英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中いろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は「オランダのDunglish(ダングリッシュ)」。皆さんから 募集した「オランダの思い出」を、牧村さんがラジオ風に読み上げる音声付き です!
アメリカでオランダ出身女性の家にホームステイ
「じゃあ、お言葉に甘えてお聞きします。オランダ語でレズビアンはpotだって聞いたんですけど、本当ですか?」
クィーン・ウィリーはフォークを置いた。
「Bullshit.(ガセネタ)」
ウィリーはなんでも一言で済ます。
ウィリーはホストだ。「シャンパン頂きましたー!」のホストじゃなくて、ホストファミリーのホスト。でもなんだか、「第一線を退いて経営に携わる伝説のホスト」みたいな、ギラッとした風格があった。銀の短髪。鋭い目。苦悩の深さを物語るシワ。
ウィリーは女性だ。ウィリーという男性的な名を名乗る、長身で筋肉質のオランダ人女性。本名をウィルヘルミーナという。
40年前にオランダからアメリカへ移民してきて、夫と不動産投資で財を成した。夫とは離婚していないが不仲だそうで、今はアメリカ西海岸に自分用の家を持ち、英語を学ぶ外国人を泊めたり、在米オランダ人の親睦会を開いたりといった文化交流を道楽にしている。
そう、道楽。お金持ちの道楽。
知性と苦悩を感じさせる人はセクシー
ウィリーの家は美術品だらけ。フェルメールみたいな重厚な油絵が飾られ、化石や鉱石が学名ラベル付きでコレクションされ、詳しくないけど高いんだろうな~という感じの飾り皿がセンスよく壁に掛けられている。っていうか、飾り皿?飾り皿というアイテムそのものがもうすでにお金持ちの家にしかないやつじゃん。ザ・お金持ち?!
という感じの家に住むウィリーが、私のような旅行者の払う宿代を生活の足しにしているとはとても思えなかった。今夜だってウィリーは、私が帰ってきたら、一人、テーブルにろうそくを立てて、カリフォルニアワイン片手にローストビーフをスライスしていたのだ。
「Hey Willy, is it your birthday or what ?」
ろうそくとローストビーフ。お誕生日会でしか見たことがない。大興奮する私をよそに、ウィリーはクールに肩をすくめて、
「Normaal.」
と、Normal.をちょっと気だるげに伸ばし、ノォマァァル、と答えた。
正直、色香を感じてしまった。こういう、知性と苦悩を感じさせる人ってとってもセクシー。もちろん、不仲とはいえ夫がいる60代女性と・・・私の2倍生きているこの無口なウィリーと、本気で恋愛したいともできるとも思わない。
ただ、言葉少なに私をテーブルに着かせてくれたウィリーに、どうしてもときめきが止まらない。好き。そういう無口な優しさ。栄養バランスとかガン無視、大きなナイフで肉の塊をぶった切ってはフォークでぶっ刺して食らい、ワインで流し込む60代女性(男性名)。かっこいい。カリブ海かよ。最高。好き。助けて。
「ハンバーグ」に似ている英単語humbugの意味は?
ウィルヘルミーナ。かつてのオランダ女王と同じ名前。第2次世界大戦中、イギリスに亡命政府を打ち立て、ラジオ越しにオランダ国民へナチスに対する抵抗を呼び掛け続けた、スーパーハイパーかっこいい気骨あるオランダ女王と同じ名前。
ひそかに私は心の中で、クィーン・ウィリーと彼女を呼んだ。
私には、オランダの言葉がわからない。オランダが英語で「Oranda」とかじゃなくてthe Netherlandsだっていうことを思い出すのにもちょっと時間がかかったくらい、オランダのことはわからない。
けど、ウィリーからオランダの話を聞きたかった。40年前に後にした祖国オランダの話を聞いて、ウィリーのことをもっと知りたかった。そんなわけで、アムステルダム旅行のときに聞いた、「レズビアンはオランダ語の俗語でpot」という話を振ってみたのだった。で、振られたのだった。
「で、で、でも、少なくとも、potがオランダ語でも英語でもpotだ、っていうのは合っていますか?」
「 Right .」
ウィリーはうなずく。ひと言で。うれしくなって、私はしゃべる。
「よかった~。私の聞いた話だと、中世、オランダの女たちは寒いところでお洗濯とかエビの殻むきとかの水仕事をしないといけなくて、寒くて、寒くて、みんな身を寄せ合って震えていたって。で、寒いから、お湯を入れたpotの上にまたがって、それをスカートで覆って体を温めていたんだって聞きました。そうやって、寒くて、つらい仕事を女同士で支え合っているうちに、愛が芽生えることがあったらしくて。だから、『女の体が熱くなる』っていうのと掛けて、レズビアンをpotって呼ぶんだって聞いたんです。アムステルダムの人から」
しゃべりながら、なんか自分で自分が嫌になった。沈黙が怖い。もっとしゃべってしまう。
「pot、すごく面白いなって。日本語にもpotみたいな、『オナベ』っていう言い方があるんですよー、まあ意味はちょっと違うけど似ています。英語でもオランダ語でもpotはpotだし、日本語のオナベにも通じるんだとしたら、すごく面白いなって思って、それで話したんですけど・・・」
「Humbug.」
「?」
ウィリーさん、ハンバーグって言った?
「ハンバーグも食べたいんですか?まだローストビーフありますけど・・・」
「 No . I said “humbug,” H-U-M-B-U-G. It means “hoax, lie, fake .” 」
ウィリーさんは言った。「 ハンバーグじゃなくてhumbug。でたらめ、うそ、フェイクって意味だ 」と。ひと言じゃなく、2単語以上使ってそう言った。話がかみ合わなかった。
私は謝り、食事が終わり、せめて皿を洗おうとし、ウィリーさんに止められた。食器洗浄機のウィーンウィーンって音だけが響いていた。
移民が母語に抱く気持ちを想像する
部屋に戻る。反省する。人との会話に失敗したとき、私は一人で反省をする。
部屋を見回す。私の泊まるゲストルームには、分厚いゲストブックがあった。開いてみる。中は、今までこの部屋に宿泊した、世界中の旅客からのメッセージでいっぱい。
THANK YOU WILLY
WONDERFUL STAY
全ページ、英語だった。
ベッドに伏せて、顔をうずめる。
想像しよう。もし自分が、出身国から40年前に移民し、英語でしか Thank you .を言われない毎日を送っていたら、どうだろうか?子ども時代に話していた、お国の言葉が懐かしい。と、思うのではないだろうか?それでウィリーは、オランダ語を話したくて、在米オランダ人親睦会を主催しているんじゃないだろうか?
クィーン・ウィリーにオランダ語で Thank you .を伝えたい。そう思った。
「 Thank you オランダ語」と検索した。 「Dank u」・・・英語そっくり だった。
ダンキュ、ダンキュ、ダンキュ。
YouTubeでオランダ語レッスン動画を探して、こっそり発音練習する。もうすぐ私は日本に帰る。片仮名で「サンキュ!」と言ったりもする島に。
DANK U WILLY
ゲストブックに大きく書いた。それから閉じて、目も閉じる。
オランダ語の 影響 を受けた英語の発音では、“th”の音が“d”に変化する ことがよくあるらしい。私の話す日本語っぽい英語で“th”が“s”になることを思うと、親近感が湧いた。
サンキュ。
ダンキュ。
“w”の音も、オランダ語では“v”みたいに発音される らしい。だから「サンキュー、ウィリー」は、「ダンキュ、ヴィリー」になるってことだ。
サンキュー、ウィリー。
ダンキュ、ヴィリー。
大学時代の、日本の離島出身の友達のことを思い出す。無口な子だと思っていたけど、実は、「島言葉を東京で出したらばかにされると思い込んで話せなかった」のだそうだ。ウィリーがひと言しか話さないのにも、もしかして、そういう理由があるのではないだろうか?
最後の日。鍵を返して、日本へ帰る日。
ウィリーとお別れの日。私の中で、“the”と“s”と“d”がぐるぐる回る。“w”と“v”が手をつなぐ。オランダ語発音をまねてからかっているのだと思われたくない。でも、でも、ウィリーに・・・いや、ヴィリーに、ちゃんと届く言葉でお礼を言いたい。だから。
「ダンキュ、ヴィリー」
片仮名でそう言った。ヴィリーの目が一瞬、丸くなった。私の口から出たそれは、オランダ語と英語が混じり合い、日本語の片仮名になって出たものだった。
「Dank u.」
そう答えてくれたように聞こえた。けど、どうだろう。答え合わせはできないまま、ヴィリーと私はお別れをした。
ヴィリーのゲストブックには私の書いた「DANK U」が、そして私のノートには、ヴィリーが書いてくれた、オランダの生まれ故郷の村名が残されている。
今回のEnglishes:オランダのDunglish
オランダ語と英語には似た単語も多い。本文でウィリーの言う 「Normaal.」はオランダ語、aを1つ減らすとNormal.となって英語 。 humbugに至っては、英語でもオランダ語でも同じつづり、ほぼ同じ音、同じ意味 である。
ただし 、音の似た単語でも意味が違うことがある。例えば、 slimは英語で「やせている」だが、オランダ語では「賢い」(英語ならsmart) だ。このような 似て非なる言葉を、false friends(空似言葉、直訳は「偽の友人」) と呼ぶ。
オランダではかつて、外国船を迎える港湾労働者がオランダ語と英語の混ざった言語を話していた。その時代の蒸気船が石炭で動いていたことから、こうした 混合言語はStonecoal English(石炭英語) と呼ばれる。 DutchとEnglishを合わせて、Dunglish(ダングリッシュ) ということもある。
▼ Dutchにまつわる英語表現 についてはこちら↓
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文・写真(トップ・プロフィール写真以外):牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』( 星海社新書 、 小学館より増補版 、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を 拠点 とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter: @makimuuuuuu (まきむぅ)
編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
※写真はアムステルダムで撮影されたものです。本記事では、個人の特定を避けるために地名や人名の一部を変えています。
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