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傑作ブロードウェイミュージカル待望の映画化作品『イン・ザ・ハイツ』

FILMOSCOPE【2021年8月号】

気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に長谷川町蔵さんが解説します。

今月の1本

『イン・ザ・ハイツ』(原題:In the Heights)をご紹介します。

※動画が見られない場合はYouTubeのページでご覧ください。

アメリカ、ワシントンハイツ―祖国を遠く離れた人々が暮らすその街は、いつも歌とダンスであふれている!そこで育ったウスナビ(アンソニー・ラモス)、ヴァネッサ(メリッサ・バレラ)、ニーナ(レスリー・グレース)、ベニー(コーリー・ホーキンズ)の4人は、仕事や進学、恋につまずきながら、それぞれの夢を追っている。ある真夏に起こった大停電の夜、彼ら4人の、そして熱い絆でつながるワシントンハイツの人々の運命が、大きく動き出す―。

NYの片隅「ワシントンハイツ」で夢を追い求める若者4人の物語

もし君がニューヨークの目抜き通り「Broadway(ブロードウェイ)」を、タイムズスクエアから北に向かって歩いていったとしたら、まず大学街が、次に黒人街として有名なハーレムが目に飛び込んでくることだろう。さらに北上すると155 丁目を境に雰囲気ががらりと変わるはず。街並みはぐっとカラフルに、行き交う人々が話す言葉はスペイン語ばかりになるのだ。

この地域の名は「Washington Heights(ワシントンハイツ)」。コロンビアやプエルトリコ、キューバ、メキシコなどからの移民や、その子どもたちが住み着いて、独特なコミュニティーを形成している。

『イン・ザ・ハイツ』は、プエルトリコ系移民の二世として、ここで生まれ育った劇作家リン=マニュエル・ミランダが創り上げたブロードウェイミュージカルの映画化作品だ。挿入歌はマンボやサルサ、メレンゲといった中南米産ポップミュージックのミクスチャー。ダンスもラテン系のステップをベースにしたものだ。老若男女問わず、それぞれ魅力的な出演者(もちろんほとんどがヒスパニック系)はこうした歌とダンスを通じて、この街が育んだ文化を全身全霊で賛美してみせる。

一方でミランダは、物価・家賃の上昇や貧富の拡大、「Dreamer(ドリーマー)」と呼ばれる幼年期に不法移住してきた子どもに立ちはだかる法規制など、これまでエンタメ作品で描かれることがなかったコミュニティーの問題も饒舌に語っている。劇中曲にバラードより歌詞の情報量が多いラップチューンが多い理由は、問題が多岐にわたっていて、複雑だからだ。

しかし、一般的なラップ曲の主要トピックであり、このエリアが抱える深刻な問題でもあるドラッグやギャング紛争について一切触れられていないことに注目してほしい。それどころか本作には悪役が一人も登場しないのだ。理由はシンプル。「僕らはニューヨークの片隅で毎日を真剣に生きている」という事実こそを、ミランダが観客に伝えたかったからに違いないのだ。

『イン・ザ・ハイツ』(原題:In the Heights)

『イン・ザ・ハイツ』

(C)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
Cast & Staff

監督:ジョン・M・チュウ/製作:リン=マニュエル・ミランダ/出演:アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンズ、レスリー・グレース、メリッサ・バレラ、オルガ・メレディスほか/7月30日(金)全国ロードショー/配給:ワーナー・ブラザース映画

wwws.warnerbros.co.jp

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年8月号に掲載した記事を再編集したものです。

長谷川町蔵(はせがわ・まちぞう)ライター&コラムニスト。著書に『あたしたちの未来はきっと』(タバブックス)、『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワーブックス)、『文化系のためのヒップホップ入門3』(アルテスパブリッシング)など。