英語由来の単語にNon!フランスで英語のゲーム用語が禁止に

フランスで「eスポーツ」などを含む英語のゲーム用語を用いることが禁止されるそうです。「eスポーツ」のほか、「プロゲーマー」「クラウドゲーム」などのゲーム関連用語の公的機関での使用を禁止し、フランス語に置き換えるよう義務づけられます。ニュースの背景を覗いてみましょう。

「ゲーマー」は禁止?

日本人は外来語が大好き。ビジネスの現場でも「プライオリティー」「コンセンサス」「アジェンダ」などなど、さまざまなカタカナ語が飛び交っている場面に遭遇します。またあまりにお馴染みとなってしまい、もはや外来語として意識することすらありませんが、「ゲーム」「スマートフォン」「ストリーミング」などの日常で使用するカタカナ語も、もちろんすべて外来語です。

日本でも、外来語の使用を避けて純粋な日本語を守ろうと主張する意見が聞かれることもありますが、そもそも漢字や漢語ですられっきとした外来語だということを考えると、日本語は外来語に対して寛容な歴史をもっているといえそうです。

反対に、外来語を取り締まることで、自国の言葉を守ろうとする国もあります。その代表例がフランスですが、最近フランスからこんなニュースが飛び込んできました。フランス政府は5月30日、政府機関が発信する内容について、「eSports」などを含む英語のゲーム用語を用いることを禁止すると官報で発表したのです。

"Jeu video de competition" ou "passe saisonnier": quand le jeu video s'adapte a la langue de Moliere”と題された、記事の一部を見てみましょう。

Le jeu video "est un secteur ou l'on emploie beaucoup d'anglicismes", qui peuvent etre "une barriere pour la diffusion et la comprehension par les non-pratiquants", a explique lundi a l'AFP le ministere de la Culture, partie prenante de la Commission d'enrichissement de la langue francaise.

En plus de la difficulte "technique" posee par ce jargon reserve aux inities, le ministere pointe un risque d'incomprehension "pour ceux qui n'ont pas une pratique de l'anglais courante".

La liste, publiee dimanche au Journal officiel, suggere ainsi de remplacer le mot "streamer", designant une personne qui diffuse du contenu en temps reel, par "joueur-animateur en direct". L'aerien "jeu video en nuage" doit lui se substituer au "cloud gaming", service permettant de jouer a distance sans telechargement.

ビデオゲーム業界では「多くの英語表現が使われて」おり、「ゲームをしない人々への普及と理解の妨げになる」可能性があると、文化省のフランス語充実化委員会(Commission d’enrichissement de la langue francaise)関係者は月曜日、AFP通信に語った。

ゲーム愛好家たちのジャーゴンがもたらす「専門的な」難しさに加えて、同省は「時事英語を知らない人には理解できない」危険性を指摘している。

日曜日に官報に掲載されたリストでは、コンテンツをリアルタイムで放送する人を指す "streamer"という言葉を"joueur-animateur en direct"に置き換えることが提案されています。また、ダウンロードせずにリモートで遊べるサービスである"cloud gaming"は、 "jeu video en nuage" に置き換えることになります。((AFP, Jeu video de competition≫ ou ≪passe saisonnier≫: quand le francais reprend la main sur les jeux video, 2022/06/01))

他にも、"pro-gamer"という言葉を、"joueur professionnel"に言い換えるなど、フランス人にとってより一般的な言葉に置き換えられるようです。目的は、国民がより簡単にコミュニケーションできるようにすること。日本語では「プロゲーマー」という言葉は一般化しているので、このような言いかえには若干の違和感がありますが、「ストリーマー」ではなく「配信者」という言葉を使ったほうがお年寄りなどにも伝わりやすいみたいな感覚でしょうか?

とはいえ、外来語に関する歴史がそれぞれ異なるので、日本とフランスを単純に比べることは難しいようにも思います。実は、この問題の背景には「アカデミー・フランセーズ」という、フランス語文化を守り続けてきた、非常に歴史ある組織の存在があるのです。

「アカデミー・フランセーズ」ってなに?

17世紀にフランス語が国家言語としての地位を堅固にし、外交語としてヨーロッパ全土に広まっていった際、フランスの宮廷詩人マレルブは、フランス語の整理と浄化に情熱を燃やしていました。 新造語、古語趣味、あいまいな用語などを排し、フランス語は理性に基づく万人に理解される言語であるべきと考えたマレルブは、フランスにおける古典主義文学理論の確立者であるボアローに「ついにマレルブきたれり」といわしめるほどに、フランスで絶対の権威と影響力を持つようになっていきます((髭 郁彦『フランス語学概説』、三恵社、2008年。))。

そして、このマレルブの業績が継承される形で、リシュリュー枢機卿によって1635年に創設されたのが、フランス最古のアカデミーである「アカデミー・フランセーズ」です。

アカデミー・フランセーズは、「よき慣用(bon usage)」の名のもとにフランス語の規則を厳密化し、誰にでも理解可能な言語に純化、統一することを目指し、規範となるフランス語の辞書と文法書の編纂を重要な任務としていました。

会員は「不滅の人(les Immortels)」ともよばれる40名の終身会員により構成されています。当代の代表的文人、科学者、宗教家、外交官などが選出されることが多く、現代だと、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース(1908 - 2009)、劇作家のウジェーヌ・イヨネスコ(1909 - 1994)、哲学者のミシェル・セール(1930 - 2019)などもそのメンバーでした。今も、アラン・フィンケルクロートやジャン=リュック・マリオンなど、フランスを代表する知識人が名を連ねています。ちなみに、会員が「不滅の人」と呼ばれるのは、アカデミーの扉に彫られている「不滅を目指して(L'immortalite)」という銘に由来しているそうです。

言語を守るのは誰のため?

アカデミー・フランセーズの会員になるためのハードルは非常に高く、40人の会員は皆フランスの超エリート文化人です。哲学者で国民教育相を務めた経験があり、レジオンドヌール勲章や芸術文化勲章を称号として持つリュック・フェリーでさえ、アカデミー・フランセーズ会員の候補に挙がりはしたものの否決。会員の選出には至りませんでした。

こういうと、超特権階級だけの保守的な「言葉狩り」集団のように思う人もいるかもしれませんが、そう単純な話でもないのがポイントです。「フランス語は理性に基づく万人に理解される言語であるべき」というアカデミー・フランセーズの理念は、アフリカや中近東からの移民も多いフランスという国が、多様性社会であるという事実と関連させても重要なことです。

もし、「正しい言葉」についての一般的な規則や取り決めがないとすると、言葉の曖昧なニュアンスを理解できる「ネイティヴ」の共同体に「正しさ」の根拠を求めざるを得なくなります。そうすると結局のところ、「正しいフランス語」を使用できるのは「ネイティヴ」のみという通念が一般化し、文化は保守的な方向へと偏りがちです。しかし反対に、フランスのようにルールをはっきり決めるということは、理性に基づいてルールを学習しさえすれば、移民であっても誰であっても「正しいフランス語」にアクセスできるということなので、その点においては非ネイティヴに対しても公平に開かれた言語ということになるのです。

もちろんこの時、フランス語の「正しさ」を決定する特権的な機関であるアカデミー・フランセーズという組織自体は、もともとはフランス人男性のみで構成されており、女性や外国出身者が会員になるようになってからの歴史は決して長くはありません。したがって、アカデミー・フランセーズが考える「正しさ」が本来的に誰にとっての正しさなのかというレベルの問題は当然のことながら残ります。

しかし、「規則を厳密化し、誰にでも理解可能な言語に純化、統一する」という理念自体は、いわゆる「言葉狩り」とは全く異なる次元の話であることは理解できるのではないでしょうか?冒頭のゲーム専門用語についても「国民がより簡単にコミュニケーションできるようにする」ことが目的とされていました。英語が分からずフランス語しか理解しない人は仏語圏には少なくないので、「正しいフランス語」はそのような人に向けた配慮でもあるのですね。

外来語にあふれた現代の日本人の感覚からすると不思議に思うことも少なくないですが、英語だけでなくフランス語文化に少し触れてみると、他にも面白い発見があるかもしれませんね。

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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