正しく日本語訳するだけでは不十分。出版翻訳者に求められる資質とは?

出版翻訳のいろは

連載「翻訳コーディネーターが徹底解説!出版翻訳のいろは」では、株式会社トランネットの代表取締役で翻訳コーディネーターの上原絵美さんが、自身のご経験を基に、出版翻訳のお仕事について紹介します。第1回では、お仕事の内容からプロの出版翻訳者になる方法まで、「出版翻訳の基本」を解説します。

私が翻訳コーディネーターになるまで

初めまして。株式会社トランネットの上原と申します。

弊社はインターネットの普及をきっかけに2000年に創業した出版専門の翻訳会社です。翻訳案件の受注、翻訳者へのお仕事のご紹介、翻訳作業終了までのサポートといったコーディネートを主な業務としています。

私は大学時代の就職活動に大失敗し、仕事が決まらないまま大学を卒業。アルバイトをしながら仕事を探していて、2004年にトランネットに入社しました。

ENGLISH JOURNAL ONLINEの読者の皆さまには怒られてしまいそうですが、就活時に私が目指していたのは「出版界」で、翻訳に関わるつもりなどサラサラないままこの業界に飛び込んでしまいました。

英語は中学時代から好きでしたし、高校、大学ではドイツ語も少し勉強しましたが、帰国子女ではありませんし、留学したこともありません。生まれてから今までずっと日本で生活してきました。

高校時代に「映画字幕の翻訳者になりたい!」と思っていた時期はありますが、翻訳について専門的な勉強をしたことはありません。出版翻訳という言葉を知ったのすら入社してからというありさまです。

そのため、私がご説明する「出版翻訳」は、思い出すと血の気の引くような失敗を山ほどしながら実地で身に付けてきたこと、そして、日本語訳に限定した話とご理解頂ければ幸いです。

出版翻訳にはどんな人が向いている?

翻訳には、大きく分けて産業翻訳と映像翻訳、出版翻訳があります。この中でいちばんアナログなんだろうなぁ、と感じるのが出版翻訳です。

産業翻訳や映像翻訳では翻訳支援ソフトや制作ソフトを使うようですが、出版翻訳ではいまだに、紙にしろPDFにしろ原文を横に置きながら、訳文をWord文書に手打ちしていくのが主流です。

「定型表現が少ないから翻訳支援ソフトがあまり役に立たない」「原文をきれいなテキストデータの状態で頂けることが少ない」など、理由はいろいろありますが、原文がPDFで届いて検索できるようになっただけで感動しているようなアナログ感です。これで何万ワードもある原文をコツコツ、コツコツと訳していきます。

「翻訳」は、会話の言語変換である「通訳」とは違い、訳すべきものは目の前に文字として存在していますし、わからないところがあれば時間が許す限り調べればいいので、極端なことを言ってしまえば、ソース言語については読めれば大丈夫です。

書く・聞く・話すの能力はなくてもどうにかなります。実際私も、英語でのアウトプットはお恥ずかしいくらい下手です・・・。それでもコーディネート作業にはあまり支障はありません。

出版翻訳で大切なのは、原文解釈力、日本語表現力、そして調査力です。

調査力は、原文を正確に理解するため、的確な訳文を考えるためのみならず、固有名詞の訳語や表記を調べたり、ファクトチェック(事実確認)をするためにも必須です。ノンフィクションを訳す場合、作業の半分くらいが調べ物ということもあるので、調査が苦にならない方は出版翻訳向きだと思います。

そして、日本語表現の引き出しをできるだけたくさん持っておくこともとても大切です。出版翻訳では、原文の意味を正しく伝えればそれでいいわけではありません。原文の雰囲気を再現するような日本語表現を考え出したり、出版社が想定している読者や作りたい本のイメージに合わせて訳文を作ったりする必要があります。

原文がカジュアルな文体なのに、かっちりした訳文にしてほしいと言われることもあります。そのため、原文の意味がわかって、正しい日本語に訳せるだけでは不十分で、同じ原文をいかようにも表現できるような文章力が求められます。

日本語表現を熟考しながら数百ページある書籍を訳すのは気の遠くなるような作業ですが、できあがった訳書には、多くの場合、翻訳者の名前がクレジットされます。名前入りの「作品」ができあがるわけです

「書店に自分の名前が入った本が並んでいるのを見て、苦労が吹き飛びました」というご連絡を頂くこともあります。これが、出版翻訳のいちばんの魅力だと思います。

「直訳か意訳か」という問題

出版翻訳で必ず問題になるのが、「直訳するべきか、意訳するべきか」という点です。いろいろな編集方針や翻訳ポリシーがありますから、どちらが正解ということではないのですが、最近、そもそも「直訳」という言葉が不便だなぁ、と感じます。

「直訳」=原文どおりであれば読みづらくてもOK、というわけではないからです。出版翻訳では常に、「読みやすい日本語にする」のが大前提です。

では、出版翻訳における「直訳」とはなんだろう?と考えていて、「出来のいい贋作(がんさく)を作るようなものかもしれないと思い至りました。

パッと見たときの構図や色使いだけでなく、ストロークやタッチもどれだけ原作に寄せられるか。つまり、言葉遣いはもちろん、言語化されていない行間や雰囲気まで極力日本語に置き換えるのが、私が考える「直訳」です。

一方、「細かい言葉遣いにはとらわれず、原書の内容を伝える」ことを最優先するのが「意訳」だとすると、フィクションは直訳寄り、ノンフィクション、特に実用書やビジネス書は意訳寄りのご依頼が多いです。

実用書やビジネス書で大切なのは、細かい言葉遣いよりも、「著者は何を伝えたいのか、説明したいのか」です。そのため、日本人にわかりづらい箇所には原文にない説明を訳文に入れ込む、冗長であれば一部カットする、理解しやすいよう順番を入れ替える、という工夫をすることはよくあります。

もちろん、翻訳者の独断でやっていいことではありませんので、編集者と方針をすり合わせてから行いますが、原文の細かい表現にはとらわれず、原文を読んで理解した内容を日本語で一から書き直すくらいの思い切りが必要なときもあります。

出版翻訳者になるには

大きく分けると3つの方法があります。

紹介

出版翻訳家のお弟子さんになって下訳経験を積んでからデビューしたり、翻訳学校に通って先生の紹介で仕事を受けたりする方法です。実績のない翻訳者に1冊丸ごと任せるのは、出版社としてはなかなか勇気の要ることなのですが、この方法であれば「○○先生の紹介なら間違いないだろう」という安心感があるのだと思います。

売り込み

よく「持ち込み」と呼ばれるもので、自分が訳したい本の資料を作成し、出版社に売り込んでいく方法です。この場合、その本が未邦訳であることが大前提になりますので、翻訳したい本を見つけたら、まずは日本で訳書が出版されていないかどうか必ず確認してください(邦訳があったとしても、絶版になっていれば新たに訳し直せる可能性はあります)。

持ち込みをする際は、書籍の概要と、なぜその本が日本で売れると思うのかというセールスポイント、現地での売れ行き、試訳を付けておくのがおすすめです。

公募

直接紹介してもらうようなコネクションはない、自分から売り込むのも得意でない、という場合は、翻訳者を公募している作品のトライアルを受けるという方法があります。弊社の「出版翻訳オーディション」は、師弟関係や持ち込みという、狭く見つけづらい入り口しかなかった出版翻訳の世界に、誰でも参加できるわかりやすい入り口をつくるために始めたものです。さまざまなジャンルの本のオーディションを開催していますので、ぜひご活用ください。

次回は2021年1月25日に公開予定です。お楽しみに。

あなたの訳文を、上原さんが評価します!

本連載「翻訳コーディネーターが徹底解説!出版翻訳のいろは」の第3回(2021年2月22日公開予定)にて、上原絵美さんが皆さんの日本語訳文を評価します。プロに訳文を見てもらえるチャンス!ぜひチャレンジしてみてください。

【課題文】

“We simply cannot stay closed until the vaccine hits critical mass. The cost is too high. We will have nothing left to open,”

出典: US Changes Vaccine Strategy, WHO Says Herd Immunity Will Not Be Achieved in 2021(VOA News)

【参加方法】

Twitterにて、「#出版翻訳のいろは」を付けて訳文をツイートしてください。

【募集期間】

2021年1月31日まで

上原絵美

上原絵美 神奈川県出身。就職氷河期ど真ん中で仕事が決まらないまま大学を卒業し、ホテル業界でアルバイトをしながら出版に関われる仕事を探していたところ、創業4年目の株式会社トランネットと出合う。その後、翻訳コーディネーターとして400冊以上を担当し、2020年代表取締役就任。