ジャパングリッシュ進化論:「STARTO」の「O」に感じた日本の未来【茂木健一郎の言葉とコミュニケーション】

茂木健一郎さんの連載「言葉とコミュニケーション」第36回。旧ジャニーズ事務所の新会社「STARTO」の例を通して、言語を越えたコミュニケーションの可能性について考えてみましょう。

「STARTO」の「O」に感じたセンスの良さ

旧ジャニーズ事務所の名称が「STARTO」(スタート)に決まった。ファンに公募して集まった案の中から、福田淳新社長を始めとする経営陣が決めたとのこと。

新たな出発ということでふさわしい名前だが、英語のつづりの「START」とは違っていて、最後に「O」が付いている。ネットでは、つづりがおかしいなどの反応があったけれども、私はむしろグローバルに見て新鮮だと感じた。

「スター」(STAR)に、「◯◯へ」の(TO)を付けたという説明もあったが、むしろ、国際的には、「START」の最後に母音の「O」を付けた日本風のスペリングにしたと認識されると思う。そして、ジャパニーズ・イングリッシュ風の表記は、言語的多様性が大切にされるこの時代には、間違いだとか、ダサいとか言われるよりは、むしろ好印象を持たれるのではないだろうか。

かつては、「正しい英語」を使うという意識が強いあまり、日本的な発音とか、つづりのミスとかが否定的に捉えられる傾向があった。今でも、もちろん、標準的な英語の発音やつづりを知っておくに越したことはないけれども、日本的なローカル化はむしろ魅力的だと感じられる風潮になっている。

日本人が「L」と「R」の区別ができないとか、子音の後に母音を付けがちだということは、英語話者の間でも比較的知られており、また、日本アニメの国際的な人気などによって、むしろクールだと感じられるケースすらある。このような視点からは、「スタート」を「STARTO」とつづるのは、一つのクールな日本発の文化という側面があるように思う。そもそも、福田新社長は国際経験の豊富な方であり、以上のような文脈はよくご存じのはずである。

15歳だった僕が感じた、日本語発音の新鮮さ

日本式の発音の魅力、クールさというと、私が英語を学び始めた頃のことが思い出されてくる。

かつて、15歳のときに初めてカナダのバンクーバーに行った。1カ月滞在して、現地でホストファミリーにお世話になった。ダウンタウンの空港で、これからの滞在中、「お母さん」になるヴァーナが迎えに来た。後で知ったのだけれども、ドイツ系のカナダ人だった。

家に向かいながら、「一つ秘密があるのよ」と言った。なんだろうと思ったけれども、なかなか思い付かなかった。

家に着くと、2人の元気な男の子が駆け寄ってきた。8歳のランディーと、6歳のトレバーだった。その後ろで、ホストファミリーのお父さんがニコニコ笑っていた。しっかりとした体つきで、黒縁の眼鏡をかけている。日系人のジム・コジマさんだった。

ヴァーナが「秘密がある」と言ったのは、パートナーが日系の人だということだったのだ。ジムは、カナダの柔道界を支える人で、しばしば、オリンピックの試合の審判もしていた。後には日本政府から旭日章きょくじつしょうも受けた。ビジネスでも成功していた。

その日から、ジム、ヴァーナ、ランディー、トレバーの家での生活が始まった。2人の少年はスポーツが大好きで、いつもアメフトの練習をしていた。

私が練習の様子を見ていると、ランディーが、時々、ふざけて「フットーボールー」と叫んだ。英語のつづりで言えば、FOOTOBALLUみたいな感じだろうか。おそらく、父親のジム・コジマさんの、日系の親戚の方を通して、日本人との付き合いがあっただろう。また、私の前にもホームステイで日本からの学生を受け入れていたという経験もあったのかもしれない

普段は、もちろんネイティブ話者のランディーが、「フットーボールー」と日本風の発音をするのが面白く、また親しみが持てて、私は笑ってしまった。ランディーも笑った。異文化の交流というのは、こういう感じもあるんだなあと思った。

日本人は、発音などに表れる自分たちの個性を恥ずかしいと思うところがある。英語で言えば、ネイティブのような話し方をしないとまずいのだと思い込んでいることも多い。しかし、グローバル化した世界では、むしろ、日本的な発音の方が新鮮で魅力的なこともある。

日本人の個性は弱点ではなく、強みになる

日本のアイドル文化も、もともとのIDOLとは別のIDORUとつづられたり、発音されたりして紹介されることも多い。アメリカの作家ウィリアム・ギブスンには、そのままずばり『Idoru』というタイトルの作品もある。

これからのグローバル化した世界の中では、日本の個性は弱点ではなくむしろ強みになるのではないか。

日本のアイドルやタレントが海外に出ていく上で、日本独自の芸能文化などが邪魔をしているという見方も根強い。その点、STARTOの新社長になった福田さんは、国際的なコンテンツビジネスの経験が豊富で、従来日本のメディアと芸能事務所のあり方などに対して批判的だったこともあり、やり方が変わるのではないか、新しい道が開かれるのではないかという期待も大きい。

何よりも、新しい会社の名前をSTARTOとしたことに、以上のような意味でのセンスの良さを感じる。日本人の発音の癖を逆手にとって強みにしてしまえばいいのである。

もちろん、本来の英語の発音の仕方やスペリングを学ぶことは大切である。その一方で、自分たちの個性も大切にしてよい。場合によっては、私が高校1年生の夏に、時々「フットーボールー」と発音して笑っていたランディーのように、普段はちゃんとした英語の発音をして、時には日本風に話してみるのも、一つのアクセントになってよいのではないか。

すでにアニメの主題歌などは国際的に流行している。City pop(1970年代後半から1980年代に日本で制作された、都会的に洗練されたメロディーや歌詞のポピュラー音楽)が世界的に流行したように、これからの日本のエンタメは、ますます注目されていく。

STARTOが、旧ジャニーズ事務所のタレントやアイドルの方々だけでなく、私たち日本人全体にとっても新しい「スタート」のきっかけになればよい。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院客員教授。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL 編集部)

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