古くは「スシ」「ゲイシャ」「ニンジャ」。最近では「スードク」。海を渡って世界で使われていると言われる日本語がありますが、最近ではどの国でどんな単語が用いられているのでしょうか。世界80カ国以上の現地在住日本人ライターやカメラマンの集団「海外書き人クラブ」がリレー形式で担当する連載「世界のニホンゴ調査団」。第6回は前回に 引き続き 、アメリカ在住のハントシンガー典子がレポートします。
瞑想ブームで一気に一般化した言葉
15年くらい前、アメリカの雑貨屋で砂や石を敷いて禅寺の枯山水風に演出した箱庭を見かけ、「アメリカにもこんなものが売っているのか」と感心したものでした。商品名は「ゼン・ガーデン(Zen Garden)」。アメリカの街中でZenという言葉を見たのは、それが最初だったと記憶しています。
そして2017年の今、 アップル社の故スティーブ・ジョブズ氏が傾倒していた ことで注目され、本来の意味の禅が社会に浸透し始めて数年が経ちました。
まず、ビジネスへの効果を認めた企業やエグゼクティブが次々に禅の瞑想法を取り入れ、スポーツ選手や歌手、女優などセレブもそれに続き、やがて一般にも瞑想ブームが広がりました。
一方で、 禅の瞑想法による効果は「マインドフルネス(Mindfulness)」と呼ばれるセラピーに発展 し、宗教色のあるZenよりもこちらの言葉の方が好んで使われるように。
しかし、Zenという言葉がすたれたということはなく、瞑想のことをZen Meditation と言いますし、瞑想用の部屋をZen Roomと呼ぶこともあります。
筆者の住むシアトルでは、カフェに行けば必ず瞑想スポットやイベントの告知のビラが貼ってありますし、車を走らせれば道路脇に同様の立て看板を見かけます。まだまだ瞑想ブームは終わりそうにありません。
Zen Meditation グッズに囲まれる女性。このZen Roomはシアトル市内にあり、一般にも公開されている。
カフェの壁には瞑想イベントの告知などが何種類も。
こんなアメリカ人の声もあります。
Zen Meditation is amazing! I went to meditation camp for a week and I found it to be incredibly beneficial .禅の瞑想法はすごいよ! 僕は1週間の瞑想合宿に参加して、それが信じられないほど効果的だってわかったんだ。
最初にZenに目をつけたのはヒッピー?!
前述のスティーブ・ジョブズ氏がヒッピー・コミューン *1 と密接な関係にあったことはよく知られています。
後に中退しましたが、通っていたオレゴン州のリード大学はまさにヒッピー・コミューンの近く。毎年、夏には国内最大規模のヒッピー・フェスが森の中で開催されます。
筆者も行ってみたところ、多くの人が土の上を裸足で歩いていたり、露店は木片や廃材、布を張り付けてできていたり、 「自然と共に、質素に、シンプルに生きよう」というヒッピー思想 が伝わってきます。でも、これって禅と通じるものですよね?
実際、フェスでもZenコーナーはあちこちにありました。瞑想をするZenブース、瞑想グッズや書籍、インテリアといったZen関連品の販売など。中には、虚無僧の姿をして歩いている人もいました。
肉食をしない禅寺の僧のように、ヒッピーもベジタリアンです。フェス・グルメは、野菜の天ぷら、野菜ののり巻き。まさに、Zen Foodですね。
毎年7月に開催される「オレゴン・カントリー・フェア」。ヒッピー文化と関係深いカウンターカルチャー発祥のイベント。
Zenは禅を超え、今や和のイメージそのもの
最近は、Zenを禅という意味で使う以外に、瞑想のようなリラックス感を指す場合も増えてきました。実際、オンラインの辞書( https://www.yourdictionary.com )には次のようにあります。
The definition of zen is slang for feeling peaceful and relaxed. An example of zen as an adjective is to have a zen experience , how you feel during a day at the spa.アメリカではマッサージや美顔の施術を受けられるサロンを「スパ」と呼び、施術の前後に風呂やサウナで温浴できるところが多いのですが、確かにZenという言葉がよく出てきます。「禅は、平和でリラックスした雰囲気を意味するスラング。たとえば、スパで1日を過ごすような気分を禅体験と言い、形容詞的な使われ方をする」
そして、日本の寺や温泉旅館のごとく、石灯籠(いしとうろう)や枯山水、竹、仏像、障子、書画などを用い、 和の雰囲気を演出することで、リラックス感を出して います。
こうしたZenスタイルのインテリアは、ホテルやレストランでも多用されるようになり、今や一般家庭でも取り入れられています。
たとえば、 GoogleでZen Interiorと検索すると、2800万件もヒット があります。やはり、日本の寺や温泉旅館を思わせる間取りや窓枠が持ち入れられているのが特徴です。
装飾品はもちろん、Zenアート。陶器や漆器、和紙ランプ、和柄の敷物などはギフトショップの人気商品です。
グルメにもZenは浸透しつつあります。寺やリラックス感を連想させる緑茶や抹茶を使ったケーキ、ドリンクはそのままZen Cake、Zen Teaに。
そして茶懐石からの発想か、懐石料理や弁当も、Zen Dinner、Zen Bentoに。 生け花も今は、Zen Flowerと言ったほうが通りが良い くらいです。
禅関連グッズを扱うショップも町中にちらほらとある。
漆器を取り入れ、Zen Artを意識したスイーツショップも出現。
まとめ
「Zenを付けておけば売れるのでは?」とばかりに、氾濫気味の昨今。日本人以外のオーナーのレストランだと、たとえがっつり肉食系のなんちゃって和食だとしても店名やメニューにZenと入っていることも。
せっかく禅の「わび・さび」がアメリカ人にも理解されるようになってきたのだから、誤解を生む乱発は遠慮してもらいたいところです。
文・写真:海外書き人クラブ・ハントシンガー典子