
映画やドラマ作品に登場する、「教科書の英語」とは違うアクセントや表現に焦点を当てる連載第3回。英語学者の飯田泰弘さんと一緒に、英語文化の多様性について考えます。今回はアジア諸国が舞台です!
はじめに
映画と英語で世界を巡る旅、今回の目的地はアジア諸国です。インドを中心に、シンガポールやフィリピンへも立ち寄ります。
インドは、Bollywood(Bombay + Hollywood)という言葉があるほど映画産業が盛んで、pajamasやshampooなど、実はインド諸語語源の英単語が私たちの身の回りにたくさんあります。
前回までは英語圏(アメリカやオーストラリア)のなまりでしたが、今回は非英語圏のアジアの英語なまりをご堪能下さい。
◆「映画で旅するご当地英語」これまでの記事を読む◆
インド英語の特徴:発音や文法
「インド英語は聞き取りづらい」と感じる人は少なくありません。その理由のひとつは会話のテンポの速さで、全体的に非常に早口です。また、ヒンディー語の影響で、イントネーションの上下が激しく起こります。
これらが合わさり、早口かつ、軽快な上下移動が連続するインド英語は、さながら英語発音のジェットコースターに乗っている感覚で、不慣れな人には英語かどうかさえ分からないほど特徴的です。
発音上の特徴もたくさんあります。まずインド英語では、スペル上の「r」はスペル通り、かつ巻き舌で発音されるので、例えばserviceは「サルヴィス」といった感じです。
さらに、舌先を反らせ、口内の天井を弾くように発音する「そり舌音化」と呼ばれる現象が頻繁に起こるので、インド英語はよく巻き舌でしゃべっている印象になります。
では、具体的に見てみましょう。インド英語では、/θ/の音が/t/に、/ð/が/d/になる傾向があります。そして/t/や/d/の発音は「そり舌音化」により、粘っこく、こもった音になるので、例えば映画『ミリオンダラー・アーム』〔*1〕の下のセリフでは、thingsは「ティングス」に、thanは「ダン」に聞こえます。
You know, here in India, we do things a little differently than in the U.S.
インドと米国では勝手が違うんだ。(『ミリオンダラー・アーム』より)
アメリカとインドでの「予定通り」に対する感覚の違いに戸惑う主人公のJB。「here=ここ」という言葉の意味の食い違いに注目。
さらに、/w/が/v/になる特徴もあります。映画『ベッカムに恋して』〔*2〕のなかで、姉妹が民族衣装サリーの採寸をしているシーンを見てみましょう。
【(1) 姉の採寸】
Pinky: I want my choli more fitted. That’s the style, innit?
チョリをぴっちりさせたいの。それが素敵よね?Designer: Yeah, yeah. Make it thirty-four and half.
そうね、34.5に。【(2) 妹の採寸】
Designer: So, bust: thirty-one.
じゃ、バストは31ね。Jess: No, it’s too tight. I want it looser.
もっとゆるく。Mother : Dressed in a sack, who’s going to notice you, huh?
そんなズタ袋で、誰が注目するのよ?Designer : Don’t worry. One of our designs, even these mosquito bites will look like juicy, juicy mangos. Around the bust: twenty-seven. The waist: twenty-seven.
大丈夫。私のデザインで、ペチャパイも熟れたマンゴーになる。胸囲27。ウェスト27ね。(『ベッカムに恋して』より)
この会話では、まずthirtyが「タッティー」になり、そして/w/が/v/になる結果、thirty-oneは「タッティー・ヴァン」に、waistが「ヴェスト」に聞こえます。文法的な特徴も見られます。(1)ではisn’t itがなまったinnitがありますが、よく文末にisn’t it、no、correctを付けて、「ですよね?」とするのはインド英語の特徴です。また(2)では、juicyが2度繰り返される箇所がありますが、同じ単語の反復で「強調」を表すのも特徴的で、同作品ではsmall small skirts「とても短いスカート」も登場します。
- 〔*1〕原題『Million Dollar Arm』。インド初のメジャーリーガーを発掘したスポーツエージェント、JB・バーンスタインの実話を映画化したコメディドラマ。
- 〔*2〕原題『Bend It Like Beckham』。人気サッカー選手デビッド・ベッカムに憧れるインド系英国人の少女が、サッカー選手を目指す青春ドラマ。
映画でインド英語なまりを味わうには
/w/と/v/の混同は、『ホテル・ムンバイ』〔*3〕でも確認でき、ホテルスタッフが「Vernier Dejeune(ヴァン・デジョン)」という言葉をWanjidonやWerdijanのように/w/でしか発音できず、上司に何度も叱(しか)られます。
また『マダム・イン・ニューヨーク』〔*4〕では、英語が苦手な母親が、jazzをjhaaazと発音して子どもにバカにされ、逆に、この母親は運転手の若者がgiftをgiptと発音したことを注意するシーンがあります。これらはそれぞれ、/æ/が/ɛː/と伸びる、/f/が/p/になる、というインド英語の傾向が出たためのものです。
このようにインド英語なまりを、叱られたり、バカにされたり、注意されたりするシーンでは、「本当の発音はこうよ」と、標準英語とインド英語の比較がなされるケースが多いです。映画で英語の違いを聞くにはもってこいのシーンなので、耳をそばだてましょう。
- 〔*3〕原題『Hotel Mumbai』。2008年のインド・ムンバイ同時多発テロでテロリストに占拠されたタージマハル・パレス・ホテルでの人質脱出劇を映画化。
- 〔*4〕原題『English Vinglish』。インド人主婦が一念発起し、英語が苦手というコンプレックスを克服して誇りと自信を取り戻していく姿を描いたドラマ。
インド英語の特徴:語彙
冒頭で触れたpajamasやshampoo以外にも、インド起源の英単語には、avatar、bandana、bungalow、khaki、など多くのものがあります。
対応する標準英語がないケースもあります。例えばchai「チャイ」は、砂糖とミルクで煮立てた、濃くて甘いミルクティーのことです。『モンスーン・ウェディング』〔*5〕ではchaiの注文後に、「砂糖なしで」と指示するシーンがあります。
lakh「10万」やcrore「1000万」という単位を表す単語も、標準英語には存在しません。「クイズ$ミリオネア」の名で日本でもヒットしたTV番組を題材にした映画『スラムドッグ$ミリオネア』〔*6〕で、クイズの司会者が話すセリフをご覧ください。
Jamal Malik. Call center assistant from Mumbai. Chai wallah. For two crore... Twenty million rupees.
ジャマール・マリク。ムンバイのコールセンター・アシスタントで、お茶くみ。2000万、2000万ルピーに挑戦です。(『スラムドッグ$ミリオネア』より)
two croreが「2000万」の意味であることは、司会者が20 millionと言い換えをしていることから分かります。なお、wallahも「~の従事者」というご当地英語で、chai wallahは日本でいう「お茶くみ」あたりです。
主人公が2000万ルピーに挑戦するシーン。クイズの司会者のセリフを注意して聞いてみましょう。
- 〔*5〕原題『Monsoon Wedding』。パンジャーブ地方出身者の伝統的な結婚式を舞台にしたドラマ。さまざまな登場人物の愛の形が描かれる。
- 〔*6〕原題『Slumdog Millionaire』。一夜にして億万長者となるチャンスをつかんだスラム育ちの青年の運命と過酷な半生を描いた人間ドラマ。
インド特有の非言語コミュニケーション?
ジェスチャーでも興味深い話があります。日本では「はい」の意味では首を縦に振り、「いいえ」では首を横に振るのが一般的です。しかしインド人は、「はい」の意味で首を「横」に振ることがあるようです。
『ミリオンダラー・アーム』では、インドの農村出身の若者が米国のホテルで、話の内容を理解した様子なのに、首を「横に」振ったので米国人が困惑するシーンがあります。また『スラムドッグ・ミリオネア』でも、司会者にFinal answer?と聞かれた解答者が、首を横に振ってから「同意」の意味でFinal answer.と返す様子が一度映ります。
特殊な「発音」や「しぐさ」を確認できるのは、小説や英字新聞にはない、映画ならではの醍醐味(だいごみ)です。ぜひ実際のシーンをご覧ください。
シンガポールやフィリピンの英語
シンガポールは、中国系やマレー系に加えてインド系の人々も居住しているため、話される英語にもインド英語との類似点が見られます。すでに紹介したものでは、/θ/の音 が/t/に、/ð/が/d/になる発音や、強調のために単語を反復するという文法などです。
一方で、マレー語や中国語の影響を受けた「口語シンガポール語」は、他国の人には通じないと言われるほど独特で、Singlish(シングリッシュ)とも呼ばれます。特筆すべき点は、語尾や文末にlahという、日本語の終助詞「~ね、よ、さ、ぞ」のようなものが付くことです。これは強調や確認を表し、うちとけた雰囲気を出すとされます。
映画『フォーエバー・フィーバー』〔*7〕では、次のようなやり取りが出てきます。
OK lah. So I see you tomorrow same time again? Dance class lah.
わかったわ。じゃ、明日も同じ時間ね? ダンスよ。(『フォーエバー・フィーバー』より)
一方フィリピン英語では、/z/が/s/になるという発音上の特徴があります。『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド』〔*8〕では、警察学校の教官がUse your nose.を「ユース・ユア・ノース」、Use your eyes.を「ユース・ユア・アイス」のように発音します。現地のタガログ語に/z/の音がないための現象とされますが、「アイズ(eyes)」が「アイス(ice)」になってしまうと、すごい勘違いをしてしまいそうです。
- 〔*7〕原題『Forever fever』。70年代を舞台に、ダンスに熱中する若者たちの姿を描く青春ドラマ。
- 〔*8〕原題『Kinatay』。マニラの闇社会で底知れぬ地獄を垣間見ることになった青年の不安と恐怖を生々しく描いた物語。
まとめ
前回までの英語が母語(または第1言語)である地域を離れ、今回は英語が第2言語や公用語であるアジア諸国の英語を概観しました。かなりクセがあると感じたかもしれませんが、非英語圏のアジアで話される英語といえば、日本人が話す英語も同じです。
例えば日本人の英語では、より楽に発音できるように、母音を追加する傾向があります(book→booku、hand→hando)。『バトルシップ』〔*9〕でも、浅野信忠さん演じる日本人が、普段は奇麗(きれい)な英語を話すのに、あえて日本語なまりを披露する時にsummer campをsummer campuと発音し、米国人の友人が聞き取れないというシーンがあります。(DVDの英語字幕もここだけcampuです)
やはり英語を外国語として話す場合は、各国それぞれの事情に合わせた影響が出るのは当然で、それがゆえに、昨今はWorld Englishesという言葉がよく使われるのです。
- 〔*9〕原題『Battleship』。エイリアンの侵略部隊と各国の連合艦隊が洋上で激闘を繰り広げる姿を描くアクション大作。
- 作成:2021年10月7日、更新:2025年2月10日
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