カリフォルニア女子たちが話す「ギャル語」、それが「バレーガール英語」です。英語学者の飯田泰弘さんが、バレーガール英語の特徴やその魅力、映画での具体的な使用シーンに焦点を当て、この独特な英語の背景に迫ります。
目次
はじめに
日本語に方言やなまりがあるように、英語にも国や地域によるさまざまな違いがあります。そこで本連載では、映画を通して普段なじみの少ない英語に触れながら、英語の多様性を考える “バーチャル世界旅行” に出かけたいと思います。世界の英語を知り、映画のツウな鑑賞法も学べるという一石二鳥の旅へと、さぁ出発です。
バレー・ガールの話し方とは
まず旅の出発点は、米国西海岸のカリフォルニア州。そのほぼ中央に位置するロサンゼルス郡にはサン・フェルナンド・バレー(San Fernando Valley)地区があり、ここを発祥の地とする「バレー・ガール(Valley Girl)」と呼ばれる話し方があります。南カリフォルニアの若い女性特有の話し方とされ、良く言えば陽気で気さくな、悪く言えばだらしない印象を与えるものです。さしずめ、“ギャル語” といったところでしょうか。
バレー地区の近くにはハリウッドがあり、映画やドラマの影響で1980年代頃から米国の若者言葉として広がりを見せたため、今ではカリフォルニア女子限定の話し方とも言えなくなりました。一方で、明確な人物描写が求められる映画やドラマでは、「カリフォルニア出身者」のキャラ設定のために、あえてこの口調を使う作品も少なくありません。よって、今回は映画のこの特性を利用して、バレー・ガール英語を概観したいと思います。
映画『クルーレス』の主人公は、カリフォルニアの「バレー・ガール」のイメージ形成に大きな影響を与えた。
バレー・ガール英語の特徴
今回はいくつかある特徴の中でも、バレー・ガールがよく使う語彙と、発音上の特徴に焦点を当てます。具体的には、次のようなものがあります。
特徴的な語彙
like「えっと、~的な」、totally/literally「本当に、とても」、Oh, my god.を頻繁に使う。
特徴的な発音
文の切れ目で音調が上昇調になる。低音のかすれた声で話す。
これらは若者全体にも当てはまることは理解したうえで、では実際の映画のセリフを見てみましょう。
映画で見るバレー・ガール英語:よく使う語彙
まず下は、女子高生がパーティーの計画を練っている会話です。特に必要がない場所も含め、あちこちにlikeが出ていることが確認できます。
Lauren: Well, what have we done so far? Like, we’ve done the whole GI Joe...
これまで何したっけ?ミリタリー風とか・・・
Christina: Maybe, you’ve to, like, dress up, like a dress-up party.
仮装はどう?
Lo: We did the aristocrat party. Like, trophy wife aristocrat.
貴族パーティーでやったじゃん。
Christina: But not like that.
そうじゃなくて。
Lo: Would this be, like, go get, like, a cute new dress?
新しいドレスのお披露目?
(「ラグナ・ビーチ」シーズン1、第1話より)(※1)
likeの多用は若者言葉にありがちですが、特にその使用が頻繁で顕著なのがバレー・ガールだと言われます。同様に、強調の「本当に、とても」としてtotally/literallyをよく使う、些細なことにでもOh, my god.を連呼する、などもバレー・ガールの特徴とされます。
Oh, my God. I am totally buggin’.
ヤバい。完全にパニクっちゃう。(『クルーレス』より)※2
Oh, my God. I literally love Audrina’s style.
ヤバい。オードリナの服が本当に好きだわ。(『ブリングリング』より)※3
これらの表現もその使用自体は珍しくないものの、やはり顕著になるのがバレー・ガールとされます。例えば『ブリングリング』の主人公は高校生たちですが、女子高生とは違い、男子高生が映画内でtotallyを口にするのは一回だけです。
※1 原題「Laguna Beach: The Real Orange County」。2004年9月28日から2006年11月15日までMTVで放映されたMTV史上最高級視聴率を誇った大人気リアリティーショー。
※2 原題「Clueless」。1995年公開のアメリカの青春コメディ映画。90年代ティーンのライフスタイルを描いたキュートな作品として人気を博した。
※3 原題「The Bling Ring」。2013年公開の異色の青春映画。ハリウッドセレブに羨望のまなざしを向ける若者たちが、遊び感覚でセレブ宅に侵入し窃盗を繰り返すさまを描く。
バレー・ガール英語をうまく利用したシーン
映画では、バレー・ガール英語の特徴がうまく生かされたシーンもあります。
- Fk off, for sure! Like, totally!
分かったよ!勝手にしろ!(『ヴァレー・ガール』より)(※4)
- Hey, maybe there’s, like, a sorority you could, like, join instead, like?
ねぇ、勉強会よりお遊び会に行けば?(『キューティ・ブロンド』より))(※5)
1では、バレー・ガールにフラれたハリウッド地区出身の男子が、皮肉を込めてlikeとtotallyを使っています。2では東海岸の法学部生が、パーティー好きのバレー・ガールをバカにする目的でlikeを連呼しています。これらはいずれも、バレー・ガールに対するステレオタイプ的な印象から来るものと言えます。逆に次のシーンでは、バレー・ガール英語が面白いジョークとなっています。
Lady: We thought she’d be the first to walk down the aisle, and now she totally adrift.
女性:彼女が最初に嫁に行くと思ったけど、今じゃ完全に残りものだわ。
Magot: Totally .
マーゴット:マジっすね。(『キューティ・ブロンド』より)
1つ目のtotallyは一般的な強調用法ですが、2つ目はバレー・ガール英語で「同意」を表すtotallyで、異なるtotallyの掛け合いが笑えるシーンを生み出しています。
※4 原題「Valley Girl」。1983年公開のラブコメディ。ロサンゼルスの郊外に住むお嬢様が偶然出会ったパンク少年に一目ぼれをしてしまうストーリー。
※5 原題「Legally Blonde」。2001年公開のアメリカのコメディ映画。陽気で派手好きなブロンド美女が、政治家志望の彼を振り向かすために、目標に向かって奮闘するストーリー。
映画で見るバレー・ガール英語:よく見られる発音
若者やバレー・ガールの話し方には、文の切れ目で上昇調になるという特徴があります。
I’m just going to visit Stephen at the surf shop really quickly (↑), before I come get you (↑), but, it’ll probably be around, like, 8:30, 9:00 (↑).
まずスティーブンの店に寄ってぇ、それからそっちに行ってぇ、8時半か9時ってとこ。 (「ラグナ・ビーチ」シーズン1、第1話より)
このようなイントネーション・パターンは、本来はYes/No疑問文の文末などに限られますが、平叙文でも現れるのがバレー・ガールの傾向です。上昇調には話がまだ続くことを暗示する機能があるため、きっぱりと言い切らない感じが出て、自信のなさや間延びした印象を与えます。
他にも、低音でかすれた声で話すという特徴もあります。この話し方をする有名人にはパリス・ヒルトンがよく挙がります。彼女は映画やドラマにも(時に本人役として)出演しているので、彼女の話し方を注意深く聞いてみましょう。
映画ならこんなシーンに注目
最後に、映画でバレー・ガール英語を見つけるためのお薦めポイントを挙げます。
- 南カリフォルニアの女子のセリフ
- 仲のいい女子が複数人で会話するセリフ
- お金持ちで、お高くとまっている女子のセリフ
1は、やはりLA以南の地域や出身者が登場すれば、バレー・ガール英語に出会える可能性が上がります。2に関しては、バレー・ガールも四六時中おなじ話し方ではないので、親や教師との会話ではなく、友人同士でガールズトークをするシーンがねらい目です。
最後の3の理由には、バレー地区は比較的裕福な家が多く、バレー・ガールは「親のすねかじりで優雅に暮らす、パーティー好きなお嬢様」という印象が強いことがあります。実際に、『ヴァレー・ガール』では「お上品でムカつく」とバレー・ガールが罵られ、『ラグナ・ビーチ』(シーズン1、第2話)では「パーティーざんまいで、親の金で遊ぶ子たちの生活から離れたい」という発言が出てきます。逆に言えば、そういうキャラ設定の人物が出てくればチャンス到来というわけです。
なお、この地域の若者のリアルな英語を体験するには、台本がある映画やドラマよりも(上記『ラグナ・ビーチ』のような)リアリティ番組がお薦めですが、誇張された描写がなくなる分、ステレオタイプ的で分かりやすいバレー・ガール英語は見つけにくくなります。
まとめ
今回は地域差のみならず、世代や性別までも関わるバレー・ガールの話し方を観察しました。映画では誇張した描写も出てきますが、もちろんこの地域のすべての女子に当てはまるものではないので、偏見につながる見方は避けましょう。むしろ、興味深い若者文化の一例として考えれば、このちょっと癖のある英語から、映画やドラマがより一層楽しめるようになります。