「美術が好き!」「英語が好き!」という方にとって、展覧会関連の翻訳などを手掛けるアート翻訳者はとても魅力的な仕事の一つではないでしょうか。連載「『アート翻訳者』になる!」(全6回)では、アート翻訳をはじめさまざまな専門翻訳を行うトライベクトル株式会社のご担当者に、アート翻訳者になるための方法、アート翻訳の重要性や現状、将来などを教えていただきます。第2回は、アート翻訳者になる方法を解説します。
アート翻訳者へのキャリアパスは?
皆さん、こんにちは。第1回では、アート翻訳者がどのような翻訳案件をカバーしているのか、具体的にはどんな案件があるのか、アート翻訳に対する需要はどうなのか、といった点をお話ししました。
連載第2回目となる 今回のテーマは、「アート翻訳者になるには?」です 。これは、読者の皆さんがいちばん関心をお持ちの点かと思います。
現在アート翻訳に携わっている翻訳者の経歴を見ると、大学時代は美術史や音楽史を専攻していたり、英文や仏文を専攻していたり、文系の学部の出身者の多いことは確かです。
しかしながら、「〇〇大学の▽▽学部を出れば、アート翻訳者になれる」という世界ではありません。どこかの大学で「アート翻訳者」という免状を出しているわけでもありませんし、仮に出していたとしても、直ちに優れた翻訳者であることの証明にはならないでしょう。肩書よりも実力がはるかにものをいう、厳しい実力社会です。
反対に言えば、 実力さえあれば、美術系の大学など出ていなくてもアート翻訳者になることは可能 です。大学では英語を専攻しながら、長くビジネスの現場で働き、その後翻訳業に転じて研鑽(けんさん)を積み、アート翻訳者になったという方も少なくありません。
まずは翻訳会社のトライアルから
どこの翻訳会社でも翻訳者を募集していますが、たいていは「トライアル」に応募し、審査を受けて合格したら、その翻訳会社の登録翻訳者となり、少しずつ案件を任されるようになり、実力に応じて翻訳量を増やしていく――という流れになります。
もちろん、優秀な翻訳者には継続して案件が入ります。
トライベクトル株式会社では、常時アート部門の翻訳者を募集しています。トライアルでは アート分野の知識、原文の文意読解力、英語の文法力や表現力を厳正に審査 しています。
過去に何度か実施した大規模なトライアルは、残念ながらあまり結果が振るわず、30~40人以上の募集に対し、合格者が1名出るか出ないかでした。一方、随時受け付けているトライアルのほうは、50%以上で合格が出ています。
このことからも、トライアルはかなりの「狭き門」であることがおわかりいただけると思います。
トライアルに合格する人はどこが違う?
トライアルで不合格になってしまう原因には、なんといっても 「基本的な英語力および英語の表現力不足」 があります。
例えば、不必要に文章が複雑/句読点の使い方が乱暴/its やtheirといった所有格を誤用している/(仮に構文として成立しているように見えても)文章が不自然/定冠詞の用法が稚拙/語彙の知識不足および無理な運用―といった難点が多く見られます。
また、アート分野の素養や原文の読解力が十分でも、英語表現力だけが劣る場合もあります。一見立派な訳文に見えても、不安や不審を抱かせる訳例が混じっているケースや、原文と詳細に照合をしないと文意がわからないケースもあります。
特定の単語の用法にミスがある、極端に口語的すぎる、無難ではあるが格調の高さが不足している、関係代名詞や関係副詞に厳密さが足りない――なども比較的頻繁に指摘される要素です。
逆に、優秀な翻訳者というのは、「アート分野の知識だけが並外れていて、英語力だけが不足している」ということはなく、たいていは、アート分野の知識も原文の読解力も、英語の表現力もお持ちのことが多いです。
まず強化すべきスキル2つ
これからアート翻訳者を目指す皆さんには、まず 「基礎的な英語力」および「英語の表現力」の強化 に努めていただきたいと思います。
意外に思われるかもしれませんが、この英語の表現力に決定的な違いをもたらすのは、 文法の知識 です。これは、何も文法学者になれということではありません。
・英単語それぞれの用法に精通している
・自然な構文で文章を作ることができる
・適切な語句を選択できる
といった力が必要になります。
実は、これは アート翻訳者に限らず、すべての翻訳者に必要な基礎力 といえます。こうした力を身に付けるには、文法の勉強をすることも大切ですが、多くの優れた英文に触れることがとても重要です。
手っ取り早く翻訳者になるノウハウを追求する前に、 優れた英文に触れる機会を意識してつくってください 。現代ネット社会ではどうしても「断片的な情報を必要なときだけ読む」という姿勢になりがちですが、優れた文学作品等を繰り返し読むなどして継続的に優れた英文に触れていると、総じて翻訳によい影響をもたらします。
英語力について述べましたが、一方で、 日本語の読解力の向上も大切 です。
アート翻訳では、アーティストの書いた極めて感性豊かな文章や、美術史の解説、技法や素材に関する記述など、比較的難しい日本語の文章を取り扱うことになります。
難しい日本語を難しいまま解釈していては駄目で、頭の中で平易なイメージに置き換えていくことが必要になります。そうして初めて自然で適切な英語に変換、表出することができるからです。
そのため、 普段から日本語文を論理的に解釈する習慣を身に付けておくことが必要 です。新聞等の美術評にはよく目を通すようにしましょう。
アート知識の習得には図録を活用しよう
アート好きな皆さんであれば、美術の知識についてはすでに自信がおありのことでしょう。これからも貪欲にその知識を増やしてください。
できるだけ展覧会場にも足を運び、作品を直に味わう習慣を絶やさないようにしましょう。 そうして養った感性は、翻訳を支える力になります。
できれば、例えば「日本の焼き物」、「17世紀日本美術」、「近代日本画」、「中国の李朝の磁器」など、 自分の得意な分野も確立しておくと強みになります 。その上で、ほかの時代やジャンルに関心を広げていくのです。
こうした勉強におすすめなのが、国公立の美術館や博物館で開催される展覧会の図録(公式カタログ)です 。
総合的な「アート翻訳力」を養う格好の勉強法としては、①まず、その展覧会を丁寧に鑑賞します。②次に、その図録の作品名、作品解説、各国大使挨拶、学芸員や研究者の論文などを(もちろん日英両語で)読み込んでいきます。
国際的な展覧会では、著名なキュレーターが論文やメッセージを寄稿しています。それらは非常によく準備されています。図録は展覧会の顔であり、歴史的記録ともなるため、 資料の質が格段によい のです。
あれだけの量と質の情報を数千円ほどで入手できるのですから、これを活用しない手はありません。豊富な実例や画像が駆使され、 文章と画像の両方から学ぶことができます 。
さらに、 各国の美術館や研究機関によって異なる英文表記スタイルにも直に触れることができます 。最新の図録から、最新のアートシーンが体験できるのです。
「どうせ読み切れないから」といって、展覧会に行っても図録を買わない方もおられますが、たとえ全ページを読まなくても、あとあと資料として役立つことがありますので、印象に残った展覧会については図録を買っておくことをおすすめします。
次回は、アート翻訳の現場についてお話ししたいと思います。
第3回記事はこちら!
トライベクトル株式会社* 2010年からミュージアム専門の翻訳サービスを開始。現在では上野を中心に全国のミュージアムの翻訳を請け負う。日本博物館協会/全国美術館会議 会員。
■提供中のサービス
・アート専門 翻訳サービス
・アート翻訳者 養成講座
・ミュージアム専門 インバウンドサービス
・ミュージアム専門 インバウンドセミナー
・Web: https://art.trivector.co.jp/
・Instagram: https://www.instagram.com/trivector_art/
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