気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に真魚八重子さんが解説します。
今月の1本
『帰らない日曜日』(原題:Mothering Sunday)をご紹介します。
※動画が見られない場合はYouTubeのページでご覧ください。
1924年、3月の日曜日。その日は、イギリス中のメイドが年に一度の里帰りを許される「母の日」。けれどニヴン家で働く孤児院育ちのジェーン(オデッサ・ヤング)に帰る家はなかった。そんな彼女の元へ、秘密の関係を続けるシェリンガム家の跡継ぎであるポール(ジョシュ・オコナー)から誘いが舞い込む。幼なじみとの結婚を控えるポールは、前祝いの昼食会への遅刻を決め込み、寝室でジェーンと愛し合う。やがてポールは昼食会へと向かい、ジェーンは一人、広大な無人の屋敷を探索する。だが、ニヴン家に戻ったジェーンを思わぬ知らせが待っていた。今、小説家になったジェーンは振り返る。彼女の人生を永遠に変えた1日のことを―。
人生を一変させた秘密の恋
原作は日系イギリス人作家のカズオ・イシグロも絶賛した、グレアム・スウィフトの『マザリング・サンデー』(2016)。メイドと貴族の青年の恋は一見、人気ドラマシリーズ「ダウントン・アビー」(2010-15)のような世界観の映画に見える。しかし本作では身分制度や差別にとらわれず、知的好奇心を持つ女性ジェーン(オデッサ・ヤング)が、自立し自分にふさわしい職業にたどり着く姿が物語のメインだ。
1924年、イギリス中のメイドが年に一度の里帰りを許される「母の日(マザリング・サンデー)」。しかしニヴン家に勤める孤児院育ちのジェーンに帰る場所はない。だが、今年の母の日には彼女にも予定があった。シェリンガム家の跡継ぎであるポール(ジョシュ・オコナー)との密会だ。彼は結婚を控えているが、この日の前祝いの昼食会に顔を出さずジェーンと愛し合う。やがてポールが遅れて昼食会へ向かうと、ジェーンはシェリンガム家の図書室を探索する。彼女は本が好きなのだ。だが、ニヴン家に戻ったジェーンを、思わぬ知らせが待ち受けていた。
本作は時間軸がシャッフルされる構成となっている。メイドを辞め、作家業をしながら書店で働くジェーンの新たな恋愛。そして老境に至り、タイプライターの前で自らの人生を回顧するジェーン。愛する者との幾つもの別れを経た女性の人生において、「書く作業」が支えであったことが分かる。書くことで心の痛みを客観的に眺めることができるようになり、言葉への情熱が生き続ける動機となっていく。
ジェーンを演じたオデッサ・ヤングの大胆なヌードにはドギマギしそうになる。だが、裸のままでノートに文字を書きつける作家の習性が垣間見える瞬間、彼女にとって書くことはナチュラルな時間であり、自分自身と向き合う大事な行為であることが伝わってくる。
ジェーンの恋愛も、ポールとの間に果たして愛情はあったのかという、勘繰りたくなるニュアンスの演出が面白い。その後、彼女が交際するドナルド(ソープ・ディリス)との関係性の違いに、ジェーンの人間性がのぞく。
『帰らない日曜日』(原題:Mothering Sunday)
Cast & Staff
監督:エヴァ・ユッソン/出演:オデッサ・ヤング、ジョシュ・オコナー、コリン・ファース、オリヴィア・コールマン他/公開中/配給:松竹/R-15
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※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年7月号に掲載した記事を再編集したものです。
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