。
国籍も人種も、使う言語も違うのですが、不思議と同じような語彙を使ったり、論理 展開 をしたりするんですよ。
また、体格がよくどっしりした感じの人は、日本人でも外国人でもなぜか似たところがあるんですよね。 「見た目と話し方」が似ている場合は、参考になることが多い です。
「正反対のタイプ」もチェック
さらに余裕があれば、 クライアントと反対意見の人、対立する立場にある人の記事やインタビューもチェック します。反対意見を聞いて対比させることで、クライアントの人物像や考え方の特徴がより鮮明に浮かび上がってくるからです。
近年、自動翻訳がどんどん発達しているので、そのうち通訳者は不要になるのではという話もありますが、AI(人工知能)もここまではやらないでしょう。
こちらも、「これだけやっているんだから、AIにはまだまだ負けないぞ」というつもりでやっています。
その人になりきって日本語で話す
英語のトレーニングはもちろん大切なのですが、本番に向けては「日本語で話すトレーニング」も欠かせません。
クライアント(日本人)が話す動画インタビューなどを視聴し、同じように口に出して言ってみます。モノマネというか、ご本人が見たら怒るんじゃないかと思うくらい、その人になりきって話してみるんです。
そうすることで、「日本語で話しているときのその人物の雰囲気」をつかむんです。これは、実際に通訳をするときに「その人モード」に入るためには非常に 有効 なんですよ。
日本語で話している動画や音声を聞きながら、即興で英語に訳すというトレーニングもします。いわば、同時通訳のシミュレーションですね。
目に見えない「とっかかり」が大切
同時通訳をするときには、話者が何を言うのか先を 予測 する「先読み」が必要になります。
そのためには上記のように、 日本語でも英語でも、実際に話してみるトレーニングでつかんだ「その人物の話し方や声のトーン、感情の流れ」がヒントになる ことが多いんです。
この「とっかかり」をできるだけ増やしておくことが、同時通訳が上手くいくカギですね。
最近ではフィリピンで、航空関係者のトップの同時通訳を担当ました。このときも、このやり方が大変な威力を発揮したんです。
日ごろの英語トレーニングがものを言うとき
とはいっても、仕事の依頼を受けた日から本番までの期間が短すぎて、準備が全然できない場合もあります。最短では、依頼の翌日が本番ということも。このときはさすがに焦ったのですが、「君なら大丈夫」なんて押し切られてしまって。
こうなると、「クライアントの人物像をつかんでおく」なんて悠長なことはできません。瞬発力が頼りです。地の英語力がものを言うので、以前紹介したような、 英語と日本語を瞬間的に言い換えるトレーニング を日ごろから続けておくことが欠かせないのです。
同時通訳の醍醐味とは?
準備もうまくいき、 最高にいい通訳ができたときというのは、「通訳している」という感覚がなくなります 。クライアントの気持ちが手に取るように分かって、自分の意見を話しているような気持になるんです。
脳の働きが通常と違うのか、通訳を聞いている人の表情がよく分かって、周りがスローモーションみたいにゆっくり見えて。集中しているのに頑張っているという感じはなく、なぜか楽に話せるんですね。
やりがいを感じるのは、やはりクライアントが喜んでくれたとき。商談がまとまったというような大きなことでなくても、ちょっとした 感謝 の気持ちがうれしいです。
あるドイツ人の通訳をしたときのこと。大柄で無表情で、ちょっと怖いような感じの人でしたが、休憩中に通訳ブースにいる私のほうを見て、にこっと笑ってサムズアップをしてくれたんです。
会議中、彼は私が通訳する英語をずっと聞いていたわけで、そこで何か思うところがあったんでしょうね。私の仕事ぶりを、よく見てくれていたんだと思います。
そういうことはずっと記憶に残っているし、毎日トレーニングを続ける原動力になっています。
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文:横山カズ @KAZ_TheNatural
関西外国語大学・外国語学部スペイン語学科卒。同時通訳者(JAL)、翻訳家、英語講師。高田学苑英語科特別顧問。エスコラピオス学園 海星中・高等学校英語科特別顧問。学びエイド、リクルート・スタディサプリENGLISH講師。英語を日本国内で独学し、航空・IT・医療・環境・機械・国際関係・文学など多分野で同時通訳者として活躍中。JAL(日本航空)グループ、楽天株式会社では英語力向上と社内公用語化に貢献。「英語4技能」・英語スピーキングのエキスパートとして日本全国で授業と講演を行っている。『スピーキングのための音読総演習』(桐原書店)、『英語に好かれるとっておきの方法~4技能を身につける~』(岩波ジュニア新書)、『おもてなし純ジャパENGLISH』(講談社)、『最強の英語独習メソッド パワー音読入門』(アルク)など。ジパングマネジメント株式会社・文化人枠 所属 。
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