ヨガ教えてます【オレゴン12カ月】

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

週に1 度ヨガを教え始めて、かれこれ1 年近くたつ。

教えるのは、娘が 所属 するフェンシングクラブの高校生たちだ。月曜から木曜の午後4 時から7 時まで練習に来る彼らは、最初の1 時間を日替わりの体力作りメニューに費やす。持久力を高めたり、筋力をつけたり。そんな日替わりメニューに「けがを避けるために、柔軟性を加えたい」とコーチが言い出し、以前に少しヨガをかじったことがある私に白羽の矢が立った。いや、お鉢が回ってきた、と言うべきか。

ヨガインストラクター養成のオンラインコースを取って、修了したら費用は払い戻すから、というコーチの提案は、半ば強制というか、ノーと言えない雰囲気であった。オンラインだし、と高をくくっていたコースは、いざ始めてみたら、栄養のことから筋肉の名前や 仕組み 、ヨガのポーズのインド名まで覚えなければならず、一筋縄ではいかなかった。

私は体は硬いが、ヨガが結構好きだ。初めて試したのは、20年以上前。知り合いに誘われて、近所のラマさんというインド人がやっているヨガのクラスに参加した。日本にいる友人への手紙に「ヨガ始めました」と書いたら(まだE メールはなかった時代!)「ヨガって、宗教? 大丈夫?」という返事が来た。日本では、ヨガといえば某カルト集団という時代であった。

カレーの香りがほのかに漂うラマさんの自宅でのヨガは、いつもサンサルテーション(太陽礼拝)というウォームアップから始まった。それから1 時間、立ったり、座ったり、寝そべったり・・・呼吸に意識を集中させながら、ストレッチのポーズを保つ。ヨガのあの「間」がまどろっこしいと言う人もいて、今では、ポーズをどんどん変える「スピードヨガ」なるものも出現したようだが、私はリラックスできる方が好きだ。

ホットヨガ道場に通ったこともある。セ氏40度の部屋で90分間、26種類のポーズをやる。終わったときには、汗ダラダラ。

クラスの後の爽快感はなかなかだ。でも、ストレッチしながらリラックスするというラマさんのヨガに比べると、なんとなく体育会系だった。ムキムキの肉体を誇示しているような人々が幅を利かせていたせいもあるの かもしれない

イラスト:尾崎仁美

そんな私がオンラインのヨガインストラクター養成講座を無事に修了して、高校生相手にヨガを教えることになった。お手本は、遠い記憶の中のラマさんのヨガである。

「では靴下を脱いで」

初めの日にそう言ったら、ほとんどの子が首を縦に振らなかった。なんで?と尋ねると、

「マットがicky だから」

と言う。確かに、クラブにあるヨガマットは、お世辞にもキレイとは言えない。icky とは、「気持ち悪い」を意味するカジュアルな表現である。靴下どころか、靴さえ脱がない子もいる。けっこうかたくなだ。靴を履いたままでのヨガなどあり得ないと思うのだが、まあ放っておく。

以前に体操やバレエをやっていた子は、ゴムでできているのかというぐらいに体が柔らかく、得意げにスプリッツ(前後開脚)をしてみせるが、体が硬い子も多い。 ちなみに 、「体が柔らかい」は、 flexible という。特に男子には、前かがみのストレッチをやらせると、思わず「真面目にやって」と注意したくなるくらいに体が硬い子が多い。

腕や脚のポジションをいちいち英語で説明するのはなかなか大変である。われながらだいぶ不完全な説明だろうと思うが、私の模範ともいえぬ動きを参考にしながら、高校生たちはストレッチしている。 そもそも 日本人の私に教わるヨガってどうなの、と思っていたら、先日、「ヨガでゼン」というオンライン記事に出くわした。ヨガとゼンは別物だが、アメリカ人は、アジアの方のスピリチュアルなアレという感じでざっくりひとくくりにしているようなのである。

いちばん人気のポーズは、セッションの最後に行う「死体のポーズ」だ。眠ってしまう子もいる。ほかにも、正座から上体と腕を床の上に伸ばす「子どものポーズ」や、いったいこれのどこが鳩?という「ピジョンのポーズ」なども人気である。一方、いちばん不人気なのは、「ライオンのポーズ」。

これは、正座して両手を膝に置いた状態で深呼吸をし、息を吐き出すときに、目を大きく見開き、ベロを出して「ウアァーッ」とライオンのようにほえるポーズだ。顔のストレッチである。試合のときに、こんなふうに相手を威嚇してみて、というわけでメニューに取り入れているのだが、高校生たちは男子も女子も皆、恥ずかしがる。陽気なアメリカ人のこと、しかも若い子なら、こんなのは平気かと思っていたので、ちょっと意外だ。しかしオバさんインストラクターは、彼らが恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、面白がってライオンのポーズをやらせるのであった。

見るからに機嫌が悪い子もいたりして、お年頃である。それでもなんだかんだ言いながら、私の言うとおりにストレッチするのだから、かわいいものだ。毎週火曜4時からのヨガは、結構楽しみなひとときである。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、 Boiled Eggs Online にオレゴンでの生活をつづっている。
本記事は『ENGLISH JOURNAL』2017年9月号に掲載された記事を再編集したものです。

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