歌って踊れる通訳者?【通訳の現場から】

通訳の現場から

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

歌って踊れる通訳者?

私は集中して熱くなると、ジェスチャーが多くなるタイプです。同時通訳の際にはブースの中で腕をぶんぶん振り回していますし、逐次通訳の際には参加者の関心が自分に集まるのをうまく利用して、投影されたスライドを指しながら訳したり、手で表せるものは言葉と組み合わせながら表現したりします。結局この仕事は「言葉」ではなく「想い」を伝えることがすべてなので、一切を言葉で表現することにこだわりはありませんし、使える物はすべて使おう、というのが基本姿勢です。

……と、ここで完結すれば「関根さん、かっこいい! 通訳者の鑑!」で終わるのですが、私のジェスチャーというか、全体的な体の動きには通訳以外の要素も関係しているようです。それに初めて気付いたのが、台湾で開催された某NGO主催の国際会議での出来事です。

私は昔から、公共性がある組織で、その組織の活動目的に賛同できる場合は大幅な割引料金や、極端な場合は無料で引き受けることがあるのですが、予算が低いと通訳パートナーの手配がいつも難航します。最終的に手配できず、仕方ないので休憩を多めにとりながら1人で同時通訳するということもありました。あまり褒められた話ではありませんし、私も通常の案件であれば1 人同通は絶対に断りますが、これは社会貢献だからと割り切っています。

踊る通訳者

さて、この会議の日本人参加者は全体比でとても少ないので、ブースの設置はありません。簡易通訳機を手に持って、部屋のどこかの適当な場所に陣取り、立ちっぱなしで通訳します。座ってもよいのですが、私は参加者の着席が優先されるべきと考えていますし、通訳者としても集中力が切れるような雑音を耳にしたくないので、聴衆からほどよい距離を置きたいのが本音です。通訳者は聞く音を選べないので、隣に座っている会議参加者が友人とヒソヒソ話を始めたら困りますからね。私は出入口から離れた壁際でセッション開始を待ちました。

それまでも立って通訳することはたびたびあったのですが、通訳中は話者の声に集中しているので、自分自身の動きは一切わかっていません。目の前の通訳を黙々とこなすのみ。けれど、最初のセッションが終了して、日本人参加者の1人が私にほほ笑みながらこう言いました。「関根さんって、通訳しながら踊るんですね!」どうやら私は通訳しながら、右にワンステップして左足を揃え、次に左にワンステップして右足を揃え、それを何度も繰り返していたらしいのです。

80 年代の踊れない(踊らない?)アイドルがよくやっていたサイドステップですね。まったく身に覚えがなかったのですが、その後も無意識にやらかしていたらしく、2日間の会議の最後には「部屋の隅で踊っている変な通訳者さん」として、会議のまとめ動画にも採用される始末。参加者のネタにされていました。今でもネットの片隅に残っているかもしれません。

音にまつわる不思議な体験

音に体が反応するのは、音を聞くと体を動かすための脳細胞が活動するからなのだとか。音楽によって体を動かすメカニズムは音楽療法など医療を含め、さまざまな分野で活用されています。私の場合は話者の言葉を一種のリハビリ音楽として捉えているのかもしれませんね(それにしてはストレスがたまるリハビリですが)。

ちなみにアスリートは集中力が極度に高まると、「ゾーンに入る」または「フロー体験をする」という表現をしますが、通訳者も似たような体験をします。耳から入る言葉が本当に音楽のように頭に自然と流れ込み、ほぼ無意識に、しかしスムーズに訳語が出てくるときがあるのです。ゾーンに入ると時間の感覚がなくなるので、自分の担当時間(15~20 分)があっという間に終わります。「あれ、まだ5 分くらいしか訳していないのに?」と思うこともしばしば。

これと関係しているかはわかりませんが、別の案件で以前、なぜだか急にANA イメージソングの「AnotherSky」(機内で流れる音楽です。検索してみてください)が頭から離れず、逐次通訳の現場で何度も口ずさみそうになったという、完全に意味不明な事件もありました。出張続きで心が弱っていたのでしょうか。無理をするものではありませんね。

歌う通訳者

なんちゃって歌手をしたこともあります。知人がロックバンドのボーカルなのですが、外国人も理解できるように100%英語の歌詞で曲を作りたいと翻訳の依頼がありました。まず日本語の歌詞が送られてきたので、それを英訳したのですが、これが意外に難しい。

可能な限り同じ意味を保ちたいのですが、なにぶん音楽なので単語を詰め込むことはできません。無理に押し込めば、ロックがラップになってしまいます。そして、日
本語の歌詞で韻を踏んでいる箇所があれば、英語でも同じようにライム(rhyme)させたいのがプロのさが。知人の依頼なので大した報酬にはならないのですが、ネットで猛リサーチをして数日で完成させました。

納品した日は特に人と会う予定がなかったので、近所でニンニク増量のとんこつラーメンをすすっていたら、突然その知人から着信がありました。「英語の歌詞は届いたけど、歌い方がよくわからない。今からスタジオに来て歌ってくれない?」とのこと。よく考えてみれば当然のことで、私が作詞したようなものなので、音楽に合わせてどう歌うのか実演してみせなければなりません。

でも、そこまで考えてなかった!プロの前で歌ったことなんて生まれて初めてだし(高校の聖歌隊で歌ったくらい)、レーベルが運営するプロ仕様のスタジオで歌うのも未経験だし、ニンニクをがっつり食べたばかりなので食べた本人もわかるほど口臭がキツイ。プロ失格です。どうしよう。それでも始めた仕事は終わらせなければならないので、というか歌えない曲は意味がないので、緊張しながらスタジオ入りしました。

さすがに1回歌って済むと思うほどナイーブな私ではありませんでしたが、最終的には20回近く歌って、すべて録音されたという……。後半は私もヤケクソで、力一杯ロックしていました。ニンニクのことを口にする人はいませんでしたが、誰も必要以上に私の近くに寄ってこなかったような。

私は業界では数少ない「歌って踊れる通訳者」と言いたいところですが、この業界にはセミプロの歌手や、20年以上ダンスをしている人もいるので、私なんてまだまだですね。でも囲碁は四段です。って違うか!

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年6月号に掲載された記事を再編集したもので す。