日英マンガ翻訳家に求められる2つのスキルとは?

マンガ翻訳の世界

連載「マンガ翻訳の世界」では、翻訳学校フェロー・アカデミーで「マンガ英訳」の講座を担当されている翻訳家の木村智子さんが、日本のマンガを英訳する難しさと奥深さを紹介します。今回は、マンガ翻訳コンテストでの評価基準やマンガ翻訳家に求められるスキルについて解説します。マンガ翻訳家を目指す方必読です!

はじめに

前回の記事では、他のマンガ翻訳家の方が翻訳された作品を基に、せりふの翻訳について解説しましたが、最終回となる今回は、「マンガ翻訳コンテスト」の審査員を3年務めた経験から感じたことや、マンガ翻訳家の仕事体制と求められるスキルについて書いていきます。

▼前回の記事はこちら!

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「マンガ翻訳コンテスト」って?

「Manga Translation Battle(マンガ翻訳コンテスト)」は、文化庁とデジタルコミック協議会主催の日英マンガ翻訳コンテストで、私は第5回(2017年)から最終回の第7回(2019年)まで審査員を務めました。

mtb7.myanimelist.net

毎年、課題としてジャンルの異なるマンガ3作品が選ばれていましたが、最終回は、英語版ライトノベルの発行点数の増加に合わせて、ライトノベルも課題作品となりました。

最終審査では各作品ごとに3人が残され、その中から作品ごとに優秀賞が1人選ばれます。さらに優秀賞を取った3人の中から大賞が選ばれ、受賞者には応募作品の公式翻訳家としてデビューする道が開かれました。

応募者がいちばん多かったのは英語圏のアメリカ・カナダ・イギリスでしたが、非英語圏のヨーロッパ本土やアジアからの応募も多数ありました。

どんな翻訳が賞を取ったのか?

コンテストの審査員は、私のほかにアメリカ人が3人(マンガ翻訳家2人とマンガジャーナリスト1人)いました。

審査員が重要視した英訳のポイントは 、以下の4つです。

・文法的にきちんとした英語である。

・英語として自然なせりふである。

・キャラクターの個性や作品の雰囲気を英語でも再現できている。

・全体を通して読みやすく、読者が読み進めようと思う英訳である。

結果、第5回から第7回の受賞者は全員英語のネイティブスピーカーでした。

大学在学中に日本語を勉強したり日本へ交換留学に来たりした経験を持つ社会人や、大学院の翻訳コースに在籍中の現役学生の方などがいました。

このため、日本語ネイティブでない故のミスが見られました。例えば歴史もののマンガでは、歴史背景の理解不足による誤訳がありました。

また、トラックの横に書かれた「宅急便」の文字をpostal service(郵便事業)と誤訳している方もいました。

日本在住の読者であれば、絵に描かれている男性の制服の帽子を見て、男性が宅急便の配達員であることがわかります。しかし、海外在住の方だと調査不足なのか、絵の中の情報に気付いてないようでした。

マンガ翻訳家はどんな体制で仕事をするか

英訳マンガは基本1人で、あるいは2人1組で訳しています。

作品を2人で翻訳する場合には、 まず1人目の担当者が原作をざっくり英訳します

2人目の担当者は、キャラクターの個性を英訳されたせりふに盛り込みながら、英語として違和感のないせりふに仕上げていきます。担当者は英語ネイティブですが、翻訳家とは限りません。

例えば、私は2000年代に集英社の少女まんが誌『Cookie』 に連載されていた、矢沢あいさん作の『NANA』を共訳していました。英訳を仕上げていたのは、当時Bratmobileというアメリカのパンクバンドのボーカルだった、Allison Wolfeさんです。

英語版の初代編集者が、「『NANA』は音楽モノなので、本職のミュージシャンに英訳を今風に格好よく仕上げてもらいたい」と考え、Allisonさんに声を掛けたそうです。

Nana 1

Nana 1

  • 作者:Yazawa, Ai
  • 発売日: 2005/12/06
  • メディア: コミック
 
NANA (1)

NANA (1)

  • 作者:矢沢 あい
  • 発売日: 2000/05/15
  • メディア: コミック
 

マンガ翻訳家に求められるものとは

日英マンガ翻訳家に求められる1つ目のスキルは、日本語を正確に読み解きながら、せりふやナレーションの行間の情報を拾い上げられることです。

そして2つ目のスキルは、原作のせりふに込められたキャラクターの感情が乗っていて、キャラクターの個性も再現できている英語のせりふを組み立てられることです。

翻訳家の仕事を始めた頃、ある編集者からこんなことを言われました。「マンガに全く興味がない人は向かないが、逆にオタク過ぎてもよくない。筋金入りのオタクは、自分の仕事をビジネスとして冷静に見られないから。」

自分の担当作品に思い入れがあり過ぎると、ファンとして作品に接してしまい、自分の訳を俯瞰(ふかん)してチェックできない危険性があるのだと思います。

おわりに

この連載では、マンガ翻訳の基本や、せりふ翻訳の具体例について解説してきました。最終回は、「マンガ翻訳コンテスト」の審査員を3年務めて感じたこと、マンガ翻訳家の仕事体制や求められるスキルについて書きました。

英訳マンガに興味を持たれたら、読んだことのある作品の英語版をぜひ1冊読んでみてください。電子書籍で購入できる作品もたくさんあります。

短い間でしたが、連載「マンガ翻訳の世界」を読んでいただきありがとうございました。

木村智子

木村智子(きむら ともこ)2004年に『Full Moon o Sagashite(満月をさがして)』(VIZ Media)で翻訳家デビュー。フリーのマンガ翻訳家(日→英)として16年のキャリアを持ち、これまでに出版された英訳書は250冊を超える。2016年より翻訳学校フェロー・アカデミーで「マンガ英訳」の講座を担当。
Official Website:https://tkimura.net/