能動的に学べ【オレゴン12カ月】

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

家族の恥をさらすようだが、最近、こんなことがあった。

学校が休みの日に、娘に留守番をさせて外出した。もうすぐお昼という頃に帰ることになり、「パスタを作るから、鍋にお湯を沸かしておいて」と電話すると、娘は、オーケー、と軽く返事。

10 分ほどたって家に着き、さてお湯は沸いているかな、と見てみたら・・・鍋の下の火が小さい。すでにぼんぼん沸いたから火を小さくしたのかと思いきや、鍋の中の水には小さな泡がぽつぽつと出ている程度。ぬるま湯なのであった。

「何これ」

私が思わず問うと、13歳の娘は自信なさそうに、

「沸いてる?」

と聞いてきた。

え、もしかして、水が沸騰している状態を知らない・・・?

学校で教わらなかったらしい。いやもちろん、もっと料理の手伝いをさせなければいけないと私自身猛省したが、それにしても、そういう基本的なことを学校で教えないのだろうか。私が日本で小学生だったときには(だいぶ前だけど)、ビーカーに入れた水をアルコールランプで熱し、温度計を差して「水が沸騰する温度は100℃」とノートに書き留めたものである。

・・・というようなことをまくしたてる私に、「アメリカの学校ではそういうことやらないから」と、娘はふてくされた。

アメリカの名誉のために言っておくと、ウチの娘が通っているのは私立校なので、「アメリカの学校は」と一般化することはできない。公立校では、日本のようにきっちりやっているの かもしれない

イラスト:尾崎仁美

ウチの娘は小学校のときに理科で何を教わっただろうかと考えてみたら、2年生のときに、「脳」についてひたすら学んでいたのを思い出した。大人の私たちも知らないような脳の部位の名を幾つも覚え、クラスメートの親である脳外科医を招いてレクチャーを受け・・・。

「小2のときに熱心に勉強した、の部位の名前、覚えてる?」

に聞いてみたら、

「忘れた」

という答えが返ってきた。それはそうだろう。責める気にはなれない。当時、脳のことを覚えるというよりは「調べて書く」という学習スタイルを学ばせるのが目的だ、という説明を受けたが、せめてそのスタイルは身に付いたのだろうか。

小3 のときには、2階の高さから卵を落とすコンテストが行われた。生徒たちが、卵を割らずに落とすための工夫を凝らす。プチプチの梱包材に卵をくるんだり、落下傘を付けたり、スイカをくりぬいて卵を埋め込んだり・・・。楽しいイベントではあったが、それで何かを学んだかといえば、これまた怪しいものである。

6年生のときには、イカを解剖した。その授業の終わりにはイカを揚げて食べるというので、私も手伝いとして参加したのだが、2 人一組でイカを解剖した子たちは、ノートを取るでもなく、ただキャーキャー言いながらイカをいじっただけだった。プリントが配られたわけでもない。

娘は月曜から金曜はアメリカの私立校に通っているが、土曜日には日本語補習校に通っている。授業は数学と国語だけだが、教科書は全教科分をもらってくる。日本の理科の教科書を見ていると、毎年同じようなことを取り上げつつ、だんだん内容が高度になっていくのがわかる。算数も同じ。前の年に学んだことを思い出させつつ、一歩深い領域に踏み込んでいく。

また、九九などはある程度理論を教えたら、あとは割り切って暗記させる日本に対し、娘の学校では、「暗記はいけない、深く理解するのが大事」と、一桁同士の掛け算をああでもないこうでもないとずいぶん長いこと勉強していたものだ。

日本の教育は、できるだけ多くの子をすくい上げるようにできていると思う。みんな横並びで画一的という一面はあるが、系統立っていて、知識が着実に積み重なっていく。一方、娘の学校では、「楽しい」に主眼が置かれているから、その時々は楽しい思いをする。でも、何を学んだかをひと言では言えない。卵を落とすコンテストなどは、けっこう高度な物理なのだろうが、子ども自身は、何を学んだとは 具体的に 言えないだろう。こういうのを、ハンズオンとかアクティブラーニングなどというの かもしれない と思いつつ、やはり地道に教わったり記憶したりというのが大事という気もする。

すべてを見たわけではないから一概には言えないが、アメリカの学校は能力主義だ。娘のクラスメートには、すでに高校の数学を学んでいる子が何人もいる。数学の時間になると、高校に出向いていく「飛び級」とは違うが、彼らは中学生でありながら数学では高校生扱いだ。

そうかと思うと、「銅ナノ細線の合成」なるレポートを科学コンテストに応募し、入賞した同級生もいたりする。銅ナノ・・・って何なの? 冗談はともかく、教えてもらうことばかり待っていてはいけないようである。アメリカの教育は、やる気のある子(やる気のある家庭の子、と言うべきか)はどんどん伸ばす主義と見た。ぼうっとしていられない。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、 Boiled Eggs Online にオレゴンでの生活をつづっている。
本記事は『ENGLISH JOURNAL』2017年11月号に掲載された記事を再編集したものです。

【トーキングマラソン】話したいなら、話すトレーニング。

語学一筋55年 アルクのキクタン英会話をベースに開発

  • スマホ相手に恥ずかしさゼロの英会話
  • 制限時間は6秒!瞬間発話力が鍛えられる!
  • 英会話教室の【20倍】の発話量で学べる!

SERIES連載

2024 11
NEW BOOK
おすすめ新刊
名作に学ぶ人生を切り拓く教訓50
詳しく見る