ここ数年、日本で人気のあるアフタヌーンティーを楽しむ活動、「ヌン活」。最終回は、ホテルで開かれるアフタヌーンティーでのティーマナーについて、アフタヌーンティー研究家の藤枝理子さんに詳しくお話しいただきます。
何よりも大事なマナー
Manners maketh man. (礼節が人をつくる)
イギリスの名門オックスフォード大学ニューカレッジや最古のパブリック・スクール、ウィンチェスター・カレッジを創設したWilliam of Wykeham(ウィカムのウィリアム)のモットーです。
マナーを重んじるイギリスでは、どんなに深く学問を追求したとしても、人として礼節が身に付いていなければ、社会に出てから評価を得ることはできないとされ、教養の1つとしてマナーを習得します。例えば、伝統あるエリート養成校パブリック・スクール、オックスフォード大学やケンブリッジ大学でも、国際的なマナーを身に付けることは一般教養として位置付けられています。
日本でも伝統文化である茶道の知識を身に付けることは、ビジネスエリートにとって必須教養であり、昔から出世の武器ともされてきました。そんな茶道を授業に取り入れる学校がありますが、普段の生活の中で気軽に実践できるか・・・というと難しい部分があるのも事実。一方、イギリスではティーマナーを知識として学ぶだけではなく、実際の学校生活の中にお茶の時間があり、社交として礼法や秩序を身に付けていくので、より身近で実践的なスタイルなのです。
日本人の礼儀正しさは世界から評価されるものですが、西洋との文化や習慣の違いから思わぬシーンでギャップが生じることがあります。日本では常識と思っていることが、グローバルスタンダードからは外れていることがあるのです。
例えば、ladies first(レディースファースト)。エスコート、席に着く順番や食べ始める時など、女性を優先するのが欧米の基本マナーです。ですが、日本では男性が優先されるシーンが多く見受けられす。これは、「男性を立て、女性は3歩下がってついていく」という昔から日本にある習慣や作法が影響しています。これらには、「日本の武士道」と「西洋の騎士道」という思想の違いが見え隠れしています。マナーの違いを知っておかないと気付かぬうちに損をして、チャンスを逃してしまうということがあるかもしれません。
新型コロナウイルス感染症による世界的なパンデミックの影響は、ビジネスシーンにも大きな変化をもたらし、日本の飲みニケーションをはじめとする接待文化も夜型から昼型への移行が進んでいます。アメリカではパワーブレックファーストやビジネスランチというのがありますが、イギリスではティータイムやアフタヌーンティーへのお誘いがあります。アルコールなしで顔を突き合わせて話をすることができることから、立食のティーパーティーや着席の落ち着いたお茶会などのスタイルが用いられ、新商品の発表会、展示会、異業種交流やヘッドハンティングまで、さまざまな交流の場になっているのです。
また、ビジネスだけではなくプライベートなお付き合いも「お茶にいらっしゃいませんか?」とティータイムへのお誘いから始まることが多いのもイギリス流。招く側も招かれる側も、食事の場と比べるとハードルが下がる気軽なおもてなしというわけです。
英国式アフタヌーンティーのマナー
ここからは、知っておくと仕事にも人生にも役立つ、ティータイムのマナーについてご紹介します。
アフタヌーンティーといっても、邸宅に招かれる場合とホテルに招かれる場合ではマナーに違いがありますが、ここではホテルでのアフタヌーンティーを想定してお話しします。
ホテルに足を踏み入れた瞬間からアフタヌーンティーは始まっています。まず、忘れてはいけないのがladies first。ホテルやレストランの入り口、エレベーター、テーブルへエスコートするシーンにおいて、日本では武士道精神から、男性や上司を優先とする文化が少なからずありますが、欧米では女性を優先させることがマナー。プロトコール・マナー(国際儀礼)においても弱者優先の騎士道精神が基本とされています。ただし、近年は行き過ぎたレディースファーストは敬遠される風潮になりつつあります。TPOに合わせ対応ができれば、スマートに映ります。
席に着いたら、ティーフーズメニューを確認します。紅茶のセレクトはワイン選びと非常によく似ています。メニューを見ながらペアリングを考えて、ティーセレクションから紅茶を選びオーダーします。
アフタヌーンティースタンドが運ばれたら、即座に食べ始めるのではなく、声掛けがない限りは全員分がそろうまで待ちます。スタートのタイミングは、日本では「いただきます」と言う習慣がありますが、イギリスでは特に決まったフレーズはありません。アフタヌーンティーの場合は、主催者が紅茶に口を付けた瞬間が合図になります。日本に根強くある女性のお酌文化もタブーです。隣の人のティーカップが空になったからといって、紅茶を注ぐ必要はありません。
アフタヌーンティーのthree-tier stand(3段スタンド)には、食べる順番があります。基本はsavoury※1(セイボリー:サンドイッチなどの塩味のティーフーズ)、scone(スコーン)、pastry(ペイストリー:生菓子や焼き菓子など甘味のティーフーズ)と下から順にいただきます。ただ、日本の場合は見栄えが優先され、この順番通りに並んでないパターンがあります。「3段スタンドは下から順番に食べるのがマナー」とありますが、単純に位置で覚えるのではなく、サンドイッチなどの塩味のsavouryからスタートし、scone、甘味のペイストリーへと食べ進めるという原則をインプットしてください。
※1 savourは、イギリス式つづり。アメリカ式ではsavory。
ティーフーズは、スタンドからダイレクトに口に運ぶのはタブーです。必ず、自分のプレートに取り分けてからいただきます。このとき、気を利かせて隣の分まで盛りつけたり、取り分け役をしたりするのは控えましょう。西洋においては、ゲストの数とバランスを見ながら、自分が食べたい分を取り分けるというスタイルなのです。
サンドイッチなどのフィンガーフードをつまむ場合は、左手を使います。ティーカップを持つ右手でサンドイッチやお菓子を食べると、手に残った油脂などでハンドル(ティーカップの取っ手)を汚してしまい、手も滑りやすくなります。そのため、飲み物を飲む手は右、食べ物を食べる手は左、と使い分けるのです。グラススイーツなどカトラリーが添えてある場合は、左右どちらでも構いません。
食事のマナーは、手は軽く握ってテーブルの上に手首を当てるように置きます。これは騎士道精神の証しで、両手を相手に見せることで、「武器を隠し持っていない=敵意がありませんよ」という意思表示になります。全てを食べ終えたら、ナプキンは軽く畳んでテーブルに置き、席を立ちます。
もちろん、正式なマナーを知らなくても、気軽に「ヌン活」を楽しむことはできます。ただ、基本的な作法を知ることで、自分の振る舞いに自信が持てるようになり、余裕が生まれ、それは信頼へとつながります。イギリスのアフタヌーンティーは、「礼に始まり、礼に終わる」という日本の茶道への憧れから始まったという説があります。礼とマナーに共通するのは、hospitality(ホスピタリティー)。つまり「思いやりの心」です。
同じ時間と空間を共有する周りの人へ配慮を忘れず、心地よく過ごしましょうという気持ちを持つことで、ティータイムはより豊かな彩りが添えられていきます。
暮らしの中の細部に興味を持ち、幅広い教養を身に付けることで日常が変わります。日常が変われば習慣が変わり、やがて新しい景色が目に入るようになり、人生も変わってゆくものです。
Peace and happiness with a cup of tea!
ぜひこれからも、一杯の紅茶から広がる潤いのある暮らしを実践してみてください。
連載「英国式アフタヌーンティーの世界」記事一覧
藤枝理子さんの本
新刊『マンガで早わかり!アフタヌーンティー 正式なマナーとちょっぴりエレガンスが身につく』が3月27日(月)に発売。アフタヌーンティーのマナーをコミカライズした「初のヌン活バイブル書」。楽しみながらマナーを学ぶことができる一冊です。今春、刊行記念レッスンも開催予定。詳しくは、インスタグラム:rico_fujiedaをご覧ください。