「血を吸う怪物」から「美しい女性吸血鬼」へ――伝承や文学に表れた妖しきイメージ

怪異・ホラーからみる日本と世界

怪異を通して日本と世界を知る連載「怪異・ホラーからみる日本と世界」(全3回)。公務員として働く傍ら、入手困難さゆえに伝説となった幻の同人誌『日本現代怪異事典』を制作し、のちに商業版を刊行、現在も精力的に怪異・妖怪の収集を続ける朝里樹さんが、日本と海外のホラーを比較・考察します。今回のテーマは「吸血鬼」!吸血鬼伝説はどのように変遷してきたのでしょうか?

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現在の「吸血鬼」のイメージはどこから?

吸血鬼と聞いて想像するものは人によってさまざまだろう。

吸血鬼という言葉自体が、吸血行為を行う怪物全般を指す言葉として使われている。そして血を吸う怪物は各国の地域、文化ごとにさまざまな姿や特徴を持っており、簡単に網羅できるものではない。

そのため、ここでは日本でもなじみ深い吸血鬼、すなわち文学や映画、漫画などの創作物に頻繁に登場し、「青白い肌で長い牙を持つ、西洋風の美形の貴族」というようなイメージで、しばしば「ヴァンパイア」と呼称される吸血鬼について、そのイメージがどのように生まれたのか、考えてみたい。

西洋に伝わる「血を吸う怪物」の伝承

まず、血を吸う怪物の伝承は世界中に古くから残されている。

ヨーロッパだけで見ても、ギリシャ神話には子どもを襲い、血や肉を食らう半人半蛇の怪物「ラミア」が語られているし、古代ローマの伝承には鳥に変身し、眠っている赤子の血を吸う「ストリガ」が登場する。

しかし現在イメージされる、正体がよみがえった死体で、十字架などを弱点とする、といった特徴を持つ吸血鬼が登場するのはもう少し後の時代になる。

ジャン・マリニー著『吸血鬼伝説』によれば、死者が生前のまま墓から抜け出して歩き回っているという噂が流れ始めたのは、11世紀以降であるという。

また12世紀のイギリスでは、ローマ=カトリック教会から破門された死者が墓から夜な夜なさまよい出て生者を苦しめたという話が記録されており、その死者は「血を吸う死体」と呼ばれていた。

そして14世紀にはペストの流行により満足に生死が確認されないまま埋葬される死体が増えた。これらは棺桶の中で目覚めた際、自分の置かれた状況からなんとか逃れようともがき苦しみ、自らを傷付けたと予想される。

しかしこのような棺桶の中身を見た人々は、よみがえった死者が自分の体を食ったと見なし、これがよみがえる死者としての吸血鬼信仰を助長するようになったという。

16世紀には吸血鬼は特殊な霊力を持つものと考えられるようになり、「悪魔の手先」という認識が広がり始める。

このような吸血鬼を見たという証言が、中世には西ヨーロッパで、16世紀には東ヨーロッパで広まった。

そして18世紀になると、科学的に吸血鬼信仰を分析してその正体を究明しようと、さまざまな論文が発表された。

そしてこの時代、ドイツやフランス、イギリスなどで「VANPIR」「VAMPYRE」といった言葉が公的な記録に残されていることがわかっている。

この「ヴァンパイア」という呼称は、18世紀後半に吸血鬼を表す言葉として普及した。

またこの18世紀以降、吸血鬼はよみがえった死者であり、夜になると墓から出て人の血を吸い、血を吸われた人間も吸血鬼になる、という特徴が統合されたという。

文学に登場する女性の吸血鬼

そしてこの吸血鬼の伝承は、文学の題材としても人気を集めた。これが現代の吸血鬼像に大きな影響を与えることになる。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの「コリントの花嫁」(原題“Die Braut von Korinth”、1797年)、ロバート・サウジーの「タラバ、悪を滅ぼす者」(原題“Thalaba the Destroyer1801年)などでは、女性の吸血鬼が登場する

タラバ、悪を滅ぼす者

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初期の吸血鬼文学において、女性吸血鬼が登場するものは多く、サミュエル・テイラー・コールリッジの「クリスタベル」(原題“Christabel”、1816年)では生命力を吸う美しい女性吸血鬼、ジェラルダインが登場する。

この「クリスタベル」は、後に紹介するポリドリの『吸血鬼』(原題The Vampyre、1819年)やメアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』(原題Frankenstein、1818年)を語る上でも重要な役割を果たすのだが、これについては次回解説する。

またテオフィル・ゴーティエの「死霊の恋」(原題“La Morte Amoureuse、1836年)には、人間の男と恋をする高級娼婦の吸血鬼、クラリモンドが描かれている。

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そしてこの女性吸血鬼の系譜は、さまざまな要素を取り込みつつ、日本でもよく知られた名作、レ・ファニュの小説『カーミラ』(原題Carmilla、1872年)の吸血鬼、カーミラへと続いていくことになる。

女吸血鬼カーミラ

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小説、演劇を経て一大「吸血鬼ブーム」に

一方、男性吸血鬼が描かれたものにはジョージ・ゴードン・バイロンの詩「異教徒」(原題“The Giaour”1813年)などがあるが、数は少なかった。

しかし、このバイロン卿の付き人であったジョン・ポリドリが、バイロン卿が未完の状態で残した「断章」(原題“Fragment of a Novel”、1819年)を基に、先述の小説『吸血鬼』を書いた。この小説は後の吸血鬼文学に多大な影響を与えたことで知られている。

この作品の吸血鬼であるルスヴン卿は、美形で貴族的な容貌、振る舞いをし、幾度死んでもよみがえるという特徴を持っていた。

この小説は演劇の題材にもなり、ヨーロッパで吸血鬼ブームを巻き起こした

また『吸血鬼』の影響を受けて誕生した吸血鬼の1人に、『吸血鬼ヴァーニー』(原題Varney the Vampire、1845~47年)に登場するフランシス・ヴァーニー卿がいる。

何冊もの小説にわたって活躍が描かれたこのヴァーニー卿において、牙を持ち、犠牲者の首に二つの刺し傷を残すといった、後の吸血鬼に見られる特徴が登場した

そしてこれらの先行作品に影響を受け、アイルランドの小説家ブラム・ストーカーが『ドラキュラ』(原題Dracula、1897年)を書き上げる。

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)

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この小説に登場するドラキュラ伯爵は、後の世で吸血鬼というキャラクターの代表となった。日本もその一つであり、ドラキュラの名前が吸血鬼そのものを表す言葉として認識されている例も見られる。

この『ドラキュラ』は、ストーカーの死後、1924年に舞台化され、ここでドラキュラ伯爵が黒い夜会服と袖なしマントを身に着けることになった。これは現代でも吸血鬼を表す記号としてよく使われる。

さらに1927年にはロンドンで再演され、すさまじい大ヒットになって海を渡り、ブロードウェイでも上演されることとなる。このときドラキュラ伯爵を演じたのがハンガリー出身の俳優、ベラ・ルゴシであった。

ルゴシはユニバーサル・スタジオで制作された映画『魔人ドラキュラ』(原題Dracula、1931年)でもドラキュラ役を務めたが、この映画も大ヒットとなり、これ以降、ドラキュラは何度も映像化された。

そして現代日本の吸血鬼像もこのドラキュラの影響を多大に受けていることは、言うまでもないだろう。

このように、吸血鬼は伝承から文学、そして映像作品へとイメージを変遷させながら受け入れられてきた

そして彼らは現代において日本はもちろん、世界中で愛され、多くの新しいキャラクターを生み出している。これからも、さまざまな吸血鬼が生まれ、愛されていくことだろう。

第3回は2021年5月12日(水)に公開予定です。お楽しみに!

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朝里樹(あさざと いつき)1990年、北海道生まれ。2014年、法政大学文学部卒業。日本文学専攻。現在は公務員として働く傍ら、在野として怪異・妖怪の収集・研究を行う。またこれに関連して、『日本現代怪異事典』(笠間書院)ほか、怪異・妖怪に関係する書籍の執筆等をしている。