『ENGLISH JOURNAL』50周年を記念して、『ENGLISH JOURNAL』「ENGLISH JOURNAL ONLINE」の執筆陣に、「英語学習のこれまでとこれから」というテーマで寄稿していただきました。シェイクスピア研究者で大学准教授、自称「不真面目な批評家」の北村紗衣さんは、ご自身の体験から「コミュニケーション」について語ってくださいます。
英会話が苦手なまま大学院留学で初渡英
私は今でこそ、シェイクスピア研究者などという、 英語を日常的に使う仕事 をしていますが、北海道の田舎で育ったため、子どもの頃は学校やテレビの教育番組、映画や洋楽など以外で ナチュラルな英語の会話に触れられる機会はほぼありませんでした 。21世紀の現在と違ってiTunesもYouTubeもなく、無料でネイティブスピーカーの英語を聞ける機会は段違いに少なかったのです。
高校を卒業して東京に出てからはもう少し英会話に触れる機会も増えましたが、大学院博士課程で 留学するまで一度もイギリスに行ったことがなく、英語を聞いたり話したりすることはとても苦手 でした。
この記事では、そんな私がどうやってイギリス生活で即死しなくて済む程度には英語でのコミュニケーション方法を身に付けることができたのかを書きたいと思います。
演劇が専門なのに英語が聞き取れない!
イギリスに行ったときに特に きつかったのは、私の研究分野が演劇ということ でした。シェイクスピア劇を研究するからには取りあえず劇場で芝居を見なければなりませんし、もちろん全部英語の演目です。 聞き取りができないと相当つらい 分野ですが、私はリスニングがそんなに得意ではありませんでした。
さらなる問題は、私はもともと 日本語ですらよく知らない人との対面コミュニケーションがほとんどまともにできないくらい社交スキルがない ということです。親しい人であればいくらでも話せるのですが、親しくない人とあいさつするとか、テーマのない会話をするとかいうことがとても苦手でした。
初めてイギリスに行くのですから知っている人はまったくいませんし、そんな性格で第二言語での会話なんてできるわけがありません。
わからなくても、だからこそ、形から入る
そんな中で私が英語とイギリス生活に少しでもなじむためにやったのが、形から入ることです。
お芝居を見に行ったら、 英語がよくわからなかろうと、ジョークがあまりぴんとこなかろうと、みんなが笑っているところで必ず周りに合わせて笑う ようにしました。
イギリスの劇場の学生料金は安かったので、週に1、2回くらいはお芝居に行っていました。事前に台本を読んでいるシェイクスピア作品はともかく、地方が舞台の方言のお芝居とかはほとんど英語がわからないこともありましたが、そんなときでも必ずみんなが笑っているところでは笑うようにしました。
これを1年くらいひたすら続けていると、どういうわけだか 多少英語がわかるようになり、さらにジョークの面白いところも少しずつわかるようになりました 。
イギリスやアイルランドの人たちのユーモア感覚は日本と相当に違い、日本だと笑いが起きないようなところでみんなが笑うことがあります。そういう機微も、周りをまねて笑い続けているとだんだんわかるようになってきます。
このため、現在では私は学生と一緒に授業で映画や舞台のDVDを見ていて、一人だけみんなが笑わないところで爆笑して怪しまれたりすることがあります。
ずいぶん変な学習法だと思う人もいるかもしれませんが、これは私にとっては自然なことでした。
私はそもそも日本語環境ですら人の感情とかその場にふさわしい振る舞いとかがよくわからない ことがほとんどなので、できるだけ他人をまねることでごまかそうとしていることが結構あったからです。 イギリスでも、周りの人をまねすればなんとかなる のではないかと思いました。
HAL 9000のように笑いを覚える
なんだか不思議な話のように思えますが、よく考えると言葉というのはまねをして覚えるものです。子どもは周りの人の発話を聞いてまねをして覚えますし、もう少し大きくなってから人が 第二言語を学ぶときも教科書やネイティブスピーカーのお手本をまねして勉強 します。
これはひょっとすると言葉のみならずコミュニケーション一般についても言えることなのかもしれません。
私たちは コミュニケーションを人まねで覚えます 。笑いのセンスなどもおそらくは環境から与えられた刺激で身に付けたものでしょう。そう考えると、まねをして笑ってさえいればジョークもだんだんわかってくるというのは、そこまで奇っ怪なことではないのかもしれません。
イギリスのお芝居を見てだんだん笑えるようになってきたときの私は、自分のことをちょっと映画『2001年宇宙の旅』(1968年)に出てきた コンピューターのHAL 9000みたい だと思いました。
HAL 9000は高性能な人工知能で、いろいろな情報を学習し、 人間をまねるうちに自我が芽生えてきます 。周りのまねをするうちにジョークで笑うところがわかるようになった私は、HAL 9000と大して変わりません。
自我や感情を持つようになったコンピューターというのは人間にとって恐怖の対象で、よくSFやホラーに出てきますが、これは 人間自体が周りのまねをするうちに意識を持つようになる存在 だからかもしれません。
まねをするうちに英語を話し、英語のジョークで笑うことを覚えた私は、ハイレベルな人工知能と大して変わりません。
笑いはコミュニケーションのための武装
コミュニケーション下手で、人まねで乗り切ることくらいしかできない私にとって、 笑いは大きな味方 です。
コミュニケーション下手な人は他人を笑わせるのは苦手だとか、あんまりユーモアのセンスがないとか、真面目だとかいう印象を持っている人もいるかもしれませんが、それは大きな間違いだと思います。 事前にきちんと練ったネタを考えて披露するだけなら、コミュニケーションが下手な人でもできるし、場を盛り上げることができます。
ジョークを言って笑ってもらえるとうれしいので、気分よく自信を持って話せるということもあります。私は国際学会で発表するときは必ず、発表に盛り込むためのジョークを考えていきます。
真面目な学会でジョークなんて必要か・・・?と思う人もいるかもしれませんが、実は学会でジョークを言う発表者というのは結構います。特に英語を第一言語としない発表者にとっては、 最初にちょっとジョークを言うと場が和んで話しやすい雰囲気になる ので、笑いは強い味方、コミュニケーションが下手な人にとってぴったりの武装なのです。
もちろん、差別ネタとかすごい自虐ネタ、下品な冗談は学会ではやめた方がいいと思います(学会で議論が白熱して、下品な内容についてものすごく真面目に論戦している研究者たちを見てちょっとおかしくなってしまうということは私の場合、結構ありますが・・・)。それに、学会で披露するジョークは研究発表に絡めたネタになるのでその場以外ではまったくウケない、というか そもそも意味がわからないかもしれないものも多くなってしまうのですが、それでも、たとえ簡単なジョークであっても場を和ませるのに役立ちます。
このため、私は 国際学会の発表原稿を作るときは必ず一生懸命、研究ネタ絡みのジョークを英語で考えて書く ようにしています。
スタンダップコメディアンじゃないんだから、なんでうんうんうなりながらジョークを考えてるんだろう・・・と思うこともありますが、 第二言語でのコミュニケーションの訓練に気を抜かない という点ではこういうことも必要なのだろうと思っています。
自分らしいジョークを書くというのも、コミュニケーションを学ぶことの一環です。
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参考文献
北村紗衣さんのおすすめ記事
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『ENGLISH JOURNAL』の特集 「世界を創ったイギリス文化論」 にもご寄稿いただいています。
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