ENGLISH JOURNAL ONLINE

勉強しているのに英語力が伸びない人は「エコーチェンバー」現象が原因かもしれない

茂木健一郎さん

『ENGLISH JOURNAL』50周年を記念して、『ENGLISH JOURNAL』「ENGLISH JOURNAL ONLINE」の執筆陣に、「英語学習のこれまでとこれから」というテーマで寄稿していただきました。脳科学者で作家の茂木健一郎さんは、「語学において大切だけれど抜けてしまいがちなこと」を語ってくださいます。

英語上達のコツ

英語学習にとって大切な要素の一つは、英語圏の文化に幅広く触れることである。

私自身の経験を振り返っても、言葉としての英語の単語、文法などと同じかあるいはそれ以上に、英語という文化、英語圏のさまざまな事象に興味を持つことが英語上達の秘訣(ひけつ)だった。

ENGLISH JOURNAL』は、1971年の創刊以来、日本の英語学習において、英語、英語圏の文化を幅広く紹介することで、学習者の英語習熟を手助けしてきた。私もまた、中学生のときに初めて『ENGLISH JOURNAL』を手に取り、以来、その記事からさまざまなことを学んできた。

1982年に始まった「1000時間ヒアリングマラソン」や、1998年開始の「英辞郎 on the WEB*1、そして2020年に開設された「ENGLISH JOURNAL ONLINE」など、アルクが取り組んできたさまざまなことが、英語を習得する上で必要な英語圏の文化の理解に貢献してきたと思う。

『愛と青春の旅だち』で学ぶ文化的背景

英語を学ぶ上で、その文化的背景を知ることが大切なことを示す一つの例として、1982年に日本で公開された映画『愛と青春の旅だち』を取り上げたい。

士官学校に入学するザック・メイヨ役でリチャード・ギアが出演し、厳しく指導するフォーリー軍曹をルイス・ゴセット・ジュニア、メイヨと恋をする地元の娘、ポーラ・ポクリフキ役をデブラ・ウィンガーが演じたこの映画は大ヒットとなった。

ルイス・ゴセット・ジュニアは、人情味あふれた鬼教官の演技で、アカデミー助演男優賞を獲得。ジョー・コッカーとジェニファー・ウォーンズが歌った主題歌も、アカデミー歌曲賞を受賞している。

今見ても感動する青春映画の金字塔であるが、邦題『愛と青春の旅だち』に対して、英語のタイトルは『An Officer and a Gentleman』(将校、そして紳士)。この一見さらりとしたタイトルの中に、見事に映画の主題が凝縮されている。

複雑な家庭で育ったザックは、一大決心をして士官学校に入るが、教官のフォーリー軍曹は、ザックの性格に弱さがあることを見抜いている。軍隊に入ったときに、自分勝手だったり、仲間のことを思ったりできない者は迷惑をかける。ザックの人間性に問題があることを認知したフォーリー軍曹は、徹底的にしごいて、士官学校を辞めさせようとする。

しかし、ザックは猛訓練に耐え、執拗(しつよう)に学校を辞めろと迫るフォーリー軍曹に対して、「ここ以外に行くところがないんだ!」とものすごい形相で訴える。その決意の強さに、フォーリー軍曹も次第にザックのことを認めていく。

一方、ザックは、パーティーでポーラに出会って付き合うようになるが、女性に対する考え方や、接し方が成熟しているとは言えない。不用意な発言でポーラを傷つけてしまったりする。そんな中、次第に、ザックは一人の人間としてポーラに真剣に向き合っていかなくてはならないのだということを学んでいく。

映画のラストシーンで、見事卒業して将校になったザックは、バイクに乗って、工場で働くポーラに会いに行く。最初は欠点だらけのダメな若者だったザックが、将校(an officer)になると同時に、一人の立派な人間(a gentleman)になった瞬間。このクライマックスで、この青春映画の金字塔は幕を閉じるのである。

『An Officer and a Gentleman』(将校、そして紳士)という英語のタイトルには、以上のような映画のテーマが見事に凝縮されている。そして、そのような表現をするのが、英語の文化であり、英語圏の習慣なのである。

映画のタイトル翻訳から見る英語圏と日本の文化

『愛と青春の旅だち』という日本語のタイトルは、もちろんよく出来ている。映画の配給会社の方々が、一生懸命知恵を絞って、日本のマーケットに合わせて生み出したのであろう。その意味で、このタイトルは、一つの「作品」でもある。

しかし、もし、英語のタイトルを、『愛と青春の旅だち』から逆翻訳して、例えば、「A Departure of Love and Youth」などとしたり、あるいはもう少し工夫してこなれた表現にしたりしても、かなりの違和感がある。英語表現としてはウェットで情緒的に過ぎるからだ。英語のタイトルとしては、「将校、そして紳士」と表現した方が、簡潔でメッセージが伝わる。

同じことは、この映画の主題歌にも言える。日本のマーケットでは「愛と青春の旅だち」というタイトルで紹介されたこの曲の英語のタイトルは、「Up Where We Belong」、すなわち、「私たちが属する上の世界」とでも訳される意味。それぞれ苦しい境遇にあるザックとポーラが、もっと自由に羽ばたける上の世界を目指している、その気持を見事に表現したタイトルになっている。しかし、それを直訳しても、日本語圏ではうまく伝わらないだろう。

このように、映画そのものと主題歌のタイトルだけをとっても、日本語と英語では背景となる文化がまったく異なる。そのような違いを理解できる情報がなければ、英語の学習は進まない。

英語学習における「エコーチェンバー」現象

映画『愛と青春の旅だち』には、日本語と英語の文化の違いを背景にした解説すべきポイントはさらにたくさんある。

その後、たくさんのヒットするドラマや映画が登場し、英語学習者を刺激してきた。また、ベストセラーの書籍や、政治家や文化人などのインフルエンサーの英語表現、その背景についても学ぶべき知識は増えた。

そのような周辺情報を得る手段として、『ENGLISH JOURNAL』「ENGLISH JOURNAL ONLINE」をはじめとするアルクのメディアが果たすべき役割は大きいと思う。

これからの英語学習においては、ますます、英語内部の単語や発音、文法だけでなく、その背景となる文化や社会事象を理解することが大切になってくる。そうした情報が必要な背景には、構造的な必然性がある。

インターネット時代になって、私たちは英語だけでなくさまざまな言語の大量な情報に接するようになった。一方で、多くの人にとって、これまで述べてきたような英語圏の文化、発想に接する機会に必ずしも恵まれていないような印象がある。

ネット上で、自分がすでに好きなもの、共鳴できるものばかりに接してその外には関心がなかなか広がらない「エコーチェンバー」現象が問題になっている。英語学習においても、似たような課題がある。

英単語を覚えたり、文法を学習したりしているのに英語力が伸びないという悩みのある人は、ぜひ、より広い視点から、英語という文化、英語圏の社会事象に興味を持ってほしいと思う。

私自身、『ENGLISH JOURNAL』などでそのような情報を得つつ、日米学生会議に参加して議論したり、ケンブリッジ大学に留学したり、TEDに参加したりといった経験を通して、徐々に自分の英語の実力を伸ばしてきた。

今私は、英語で論文を書くだけでなくて、英語で一般向けの本を書いて、ロンドンをはじめとする英語圏の出版社から出せるところまで来ているけれども、私自身の英語の旅はまだ終わっているわけではない。これから、5年後くらいには、さらに多くの英語のメディアの中で自分の表現の場を広げていきたいと考えている。

そのためにも、英語圏の文化的な滋養をこれからも取り入れていきたい。『ENGLISH JOURNAL』「ENGLISH JOURNAL ONLINE」はその良き友となってくれるだろう。

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コミュニケーションにおける「アンチエイジング」をせよ。「バカの壁」があるからこそ、それを乗り越える喜びもある。日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。別の世界を知る喜びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味がある。英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ。――茂木健一郎

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※トップ画像の茂木健一郎さん写真:山本高裕(編集部)

*1:「英辞郎」は道端早知子氏の登録商標です。

茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
Twitter:@kenichiromogi