1970年代アメリカを舞台に描いた、15歳と25歳の複雑な初恋物語 映画『リコリス・ピザ』

気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に長谷川町蔵さんが解説します。

今月の1本

『リコリス・ピザ』(原題:Licorice Pizza)をご紹介します。

※動画が見られない場合はYouTubeのページでご覧ください。

1970年代、ロサンゼルス郊外。子役として活躍する高校生のゲイリー(クーパー・ホフマン)と、将来が見えぬままカメラマンアシスタントをしているアラナ(アラナ・ハイム)。ゲイリーは、高校の写真撮影のためにやって来たアラナに一目ぼれする。彼に勧められるままに女優のオーディションを受けたアラナは、ベテラン俳優や映画監督と知り合う。また、カリフォルニア市長選に出馬しているジョエル(ベニー・サフディ)の選挙活動ボランティアも始める。ゲイリーはウォーターベッド販売を手掛けるようになり、映画プロデューサーの家へベッドを届けた際に面倒に巻き込まれる。それぞれの道を歩み始めるかのように見えた二人、このまますれ違っていくのだろうか―。

10歳差の友達以上恋人未満という二人の関係性を描いた初恋物語

ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)は現在、ハリウッドで商業的妥協なしに作品を撮れる数少ない映画監督だが、そうだとしても最新作『リコリス・ピザ』は自由さに満ちあふれている。

同作の舞台は1973年のアメリカ、ロサンゼルス郊外。さえない日々を送っている25歳の女性アラナ(アラナ・ハイム)が、10歳年下の子役俳優ゲイリー(クーパー・ホフマン)から突然求愛されたことをきっかけに物語が動き出す。ゲイリーはさまざまな副業ビジネスを行っており、アラナもそれを手伝うようになるのだ。仕事を通じて彼女が遭遇するのは、精神を病んだベテラン俳優ジャック・ホールデンや、美容師から大物プロデューサーへと上り詰めたジョン・ピーターズ(実在の人物)といった怪しげなハリウッド人種。それぞれに扮したショーン・ペンとブラッドリー・クーパーの怪演も相まって、PTA版『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)の趣もある。

一見、ユルい青春映画に見せかけながら、オイルショックや市長選挙、カリフォルニア州のピンボール解禁といった1973年特有のトピックを持ち込むことで、この時代のロサンゼルスという街そのものを浮かび上がらせるPTAの手腕は並大抵のものではない。彼がなぜ天才扱いされているのか分かるはずだ。

ちなみに本作が全米公開されたとき、日本料理店「ミカド」のオーナー、ジェリーがビジネスパートナーの日本人女性にわざと日本語なまりの英語で話し掛けるシーンが、差別的ギャグと一部メディアから問題視された。しかしPTAの意図は別にある。というのも、彼の義母(パートナーのマーヤ・ルドルフの継母)は、かつて日本を代表するジャズシンガーだった笠井紀美子なのだから。実はこのシーンも、彼女が渡米した頃に受けた体験だという。PTAはそうした描写をあえて行うことで、アジア系が強い存在感を持ち、文化面でもリスペクトされている現在のロサンゼルスが半世紀前は全く異なる街だったことを暴き出しているのだ。

『リコリス・ピザ』(原題:Licorice Pizza)

(C) 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

Cast & Staff

脚本・監督:ポール・トーマス・アンダーソン/出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン他/公開中/配給:ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画

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※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年8月号に掲載した記事を再編集したものです。

長谷川町蔵(はせがわ・まちぞう)

ライター&コラムニスト。著書に『あたしたちの未来はきっと』(タバブックス)、『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワーブックス)、『文化系のためのヒップホップ入門3』(アルテスパブリッシング)など。

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