行間なんて知るもんか/チャールズ・ブコウスキー【英米小説翻訳講座】

英米小説翻訳講座

翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。

紹介する作家:チャールズ・ブコウスキー

Charles Bukowski

920 年ドイツ、アンダーナッハ生まれ。1923 年、一家でアメリカに移住。酒やギャンブルなど、自身の無頼なライフスタイルを反映した自伝的な小説や詩を多数発表。代表作に『町でいちばんの美女』『勝手に生きろ!』『パルプ』など。1994 年没。

Post Office』(1971)

The whiskey and beer ran out of me, fountained from the armpits, and I drove along with this load on my back like a cross, pulling out magazines, delivering thousands of letters, staggering, welded to the side of the sun. 

Some woman screamed at me:

“MAILMAN! MAILMAN! THIS DOESN’T GO HERE!”

I looked. She was a block back down the hill and I was already behind schedule.

“Look, lady, put the letter outside your mailbox! We’ll pick it up tomorrow!”

NO! NO! I WANT YOU TO TAKE IT NOW!”

She waved the thing around in the sky.

“Lady!”

“COME GET IT! IT DOESN’T BELONG HERE!”

Oh my god.
I dropped the sack. Then I took my cap and threw it on the grass. It rolled out into the street. I left it and walked down toward the woman. One half block.

I walked down and snatched the thing from her hand, turned, walked back.

It was an advertisement! Third-class mail. Something about a half off clothing sale.

(Post Office, 1971)

ウィスキーとビールが体から流れ出て、わきの下から噴き出て、俺は郵便を十字架みたいに背負ってのろのろ進み、雑誌を引っぱり出し、無数の手紙を配達し、ふらつき、太陽にべったり溶接されていた。

どこかの女が俺に向かってわめいている―

「郵便屋さん! 郵便屋さん! これ、うちのじゃないわよ!」

見てみた。女は坂を一ブロック下ったあたりにいて、俺はもう予定より遅れてる。

「あのね奥さん、郵便箱の外に置いといてください!明日回収しますから!」

「駄目よ4! 駄目よ! いま持っていってくれないと!」

女はそれを宙に上げて振りまわした。

「奥さん!」

「取りに来てちょうだい! これ、うちのじゃありませんから!」

やれやれ。

郵便袋を放り出した。帽子をつかんで芝生に叩きつけた。帽子は道路に転がっていった。そのままにして女の方に歩いていった。半ブロック。

歩いていって、女の手からひったくって、回れ右して戻っていった。

見れば宣伝だ! 第三種郵便。衣類五割引きセールとか何とか。

(『ポスト・オフィス』)

前回取り上げたレイモンド・カーヴァーは、現代アメリカ文学の主流的な書き方である「シンプルな言葉で豊かな行間」という姿勢を短篇小説において究めた人だった。むろんカーヴァーは突然変異的に登場したわけではなく、その前にヘミングウェイという大きな先達がいた。第6 回に述べたように、文学っぽい言葉を極力取り除くことこそ文学的だという美学をヘミングウェイが打ちたて、カーヴァーはその流れを受け継いだ一人ということになるだろう。

文章のシンプルさということでいえば、チャールズ・ブコウスキーもカーヴァーとだいたい同じくらいだと思う。が、その味わいはだいぶ違う。カーヴァーの文章が行間に陰影を感じさせるのに対し、ブコウスキーの行間には何もないように感じられる。たとえば左に挙げたPost Office という、自分の仕事体験に基づいた一冊を見ても、郵便局に勤務する日常がただ「そのまんま」書いてある感じで(もちろん言語で体験を「そのまんま」書くことなどできはしないのだから、あくまでそういう感じがするということだが)、その文学臭ゼロの「そのまんま」さが逆説的に物語に―そして「文学」にすら―なっているように思える。ブコウスキーの文章に浸ったあとに読んでみると、カーヴ
ァーの文章ですら(そしてヘミングウェイの文章でも)文学臭プンプンに思えてくるから面白い。

日本ではブコウスキーというと、酒、女、競馬にうつつを抜かすアウトローというイメージがあって、それもある程度正しいのだが、実はこのPost Office をはじめとして、たいていの作家よりも仕事のこと(それもきわめて平凡な仕事のこと)を淡々と書いている。訳者も何人かいるが、そこでも「アウトロー派」の翻訳と「そのまんま派」の翻訳に分かれるようである(これはヘミングウェイを「男の世界」っぽく読むか、「シンプルさに徹した世界」と読むかという分かれ方にも通じる)。たとえば左の文章の冒頭も、アウトロー派なら「ウイスキーとビールが俺の中から流れ出し、腋の下から噴水のように溢れ出て、俺はこの重荷を十字架の如くに背負い、雑誌を引っ張り出し、何千通もの手紙を配達し、よろよろと歩み、太陽の側に溶接されていた」といった感じになるのではないか。

ある意味ではヘミングウェイよりずっと先鋭的なところまで行ったブコウスキーだが、この先輩作家に対する(少なくとも、すぐれた書き手であった時期の彼に対する)敬意は本物であるように思える。少年時代を自伝的に綴ったと思える長篇Ham on Rye に、こんな一節がある。

And then along came Hemingway. What a thrill! He knew how to lay down a line. It was a joy. Words weren’t dull, words were things that could make your mind hum. If you read them and let yourself feel the magic, you could live without pain, with hope, no matter what happened to you.

やがてヘミングウェイに出会った。何というスリル! こいつは文の作り方を知っている。ゾクゾクした。言葉は退屈なんかじゃない。言葉が頭に活を入れてブンブンうならせる。これを読んで、その魔法に身を任せられるなら、何があっても痛みなしに、希望をもって生きられる。

何ひとついいことのなかった少年時代に文学を発見した喜び、とりわけヘミングウェイを発見した喜びがストレートに綴られている。世界も人間もゴミみたいなもの、ということをえんえん言っているように思えるこの書き手にしては相当に珍しい一節である。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年8月号に掲載された記事を再編集したものです。

出典:Chalres Bukowski, Post Office (Ecco)――, Ham on Rye (Ecco)