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「標準」英語の正体とは-黒人英語や南部英語は「なまり」なのか?-

ご当地英語

英語には世界中にさまざまなアクセントがあります。この連載では、映画やドラマ作品に登場する「教科書の英語」とは違うアクセントや表現に注目しながら、英語のアクセントの「世界一周」を目指します。英語学者の飯田泰弘さんと一緒に、英語文化の多様性について考えていきましょう。

はじめに

本連載では、ここまで米国カリフォルニアを皮切りに、映画を通して世界をまたにかけた旅をしながら、各地の「ご当地英語」を観察してきました。同じ英語でも、発音・語彙・文法など、多くの点で違いが出ることが見て取れたと思います。最終回の今回は、再びアメリカへと戻り、黒人英語と南部なまりの特徴を観察したのち、この旅全体の締めくくりをしたいと思います。

黒人英語とは

アメリカのいわゆる「黒人英語」の特徴的な点は、まず発音面では、①単語内や語末の/l/の音が脱落する、②themやthatなど語頭の/ð/が/d/の音になる、③southやmouthの/θ/の音が/f/になる、などがあります。また文法面では、④名詞の複数形や動詞の3人称単数現在の「-s」が落ちる、⑤文中でbe動詞が出てこない、などがあります。

具体的には、まず(1)と(2)では、黒人奴隷が話すwill、help、soldでは/l/の音が落ち、例えばwillは「ウィ」のように聞こえ、(2)のthatは「ダット」に聞こえます。また(3)ではsouthが「サウフ」に聞こえます。文法的特徴では、(2)の動詞sayで3単現在の-sがなく、(3)の名詞wordでも複数形の-sがありません。(3)では本来ならYou are moneyやYou are damaged goodsとなるべき箇所で、be動詞が欠如しています。

(1) Marie. Will you help me?

マリー。力になって。

(2) John : Got a letter from the lawyer, sir. He say it clear.

弁護士からの手紙がここに。彼は明確に述べています。

Minty : My mama was 46 when you sold my sisters. Lawyer say that illegal.

母が46歳のとき娘を売られたのは、違法です。

(3) Minty : They gonna sell me south, away from my husband and family.

私を南部に売るつもりです。夫や家族と離れ離れにして。

Green : Which mean they motivated. You money to them. Unless word spread you run off. Then you damaged goods.

ただじゃ済まんぞ。奴らにとってお前は金になる。逃げたとバレない間は。その後は、お前はキズ物扱いだ。

(『ハリエット』』*1より)

同作品では他にも、「文中に複数の否定表現を重ねる」という黒人英語の特徴が、You don’t want no trouble.(面倒は避けて)や、I don’t know nothing.(私は何も知りません)などで確認できます。

南部なまりとは

英語の非母語話者でも聞き分けやすいとされる南部なまりは、メリーランド州以南の東海岸や、アパラチア山脈地帯、メキシコ湾に面する州などで主に話されます。傾向として、母音は口を開いたまま長めに伸ばし、文全体がゆっくりと話され、緩やかなリズムと抑揚になる「サザン・ドロール (Southern drawl)」と呼ばれる特徴を持ちます。例えば/aɪ/の音は、伸びて/ɑː/と聞こえるので、次の例では、mightは「マート」、sideは「サード」、overnightは「オーバナート」に聞こえます。

(1) He might be a bit on the slow side.

彼は理解は遅いかもしれません。

(『フォレスト・ガンプ』*2より)

(2) You’re supposed to soak the red beans overnight.

豆はひと晩水につけるんだ。

(『マグノリアの花たち』*3より)

“標準” 英語とは

これまで多くの英語の変種を見てきましたが、そもそも「標準的な英語」を決めること自体が難しいものです。イギリスには「容認発音 (Received Pronunciation, RP)」と呼ばれ、BBCが発音の基本としているものはあるものの、その使用者は全体の3~5%ほどとされます。またアメリカでは、中西部地域を中心に広く話される「一般アメリカ英語 (General American, GA)」が知られていますが、東海岸や南部ではまた事情が異なります。またアメリカの「黒人英語(African-American English Vernacular, AAEV)」も広く知られています。やはり、方言やなまりを持たない言語は存在せず、広く話される英語では、国や地域、さらには同じ国の中でも社会的地位や生活環境によって、さまざまな変種が生まれるのは自然なことと言えます。

「なまり」とは

当然ながら、何を「標準的な英語」と捉えるかで、何が「非標準的な英語」になるかは常に変わります。これは人名でさえも同じで、例えばMichaelという名前は英語では「マイケル」(マイケル・ジャクソンなど)と読みますが、ドイツ語読みすれば「ミハエル」(ミハエル・シューマッハなど)になります。そして、フランス語がからめば、次の会話のような混乱がさらに出るというわけです。日本でも聞きなれたマイケルやマイクという名前も、見方によって姿を変えるのです。

Father : No more problems with that bully, Michael?

いじめっ子のマイケルは大丈夫か?

Son : Michel. But not like a girl’s name. It’s French.

“ミシェル”だよ。でも女子じゃないよ。フランス語だから。

(『ハンコック』*4より)

注意すべきなのは、独特のなまりが生まれる背景には、世界で起きた歴史的出来事や、長年の人々や文化の交わり、異なる言語同士の接触など、多くの要因が関係するということです。上記の「黒人英語」も、社会的・歴史的な発展過程の結果として黒人が多く使っているだけで、他の人々が使うことも珍しくありません。言葉の違いによる偏見や差別は決して許されるものではなく、言語が人々のアイデンティティーのひとつになるケースも多々あります。特徴的な言語変種を簡単に「非標準的」と捉えるのではなく、それらが生まれた過程を知ろうという姿勢こそが、異文化理解を重んじ、多様性を認める社会ではとても大事です。

映画でなまりを味わうということ

本連載の最大のオリジナリティーは、映画を通して世界の英語を学ぶことでした。最後にもう一度、第1回からのご当地英語のおさらいを、新しいセリフを使って行いましょう。

第1回の、カリフォルニア女子が話す「バレーガール英語」の特徴は、Oh, my god.やtotallyを多用する点でした。有名人ではパリス・ヒルトンさんも使用者として有名です。

Oh, my God!! No way. I totally want to go to Paris’s.

マジで!あり得ない。私もパリスの家にマジで行きたい。

(『ブリング・リング』*5より)

第2回のオーストラリア英語の特徴のひとつは、あいさつ表現G’day mate.に代表されるmateの付着でした。次の会話では、アメリカではmateが付く英語は少し奇妙に感じられ、すぐに話題が出身地になる様子がわかります。

Tony : It’s a pleasure to meet you, mate.

会えて嬉しいよ、君。

Paul : Hey, mate. I don’t believe this. An English guy. You ain’t even Italian.

“君”だと?まさかイギリス野郎か。お前イタリア人じゃないな。

Tony : Australian-Italian. There’s a lot of paisans down under.

オーストラリアのイタリア人さ。あっちも仲間は多いぜ。

(『アナライズ・ユー』*6より)

第3回で見たインド英語では、スピード感ある英語のリズムに加え、lakh「10万」やcrore「1000万」といった標準英語にはない英単語の存在も特徴的でした。

I want to bet five lakh rupees he’ll make a century.

彼の勝利に50万ルピー賭けよう。

(『スラムドッグ・ミリオネア』*7より)

第4回の南アフリカの英語では、母音の後で震えたり弾かれたりする/r/音が特徴的で、また二重母音/ai/が「オイ」になることがあるので、下のtiredは「トイアード」のように聞こえます。

And 20 years’ experience in this job tells me you slept through my bed because you’re tired, and you’re tired because you’re not sleeping, hmm?

20年の経験上、寝過ごしの原因は疲労だ。つまり寝てないな?

(『プリズン・エスケープ』*8より)

第5回のイギリス英語の容認発音RPでは、carなどの語末の/r/は発音しない特徴がありました。よって、イギリス英語が話される『ハリー・ポッター』の次のセリフでは、呪文の発音を間違った原因は、語末の/r/を発音していることだと暗に伝えている可能性があります。

You’re saying it wrong. It’s Leviosa, not Leviosar.

言い方が違うわ。“レヴィオーサ”よ、“レヴィオサー”じゃないの。

(『ハリー・ポッターと賢者の石』*9より)

第6回の今回紹介したアメリカの南部英語では、/aɪ/の音は/ɑː/と伸びる傾向があるので、ニューオーリンズから駆け付けた母親の英語では、childは「チャールド」のように聞こえます。

I wanted... to help my child with her child, is all.

ただ・・・赤ん坊を抱えたわが子を助けたいだけよ。

(『あなたのために』』*10より)

まとめ

全6回にわたる本連載では、メインテーマの「ご当地英語を学ぶ」を軸に、なるべく多くの、そしてわかりやすい映画のセリフをご紹介しながら、世界一周の旅をしていただきました。教科書にはない英語との出合いや、映画の新しい魅力の発見を楽しんでいただけたなら、ツアーガイド役の私も幸せです。これで皆さんとの旅は終了ですが、映画を使った(バーチャル)世界旅行への扉はいつでも開いています。今回訪問できなかった国や地域を描いた映画も、たくさんあります。ぜひドリンクとポップコーンを片手に、何度でも世界へと飛び立ってください!

*1:原題「Harriet」。アフリカ系アメリカ人の地位向上に生涯を捧げた歴史的英雄ハリエットの半生を描いたストーリー。

*2:原題「Forrest Gump」。アメリカの激動する歴史を駆け抜けた青年フォレストの青春を暖かい感動で描いた名作。

*3:原題「Steel Magnolias」。舞台はアメリカ南部ルイジアナ州の小さな町。女同士の友情を通して、母娘の愛と死、新たな生命の誕生をつづった感動作

*4:原題「Hancock」。超人パワーで街を守る男ジョン・ハンコックが、皆から愛される真のヒーローになるべく戦うヒーローアクション。

*5:原題「The Bling Ring」。2013年公開の異色の青春映画。ハリウッドセレブに羨望のまなざしを向ける若者たちが、遊び感覚でセレブ宅に侵入し窃盗を繰り返すさまを描く。

*6:原題「Analyze That」。不安症のマフィアと小心者の精神分析医よる騒動を描くマフィア映画。

*7:原題「Slumdog Millionaire」。一夜にして億万長者となるチャンスをつかんだスラム育ちの青年の運命と過酷な半生を描いた人間ドラマ。

*8:原題「Escape from Pretoria」。最高警備の刑務所から木製の鍵を作って脱出を試みる前代未聞の脱獄計画に挑んだ男たちの実話。

*9:原題「Harry Potter and the Philosopher's Stone」。J・K・ローリングの世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズの映画化。

*10:原題「Where the Heart Is」。辛い状況にありながらけなげに生きる少女の姿を描いた全米ベストセラー『ビート・オブ・ハート』の映画化。

飯田泰弘

飯田泰弘(いいだやすひろ)岐阜大学教育学部助教。趣味である映画鑑賞と、中学校から大学までの教員経験を活かし、映像メディアを活用した英語学習や英語教育を考え、発信している。とりわけ、一般の英語学習書には出てこない実例採取が大好き。言語文化学博士(大阪大学)。専門は英語学(統語論)。