検閲を乗り越えたトルコのウィキペディアンたち【ウィキペディアの歩き方】

連載「ウィキペディアの歩き方」。トルコのウィキペディアンたちは、ウィキペディアへのアクセス遮断を乗り越え、活動を再開しました。今回の記事では、表現の自由と知識の共有を守るための彼らの努力と、アクセス回復後に展開されたプロジェクトや国際交流の様子を紹介します。

トルコのウィキペディアン、検閲の壁を越えて

2017年から2020年にかけて、トルコではウィキペディアへのアクセスが遮断されていました。「トルコ当局に対する組織的中傷が行われている」という理由の下、通信監督当局が禁止していたのです。しかし、 2020年にアクセスが回復すると、トルコのウィキペディアンたちはさまざまな活動を展開するようになりました。

今回の連載では、アクセス遮断の経緯を簡単にまとめたのち、それを乗り越えたトルコのウィキペディアンの現在を紹介します。

2023年1月にウィキペディア22周年を祝ったトルコのウィキペディアンたちİsnaaa, CC BY-SA 4.0)

実はアクセスが遮断される2017年以前にも、トルコのウィキペディアンは盛んに活動しており、オンラインの編集キャンペーンを実施したり、対面での編集イベントを行なったりしていました。また、2016年には有志が「トルコ利用者グループ」を結成し、イスタンブールのペラ博物館でイベントを開催したり、サカリヤ大学やウルダグ大学でレクチャーを実施したりするなど、積極的なアウトリーチ活動 を展開しています。なお、これらの活動は利用者グループのレポートにまとめられ、世界中のウィキペディアンに向けて発信されました。

2016年にウルダグ大学で行われたレクチャーの様子Basak, CC BY-SA 4.0)

ウィキペディアへのアクセスを遮断した理由は?

冒頭で述べたとおり、トルコは2017年4月29日にウィキペディアへのアクセスを遮断しました。その理由は「『トルコはシリアの過激派を支援しているテロ支援国家だ』『トルコはISIL(イラク・レバントのイスラム国)と石油取引を行っている』という内容の記述がウィキペディアから削除されなかったから」とされています。

この決定は世界的な注目を集めました。BBCロイターガーディアンが報じたほか、ウィキペディアの創始者であるジミー・ウェールズも「情報へのアクセスは基本的人権です。トルコの皆さん、私は常に皆さんの味方です。そしてこの権利のために戦います」というコメントを発表しました。

また、ウィキペディアを運営するウィキメディア財団のCEO(当時)キャサリン・マーも、アクセス遮断の翌日に声明を発表し「知識は基本的人権であるとわれわれは信じています。トルコ政府にブロック解除を要求します」と述べました。ウィキメディア財団はその後“We miss Turkey”というキャンペーンを主導し、これを受けてボランティアのウィキペディアンたちがSNS等でブロック解除を求めました。

なお、ボランティアたちは各種報道を出典として“Block of Wikipedia in Turkey”というウィキペディア記事の立項も行っています。立項された日は、アクセスが遮断された2017年4月29日当日。同年6月12日には、日本語版ウィキペディアでも「2017年トルコのウィキペディア閲覧制限」というタイトルで翻訳立項されました。

トルコにおけるウィキペディアのアクセス回復を求めるキャンペーン“We miss Turkey”のポスター(Sibel Akgün, CC0)

それでは、アクセス遮断期間中、トルコのウィキペディアンたちはどのように過ごしていたのでしょうか。

先述の利用者グループのレポートを参照すると、実は細々と活動を続けていたことがわかります。例えばアクセスが遮断された2017年は、11月にウルダグ大学でレクチャーを実施しているほか、ポーランドのワルシャワで開催されたウィキペディアの国際会議に、トルコのウィキペディアンが参加しています。また、2018年2019年のレポートでも、同様の活動が紹介されています。勇気ある行動には感動させられますね。なお、とあるトルコのウィキペディアンに「アクセス遮断中はどのようにウィキペディアを編集していたの?」と尋ねたところ、「VPN を使っていた」とのことでした。

アクセス遮断期間中であった2019年に、ガラタサライ大学で行われたウィキペディアレクチャーの様子Basak, CC BY-SA 4.0)

アクセス回復から多彩な活動へ

2019年、トルコの憲法裁判所が「ウィキペディアのアクセス遮断は、表現の自由を保障するトルコ憲法第26条に照らし違憲」という判決を下し、2020年1月15日にアクセスが回復しました。

これを受けて、トルコのウィキペディアンたちは活動を再開します。今まで実施していた大学でのレクチャーの他にも、女性芸術家記事の拡充を目指した編集イベント「アート&フェミニズム」を開催したり、ウィキペディアン同士でオフ会をしたりするなど、多様な活動を展開しました。

女性芸術家記事の拡充を目指した2020年3月の編集イベント「アート&フェミニズム」。2020年に開催できた最後の対面イベントとなった(Sakhalinio, CC BY-SA 4.0)

残念ながら、2020年前半から猛威を振るい始めた新型コロナウイルスの影響で対面イベントはしばらく開催できなくなってしまいますが、オンラインでの活動は継続して行われます。例えば2020年には、国際ジャズ・デーを記念した編集イベントや、画像プロジェクトであるウィキメディア・コモンズに、トルコの風景をアップロードするコンテスト“Wiki Loves Earth 2020 in Turkey”を開催しました。同年の利用者グループレポートは「パンデミックも、その他の災害も、われわれがこれまで以上にイベントやトレーニングを開催したり、協力関係を築いたりすることを止められなかった」と高らかに宣言しています。

オンラインワークショップの様子Basak, CC0)

対面でのイベントが開催できるようになってからは、従来実施していた大学等でのレクチャーの他にも、学会に参加したり、博物館等との交渉を進めたりしました。また、スポーツクラブと協力し、ウィキメディア・コモンズに選手の写真をアップロードしてもらうなど、ユニークな活動も展開。さらには、チュルク諸語のユーザーによる国際会議を2022年にイスタンブールで開催したり、2023年8月にシンガポールで開催された国際会議ウィキマニアに参加したりするなど、グローバルな活動も積極的に行っています。

2023年にシンガポールで開催されたウィキマニアで交流するトルコとアゼルバイジャンのウィキペディアンたちAdem, CC BY-SA 4.0)

学生ウィキペディアン団体の興隆

昨今のトルコにおけるウィキペディア活動の中でも特に注目すべきは、大学生たちが組織するウィキペディアクラブでしょう。2024年2月時点で、ユスキュダル大学、イスタンブール・ビルギ大学、中東工科大学北キプロスキャンパス、メディポル大学にそれぞれウィキペディアクラブが設立されており、大学でのレクチャーや編集イベントなど、様々な活動を展開しています。

また、これらのクラブは国際交流も精力的に行っています。2023年にイスタンブールで開催された「チュルク語派ウィキメディア・カンファレンス2023」では、各国から集ったウィキペディアンたちに向けて、それぞれのクラブが活動紹介を行いました。また、同年プラハで開催された「中央・東ヨーロッパ若手ウィキメディアン会議2023」には、イスタンブール・ビルギ大学ウィキペディアクラブのメンバーであるジャナ (Caner) さんが参加し、同世代のユーザーたちにクラブ活動の楽しさを伝えました。

中央・東ヨーロッパ若手ウィキメディアン会議2023の様子Jan Beránek, CC BY-SA 4.0)

日本とトルコの文化交流

また、トルコのウィキペディアンたちは、イスタンブール・ビルギ大学ウィキペディアクラブを中心として日本との交流も盛んに行なっています。同クラブは2023年に日本トルコ友好プロジェクトを立ち上げたのち、日本の早稲田Wikipedianサークル姉妹協定を結び、日本をテーマとした編集イベントを大学で開催しました。また、2024年2月はオンラインにて、日本とトルコのウィキペディアンを対象とした編集キャンペーンを実施しています。ちなみに、私もこのイベントに参加し「ナジフェ・ギュラン」というトルコの作曲家のウィキペディア記事を立項しました。

ウィキペディアをきっかけとして、このような国際交流が生まれているのはうれしいですね。今後の継続・発展を願うばかりです。

イスタンブール・ビルギ大学で開催された、日本をテーマとしたウィキペディア編集イベントの様子Kurmanbek, CC BY-SA 4.0)

まとめ

今回の連載では、トルコがウィキペディアのアクセスを遮断した経緯と、その後のウィキペディアンたちの精力的な活動についてご紹介しました。次回は、ウクライナのウィキペディアンたちの活動と苦難についてご紹介します。

Eugene Ormandy(ユージン・オーマンディ)
Eugene Ormandy(ユージン・オーマンディ)

稲門ウィキペディアン会メンバー。大宅壮一文庫、三康図書館、東京国立博物館、東京外国語大学でウィキペディアイベントを開催するほか、マレーシア、トルコとの国際プロジェクトも実施している。2023年にウィキメディアン・オブ・ザ・イヤー2023新人賞を受賞。

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