1つ角を曲がれば方言が変わるイギリス 各地域のなまりを詳しく紹介

1平方マイルあたりの方言の数が英語圏の中で一番多いといわれるイギリス。そんなイギリス各地域で話される英語の特徴について、英語学者の飯田泰弘さんが映画を通して考察します。

はじめに

世界各国の英語と映画を楽しむ本連載。次はいよいよ英語の本場、イギリスへと向かいます。第2回で取り上げたオーストラリアは、広大な国土の割には英語の地域差は小さいとされますが、一方で国土面積がもっと小さいイギリスは、1平方マイルあたりの方言の数が他の英語圏の中で一番多い国とも言われます。

そんなイギリスの各地域や、隣国アイルランド共和国で話される英語の特徴を、映画を通して観察しましょう。

◆「映画で旅するご当地英語」これまでの記事を読む◆


イギリスの「標準」英語

イギリスの規範的な英語の発音に、容認発音(Received Pronunciation, RP)と呼ばれるものがあります。「規範的」と聞くと国民の大多数が使う印象を持つかもしれませんが、実際の使用者は全体の3~5%といわれ、高等教育を受けた上層階級の人々の英語という位置づけです。そのため、RPの地域差はあまりないとされます。

一方で、一般の人々が話す英語には地元方言の影響も強く出るため、地域差は大きくなります。今回は「イギリス英語」をさらに細分化し、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4地域で話される英語を順に概観します。

赤=イングランド、青=スコットランド、黄=ウェールズ、緑=北アイルランド


容認発音とアメリカ英語

まずはRPをよく知るために、とりわけ学習や辞書で規範とされる「一般的RP(General RP)」と、アメリカ英語を比べてみましょう。まず発音で顕著なのは、米語の/æ/がRPでは/ɑ/の音になる点で、(1)のcan’tは「カーント」、(2)のbathは「バース」、halfは「ハーフ」のようになります。

(1)
I can’t ski, I can’t ride, I can’t speak Latin.
スキーはダメ、乗馬もダメ、ラテン語もダメ。

(『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうな私の12か月』〔*1〕より)

(2)
Full hour can be a little bit intimidating, and most activities take about half an hour. Taking a bath: one unit .
1時間は少し負担だ、たいていの活動は30分くらいかかる。入浴は1ユニット。

(『アバウト・ア・ボーイ』〔*2〕より)

(2)ではさらに、米語の二重母音/ou/はRPでは/əʊ/になるため、mostの母音部分は「モウ」ではなく「マウ」に聞こえます。またRPでは語末などの「母音の直前ではない/r/は発音しない」ため、米語だと巻き舌のような音が聞こえるhourも、RPでは母音直前ではないので聞こえにくいです。

『ブリジット・ジョーンズの日記』のこのシーンに登場する「can’t=カーント」の音に注目してみましょう。

  • 〔*1〕原題『Bridget Jones: The Edge of Reason』。恋と仕事に奮闘する主人公の毎日を等身大に描くロマンティック・コメディー映画。
  • 〔*2〕原題『About a Boy』。情緒不安定の母親と2人暮らしのイジメられっ子との出会いを通して、無職男の主人公の人生観が変化するヒューマン・コメディー映画。

イングランドの英語

首都ロンドンを有するイングランドでは、その内部で地域差による方言が多数存在します。特別な呼び名を持つ場合もあり、ビートルズの出身地リバプールのスカウス(Scouse)、ニューキャッスルのジョーディ(Geordie)、バーミンガムのブラミー(Brummie)、などがその一例です。

また、社会的地位による英語の違いもあります。代表的なものはコックニー (Cockney)という、ロンドンの労働者階級の人々の話し方があります。コックニーが出てくる映画といえば、『マイ・フェア・レディ』〔*3〕が有名で、コックニー話者の主人公イライザが、言語学者の指導できれいな英語が話せるようになる成長物語なので、映画前半のイライザの英語でコックニー・アクセントが聞けます。

映画に登場する、訓練用の英文を見てみましょう。

(1)
The rain in Spain stays mainly in the plain.
スペインの雨は主に平野に降る。

(2)
In Hartford, Hereford and Hampshire, hurricanes hardly ever happen.
ハートフォードとヘレフォードとハンプシャーではハリケーンは吹かない。

(『マイ・フェア・レディ』より)

コックニーでは/ei/が/ai/になるため、(1)ではrainは「ライン」に、Spainは「スパイン」になるなど、ことごとく/ei/は/ai/になっています。また、語頭の/h/が脱落する性質から、(2)の語頭の/h/はすべて落ち、例えばhurricaneは「アリケーン」のようになります。

このように、同じ地域であっても社会的地位の違いによる変種が存在するのも、イギリス英語の特徴です。最近の映画では『キングスマン』〔*4〕で、下町の集合住宅に住む人々と、高級品を身にまとう紳士集団の話す英語を比べれば、その違いに気付けると思います。

  • 〔*3〕原題『My Fair Lady』。ロンドンの花売り娘が一流の淑女に変貌していく姿を描いた名作ミュージカル。
  • 〔*4〕原題『Kingsman: The Secret Service』。亡き父の後を継いでスパイとなる道を選んだ青年の成長をユーモアを交えて描いた作品。

ウェールズの英語

かつて英語以外の言語が話されていた地域では、RPの特徴も薄くなり、ご当地英語の感じが強くなります。ケルト語やウェールズ語の影響が出るウェールズ英語もその一つで、RPでは発音されない母音の直前ではない/r/も、ウェールズ英語では発音されます。

ロケ地のウェールズの村人も映画内で登場する『ウェールズの山』〔*5〕では、村人の英語に強いなまりが見られます。

例えば(1)のセリフでは、furtherの/r/は弾かれた音ではっきり聞こえ、また/h/が落ちたhereは「エアー」に聞こえます。(2)ではウェールズ語からの借用語で、foolishの意味のtwp(トゥプ)が確認できます。

(1)
Back into England or further into Wales? If it’s rainin’ here, it’s rainin’ more there.
イングランドに戻る?それとも先へ?ここが雨なら、あっちはもっと大雨よ。

(2)
We’re not so twp as to not know that we’re twp.
わしらは自分のアホさが分からんほどアホじゃない。

(『ウェールズの山』より)

  • 〔*5〕原題『The Englishman Who Went up a Hill but Came down a Mountain』。若き地図測量技師アンソンが、ある村の名所が山として地図に載るには高さが足りないことを発見したことで騒動に巻き込まれていく。

スコットランドの英語

ウェールズ英語と同様に、スコットランド英語もRPとは異なる性質を持ち、例えばここでも母音の後の/r/は発音されます。また、thの有声音/d/が/r/のようになる傾向もあるので、thisは「リス」のような感じです。

(1)
Choose washing machines, cars, compact disc players, electrical tin openers.
洗濯機、車、CDプレーヤー、電動缶切りを選べ。

(2)
Try some of this.
これ試してみな。

(『トレインスポッティング』〔*6〕より)

この地域特有の語彙で有名なものには、「アイ・アイ・サー!」の掛け声にあるaye(アイ)があり、これはスコットランドでyesの意味を持つ語です。

また、主要声優陣にスコットランド出身者を集めた『メリダとおそろしの森』〔*7〕では、lass「娘さん」やwee「小さい」など、スコットランドが舞台だと分かる特徴的な語も登場します。

(3)
Aye, you do. You mutter, lass, when something’s troubling you.
そうだ。君は独りごとを言うんだ、悩みがある時はね。

(4)
That’s just a wee sheep’s stomach.
ただの小さな羊の胃袋よ。

(『メリダとおそろしの森』より)

  • 〔*6〕原題『Trainspotting』。90年代イギリスのドラッグに溺れる若者たちの陽気で悲惨な青春を描いた作品。
  • 〔*7〕原題『Brave』。スコットランドを舞台に、自由を愛する王女メリダが、精霊に守られた神秘の森の奥で待ち受ける運命と対峙する姿を描くファンタジー。

北アイルランドやアイルランド共和国の英語

アイルランド島には、イギリス連合王国の北アイルランドと、1949年に独立したアイルランド共和国があり、北アイルランド英語にはスコットランド英語との類似点が(発音などで)見られます。

一方で、アイルランド共和国で話される英語には、アイルランド語の影響が随所に見られます。発音では例えば、/ʌ́/の音があまり聞かれず、下のセリフではluckが「ルック」になるのでlookとの区別がなくなります。

また同作品内に登場するMondayでは、「モンデイ」と聞こえるシーンもあります。

See you, good luck, man.

(『ONCE ダブリンの街角で』〔*8〕より)

文法的特徴では、アイルランド語には英語の完了時制がないため、最近完了した行為や出来事は「after + ~ing」で表すというものがあります。下の(1)や(2)の下線部がその例で、それぞれ標準英語だと「has done」や「has taken」となります。

(1)
Look what your daddy’s after doin’ to my trumpet.
お前の親父が俺のトランペットに何をしたか見ろ。

(『ザ・コミットメンツ』〔*9〕より)

(2)
Teddy O’Donovan’s after taking Mr. Sweeney off us.
テディ・オドノヴァンたちがスウィーニー氏を連れ出した。

(『麦の穂をゆらす風』〔*10〕より)

なお、(2)のO’Donovanという名字に付いている「O’」は、「~の息子」を意味する接頭辞のようなもので、アイルランド系の名字でよく見られます(例:O’BrienやO’Neill)。

  • 〔*8〕原題『Once』。ダブリンの街角で出会ったストリート・ミュージシャンと音楽の才能を持つチェコ移民の女性のラブストーリー。
  • 〔*9〕原題『The Commitments』。ダブリンを舞台に、素人のソウル・バンド、ザ・コミットメンツに集まった若者たちの青春像を描いたドラマ。
  • 〔*10〕原題『The Wind That Shakes the Barley』。20世紀初頭のアイルランド独立戦争とその後の内戦で、きずなを引き裂かれる兄弟と周囲の人々の姿を描く。

異なる英語のコラボを映画で楽しもう

映画では、アメリカ英語とイギリス英語を話す人物同士の会話シーンが少なくありません。両英語の発音を比較する絶好のチャンスなので、例えば次のような会話に注目しましょう。

(1)
Andy: I tried to ask her.(アメリカ英語)
彼女に聞こうとしたわ。

Emily: You may not never ask Miranda anything.(イギリス英語)
ミランダに質問は絶対にダメ。

(『プラダを着た悪魔』〔*11〕より)

(2)
Graham: Amanda, are you by any chance at all into hot chocolate?(イギリス英語)
アマンダ、ひょっとしてココアが好き?

Amanda: As a matter of fact, I’m totally into it.(アメリカ英語)
実は、すごく好きよ。

(『ホリデイ』〔*12〕より)

アマンダのアメリカ英語のt音と、グラハムのイギリス英語のt音を聞き比べてみましょう。

(1)ではaskの母音部分が、Andyの場合は/ǽ/、Emilyの場合は/ɑ́/という異なる音になっています。また(2)では、アメリカ英語で見られる「母音に挟まれたtがラ行の音になる」(例:Let it go→レリゴー)という弾音化の現象で、アマンダのmatterは「マラー」、totallyは「トーラリー」のように聞こえます。

一方でイギリス英語のグラハムのat allでは弾音化が起こらず、/t/音が残っています。他にも『デビル』〔*13〕ではアイルランド英語とアメリカ英語の会話、『ザ・エッジ・オブ・ウォー 戦火の愛』〔*14〕ではRPとウェールズ英語の会話も見られますので、確認してみてください。

  • 〔*11〕原題『The Devil Wears Prada』。ゴージャスなファッション業界誌の舞台裏をコミカルにみせるハートウォーミングな映画。
  • 〔*12〕原題『The Holiday』。恋に破れた2人の女性同士が、家や車を交換する「ホーム・エクスチェンジ」を試み、人生を開花させていくラブストーリー。
  • 〔*13〕原題『The Devil's Own』。北アイルランドの残酷で哀しい現実を背景に、犯罪都市N.Y.で息もつかせぬ展開がおこるサスペンス。
  • 〔*14〕原題『The Edge of Love』。実在したウェールズの詩人ディラン・トマスら男女4人の戦中に生きる愛と友情を描く映画。

まとめ

今回はイギリスやアイルランド共和国を訪れ、各地域のご当地英語をのぞいてみました。最近では、俳優が自分の出身地ではない英語なまりの役も器用にこなすようになり、現地の人々から「うまい!」と評価されることも増えました。

例えば、『ブリジット・ジョーンズ』シリーズでイギリス英語を見事に操ったレニー・ゼルウィガーや、イングランド出身でありながら『ザ・エッジ・オブ・ウォー』でウェールズ英語話者の役を演じきったキーラ・ナイトレイなどです。

このほかにも、『ハリー・ポッター』シリーズや『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズなど、超大作の映画でもイギリス英語が聞けるケースは多いです。ぜひ、なまりや方言という視点からも映画を楽しんでください。


飯田泰弘(いいだや すひろ)
飯田泰弘(いいだ やすひろ)

岐阜大学教育学部助教。趣味である映画鑑賞と、中学校から大学までの教員経験を活かし、映像メディアを活用した英語学習や英語教育を考え、発信している。とりわけ、一般の英語学習書には出てこない実例採取が大好き。言語文化学博士(大阪大学)。専門は英語学(統語論)。

  • 作成:2021年11月4日、更新:2025年2月10日

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