日英翻訳者でライター、また英語学習の執筆を手掛け、企業の英語プレゼン講師なども務める、遠田和子さん。遠田さんの電子書籍『 日英翻訳のプロが使う ラクラク!省エネ英単語 』(GOTCHA!新書)発売を記念して、遠田さんのインタビューを3回シリーズでお届けします。第2回は、大学卒業後フリーランス翻訳者になった経緯や、技術翻訳に加えて出版翻訳に携わるようになった きっかけ 、翻訳家になりたい人へのアドバイスなどを伺います。
※ インタビューVol. 1:青学の英米文学科に入学するも、学内の「夜学」に夢中で通っていた
入社した会社でいきなり日英翻訳
私が大学を出たころは、「大卒女子就職氷河期」でした。当時は短大生が就職に有利で、四大卒の女性は採用されづらい風潮。本当に大変でした。幸運にも、英語を使う仕事の募集があり、就職 先に 英語を使えるところを選びました。
あるメーカーに就職したのですが、当時、英語を仕事に生かしたいと思う女子大生の例に漏れず、私も輸出業務に憧れがありました。それが入社したら、「事務機サービス技術〇〇〇」というところに配属されて、「え、事務機?技術?」と、最初はすごくがっかりしました。
その部署は製品マニュアルを作っていて、私は日本語の技術情報を翻訳して海外に出す仕事を与えられました。就職したら、いきなり翻訳する仕事が始まったわけです。製品を市場に出した直後に起こる 不具合 の直し方などの情報が主でした。
その部署には、先見の明がある上司がいました。きちんとした英語に翻訳するためには、ネイティブスピーカーが必要だということで、カナダ人とアメリカ人のチェッカーを雇ったのです。私は、彼らに翻訳した英語を見てもらって、教えてもらって、仕事をしながら勉強をさせていただくという、本当にありがたい4年半を過ごしました。
海外に行けると夢が膨らんだものの・・・
とても良い会社でした。あるとき、海外派遣要員の選考試験が 実施 されることになり、海外に行けるかも!と思って、受けました。受験者の中に女性社員はほとんどいなかったのですが、数十人受かった中に私も入っていました。アムステルダムに行けるかなあ、ロサンゼルスもいいなあ、とか、夢想が膨らみました。
合格者には、研修を受けてから、一人ずつ常務面接がありました。入社したてで常務と会って話すなんて、大会社では通常あり得ないことでした。さらに期待を膨らませて面接に行ったんです。
そしたら、常務が開口一番、「あなた、女の人はね、海外にはやれませんよ」って言うわけ。えっ?じゃあなんで試験を受けさせてくれたの?って思いました。でも、常務相手では何も言えません。
常務は続けて、「いやー、まだ結婚してないでしょ?会社があなたを海外に送ったら、ご両親が何て言います?」って、そういう時代だったんです。決定的な一打が、「でも、一つ、海外に行ける方法がありますよ」。「え、何ですか?」と聞いたら、「うちの社員と結婚しなさいよ。優秀なのがいっぱいいるでしょ。そしたら、その人の海外赴任についていけばいいんですよ」。
それで、私は会社を辞める決心をしました。
「この会社にいても、いつまでも女の子扱いされるだろう。やっぱりガラスの天井(組織内で女性などマイノリティーの昇進を妨げる目に見えない障壁)みたいなものがある」と思ったのです。
包丁1本で生きていくと決意
それで、その会社は辞めて、翻訳会社に勤めました。でも、ものすごく後悔したんです。世間知らずだったから、大会社と小さな会社では待遇に天と地の差があると知らなくて。「えっ、世の中ってこうだったの。あんないい会社辞めちゃったんだ」って大ショックでした。結局、その翻訳会社は4カ月で辞めたんです。後悔 先に 立たずで、本当につらかったのを覚えています。
もう次はフリーランスになるしかないと思って、翻訳でフリーランスになりました。私は「包丁1本」で生きていくんだ、と思って。例えば、すし職人とか、何か技を持っていれば、海外でも活躍できますよね。だから私も、英語、または翻訳という包丁1本で、年齢も性別も関係ないフィールドで生きていこうと決心したんです。かっこよく言うと、ですけど(笑)。まあ、背に腹は代えられなかったんですけどね(笑)。
残る翻訳がしたいと本を英訳し出版社に売り込む
ずっと技術翻訳をやってきましたが、実務分野の翻訳って消費されて、後世に残らないのがほとんどです。反響もあまりないし、 そもそも 社外秘の書類が多いです。そういう翻訳ばかりしていたので、自分の枠を広げたいと思って、出版翻訳も手掛け始めました。
今日は、英訳した本を持ってきました。翻訳パートナーで親友でもある岩渕デボラさんと一緒に英訳しています。
斉藤洋さんが書いた『 ルドルフとイッパイアッテナ 』は、児童書です。小学生のときに読みましたっていう方が結構いらっしゃいます。この英訳版“ Rudolf and Ippai Attena ”は、リーディング教材としても使える本です。
“ Pilgrimages in the Secular Age-From El Camino to Anime ”は一番最近出した本です。Japan Libraryという、「日本の魅力発信に資する書籍の翻訳出版事業」のものです。原作は中央公論新書の『 聖地巡礼 世界遺産からアニメの舞台まで 』で、著者は岡本亮輔さん。Japan Libraryは、日本で出版されているノンフィクションの書籍を英訳して、日本文化を海外に紹介する内閣府の国際広報事業です。
人生で初めて翻訳出版できたのは、“ Love from the Depths ─ The Story of Tomihiro Hoshino ”という本で、原作は星野富弘さんの自伝『 愛、深き淵より 』です。星野さんは、体育教師だったときに跳び箱の事故で首から下が不自由になり、口に筆をくわえて絵を描いています。詩人でもあります。訳したのは本当に昔です。
なぜ訳そうと思ったのかというと、常々、日本を海外に紹介するような翻訳をやりたいね、とデボラさんと夢を語り合っていたからです。たまたま、群馬にお住まいの星野さんのことを彼女が知っていて、この本を訳そうよ、って決めました。著者のところに2人で押し掛けて、翻訳権を下さいとお願いしたら、いいですよって言ってくれて。星野さんは、すごくすてきな好青年でした。
翻訳してから、アメリカのいろいろな出版社に原稿を送り、何通も出版依頼の手紙を書いて出しましたが、全然駄目でした。翻訳原稿は10年くらい押し入れの中で眠っていました。
ところが、あるとき急に、ニューヨークで星野さんの絵画展を開催するから、それに合わせて自伝の英語版を出版したい、と日本の出版社が言ってきたんです。それで、翻訳した本が初めて出版されました。夢ってかなうんだと思いました。
学びがあるのが魅力だけど孤独
翻訳の楽しさは、仕事が学びになることです。
例えば、先ほどお話しした、『聖地巡礼』の英語版“Pilgrimages in the Secular Age-From El Camino to Anime” に関して 言うと、原作には『らき☆すた』というアニメの話なども出てきます。アニメが人気になり、舞台となった埼玉県の鷲宮(わしのみや)神社にファンが聖地巡礼に行くという話です。
私はそれまで『らき☆すた』を全然知らなかったので、いろいろ調査する必要がありました。『聖地巡礼』には、各地の神社やパワースポットの井戸まで登場し、いちいち調べないと訳せませんでした。
翻訳では、本当に調べ物が多いんです。内容に学ぶところがあって、なおかつ、自分の英語を磨いていくことができます。何の仕事でも同じかもしれませんが、仕事って学びですよね。そこが面白いです。
フリーランスで大切なのは、自己管理だと思います。オフィスに行くのではなく、家で仕事をするとなると、時間管理も必要ですし、健康管理もしなくてはいけません。
それから、ちょっと孤独でもありますね。気が付いたら、今日、まだ八百屋さんとしかしゃべっていないなあ、ということもありました。家で仕事をしていると、人と会わなくていいわけです。最近はメールで全部済んでしまうので、電話もしない。そうすると、誰かと話したいという欲求が生まれます。ただ最近はSNSで翻訳者がつながり、同業者間で情報交換も盛んになっています。
楽しむタイプと崖っぷちタイプは伸びる
翻訳を教えるようになったのは、何十年も英訳一筋でやってきて、あるとき、他の方にお伝えできるものが私の中にたまっているんじゃないかと感じたからです。それなら、教えることでお伝えできるのではないかと、翻訳学校で教え始めました。
翻訳家を目指す方に伝えたいのは、楽しむことです。面白いと思うこと。
学校の生徒さんで伸びる人は、「翻訳って楽しいですね」と言う方です。楽しいな、と思える人が、多くのことを学んでいきます。
あと、崖っぷちタイプも強いです。仕事を辞めて学校に来ちゃうとか。以前、「会社を辞めて来ました」と言う方が何人かいて、どうしよう、責任重大だと思いました(笑)。でも、そういう方はちゃんと翻訳者になります。
楽しさと本気度の2つが重なれば、最強です。
最近は、翻訳者になりたいから学校に来るわけではなくて、業務の一部に翻訳があって、きちんとできるようになりたいから、という方も多いです。とても偉いなって思います。会社に行って一日仕事した後、夜、学校に来て、土日に宿題をやって。大変ですよね。
次回のインタビューは12月17日に公開予定です。お楽しみに!
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取材・構成:GOTCHA!編集部/写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)
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