サダとランチ【オレゴン12カ月】

サダとランチ【オレゴン12ヵ月】

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

友人にパキスタン出身の人がいる。娘のクラスメートのお母さんで、サダという。ムスリム(イスラム教徒)である。

最近、ラマダンのことを話してくれたのが興味深かった。ラマダンというと断食だが、本来はイスラム暦の第9 番目の月を指す。この時期にムハンマドにコーランの最初の啓示が下ったことを記念して、断食を行うようになったのだそうだ。ラマダンの月は、その年によって29日間か30日間。その間、日の出から日没まで、一切の飲食を断つ。

「水も飲めないの?」

「そう、水も」

私は年に一度、人間ドックのために夜8時以降は飲食できず、ドック終了の翌日午前10時頃まで空腹で過ごすことがあるけれど、あれを1 カ月かあ……と思ったら、ため息が出た。しかも、ドックの場合は、食べられない時間はほとんど寝ているが、ラマダンは食べずに起きている時間が長いから、なかなか大変そうだ。

サダは、ラマダンの断食を淡々と受け止めている。喜んでやる、という様子ではないが、かといって、嫌で仕方がないというふうでもない。

中学生の息子さんが、大人に交じって1 カ月間断食をしたいとせがむそうだが、年齢的にまだ少し早いのと、偏食がひどくて栄養の面でもよくないからまだ許していない、と言っていた。もっと幼い頃には、週末に「お昼までね」と言って午前中だけ断食させていたという。

「それって、普段の食生活とほとんど変わらないよね……?」と聞いたら、彼女は笑って、「そう。でも子どもだから『ボクも断食やった!』って喜ぶの」と。

なるほど、そんなふうにして幼い頃から慣れ親しませるわけだ。病人や妊婦、高齢者などは断食は免除だそうだ。また、生理中の女性も免除。サダは、女性はちょっと休憩できるからラッキー、と言っていた。

サダとランチ【オレゴン12ヵ月】

イラスト:尾崎仁美

ラマダンの期間中は、日の出前に食べられるだけ食べ、日中は一切の飲食を断ち、日が沈んだらまた大量に食べる。早起きしなければいけないから、それもまた大変である。起き抜けは食べられなくて……などと悠長なことは言っていられない。
日が沈んだと同時にわーっと食べたいわけだが、そうするためには、食事の支度をしておかなければいけない。断食している間に料理するというのはさぞかしつらいのでは……?

「私は平気。でも兄嫁は、食べ物を触りたくないし、見たくもないって言ってるわね」

朝のうち、つまりまだお腹がすいていないうちに料理しておくのがポイントだそうだ。

銀行勤めの旦那さんの職場では、彼のラマダンの断食は恒例行事になっていて、その期間は、同僚たちが彼の前で飲食をしないように気を遣ってくれるという。

「電子レンジでポップコーンなんか作られちゃったら大変ね。香ばしい匂いが辺りにぷーんと漂って……」

あまり茶化してもいけないかなあと思いつつもついコメントしてしまうのだが、サダは嫌な顔もせず、

「ああ、それはつらいわ」

と、言っていた。

ラマダンは、暦の関係で毎年11日ほど早まるそうだ。今年は、5 月27 日からの1カ月。日が長い時期は、当たり前だが断食の時間も長くなる。

サダは、「いつになったらラクな冬のラマダンになるのかなと調べてみたら、12年先でちょっとガッカリ」と笑っていた。

イスラム教の戒律と聞けば、堅苦しいものかと思いがちだが、実際に行っている人に話を聞いてみると、がんじがらめという感じはないし、侵しがたい緊張感のようなものもない。サダたち信者にとっては幼い頃から慣れ親しんだ日常の一部であり、ごく当たり前のことなのだろう。

サダは、頭にスカーフを着けているわけではないが、肌の露出が少なくて、色目を抑えた服装をしていることが多い。

ハラルと呼ばれる、ムスリム独自の食肉の加工法についてはこだわりはないようだが、豚肉は食べない。食に関してはあまり冒険をしない方で、何度かスシを食べに行こうと誘ったが、やんわり断られた。一緒にランチをするときには、インド、中近東から地中海辺りのものを食べに行くのが暗黙の了解になっている。

先日のランチでは、同じくクラスメートである男の子のバーミツバのパーティーの話にもなった。バーミツバとは、ユダヤ教の男の子の成人式のこと。13歳になるとお祝いをすることになっていて、女の子の成人式は、バトミツバという。

わが家はこれまでバーミツバに招待されたことがないので、出席したことがあるサダから作法をいろいろと教わった。うんとオシャレして行ってね、とか、お祝いはお金がいいよ、などなど。

考えてみれば、ムスリムのサダからユダヤ教のお祝いの作法について教わるというのも不思議な話ではある。

ランチの後、サダと二人で歩いていたら、別のクラスメートのお母さん(ユダヤ教徒)が寄ってきて、「もうすぐラマダンだね、がんばって!」とサダに声を掛けた。異なる2つの宗教の信者たちの、アメリカでの光景である。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子
エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、Boiled Eggs Onlineにオレゴンでの生活をつづっている。

本記事は『ENGLISH JOURNAL』2017年8月号に掲載された記事を再編集したものです。