決め付けないで【オレゴン12カ月】

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

少し前のことである。

ちょっとグルメなスーパーで、夕方、買い物をした。レジの列に並ぶと、私の前にはインド系あるいはパキスタン系と思われる30代後半ぐらいの男性が立っていた。

そのレジを取り仕切っていたのは若い白人の男性。腕に入れ墨など入れて、いかにも最近の若い人という感じである。店員だからそうしなければいけないと思っているのか、それとも根が陽気なのか、お客に明るく声を掛けては雑談をしている。

さて、私の前のインド系男性の番になった。彼はカゴから大きな肉のパックとリンゴを3つ4つ出して、レジの前に置いた。肉はチキンのようだが、あんなに大きなパックで売られているのは見たことがない。おそらくローストチキン用に丸ごと一羽で売っているのを、肉売り場でさばいてもらったのであろう。

陽気なレジ係は、その大きなチキンのパックを手に取りバーコードをピッとやりながら、お客であるインド系の彼に、

「今夜はカレー?」

と、やはり明るく声を掛けた。

私は息を飲んだ。少し 先に 立っているインド系の彼も、顔を少しゆがめたまま固まっていた。彼と私の周りの時間が、一瞬、止まったかのようであった。

ややあって、彼は、

「ええ、まあ」

と苦笑気味に答えた。

レジ係は相変わらず陽気に、

「いいねえー」

などと言っている。彼と私が固まっていたことなど、まるで気が付かなかったようだ。

インド系の彼は、苦笑いのままお金を払って店を出た。私の番になって、陽気なレジ係に「今日は何か面白いことあった?」と聞かれたとき、「アンタのさっきの質問が今日いちばん面白かった」と言いたかったが、やめておいた。

アメリカでは、人種や民族というのは細心の注意を払わねばならぬトピックである。人種差別は論外だが、人種や民族に基づくステレオタイピングというか決め付けもご法度だ。

大量の鶏肉を買っているインド人(とおぼしき人)を見て、「カレーを作るんだな」と思うのは自然なことではある。が、それを本人に直接言うのは今のアメリカでは好ましくない。もちろん、レジ係は会話の きっかけ が欲しかっただけで、悪気はまったくなかったのに違いない。でも、悪気がなければ何を言ってもいいというわけではないのである。インド系の人が、あちこちで買い物のたびに「カレー作るの?」と聞かれたら、うんざりするであろう。「インド人だからってカレーだと決め付けるな!」と言いたくなるだろう。今のアメリカでは、そのような人種・民族による決め付けはしないのがよろしい、ということになっている。陽気な店員の「今夜はカレー?」というのを聞いて私が固まったのは、「今どきのアメリカでこんなこと言っちゃう能天気な人がいるんだ!」という驚きゆえであった。

イラスト:尾崎仁美

人種・民族による決め付けは、食べ物だけに限らない。アジア系アメリカ人は、どこから来たのかとしつこく聞かれることが多いそうである。「マサチューセッツ出身」などと答えても、「それで、元々はどこから来たの?」と聞かれるという。相手は、「日本」とか「韓国」というような答えを期待しているのだ。また、「英語が上手だね」ともよく言われるらしい。「アメリカ生まれのアメリカ育ち、正真正銘のアメリカ人なんだけど!」と言いたくなる、という話を聞いたことがある。

アメリカ人ではない私は、英語上手だねと言われると素直にうれしいけれど、でも、「日本人なら、○○さん知ってる?」などと聞かれると少し面食らう。この地域の日本人同士はみんな知り合いだとでも思っているのだろうか。それどころか、日本人同士だからという理由だけで引き合わせようとしてくれる人もいて、戸惑ったことが何度かある。

また、混んだレストランでウエーティングリストに自分の名前を書いてテーブルが空くのを待っていたときに、「人種で決め付けるつもりはないけど・・・ヨーコはあなたですよね?」と店の人に聞かれたことがあった。見れば周りは白人ばかりである。明らかに私だとわかっているのに素知らぬ顔をして「ヨーコはいますか? テーブルが空きました」とすべての人に声を掛けるのがためらわれたのであろう。その一方では、私だけに向かって「ヨーコ、テーブルが空いたよ」と声を掛けては決め付けてしまうことになるから、店の人もどうすべきか迷ったのに違いない。

あまり細かいことにはこだわらずに、決め付けてもらっても構わないし、スシのこととか聞いてもいいよ、と私は思ったりするが、まあ行く先々で「スシ、スシ」と言われたら、嫌気が差すの かもしれない 。スシやカレーぐらいなら笑える範囲だが、人種の問題はそれにとどまらないから、細心の注意が必要なのである。

映画『ティファニーで朝食を』に、出っ歯でメガネの日本人キャラクターが出てきたのは、50年ほど前のことだ。今見てみると、恐ろしいほどの浅薄なステレオタイピングに固まるどころか、笑いさえ込み上げてくるのであった。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、 Boiled Eggs Online にオレゴンでの生活をつづっている。
本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年1月号に掲載された記事を再編集したものです。

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