「降参する」って英語でなんて言う?マインドスポーツ「囲碁」から学ぶ3つの英語表現

「途中でやめる」って英語でなんて言う?マインドスポーツ「囲碁」から学ぶ3つの英語表現

プロ通訳者の関根マイクさんが、さまざまなスポーツにまつわるストーリーと英語表現をご紹介する連載です。大のスポーツ好きの関根さんの熱い語りで、スポーツの知識も英語も学べ、まさに一挙両得!第11回はマインドスポーツと呼ばれる「囲碁」に学ぶ英語表現です。

勝敗は?AI囲碁ソフトVS.世界トップ棋士イ・セドル九段

同時通訳という仕事を説明するとき、私は「マインドスポーツ」という表現を好のんで使います。将棋や囲碁、チェスと似ていて、対戦相手(通訳の場合は話し手)の先を読み、それに対応する一手(適切な訳)を用意して出していく。ただし同時通訳ではこれを猛スピードで行うので、「思考のF1レース」と呼ぶ人もいます。F1とはおおげさな、と思う読者もいるかもしれませんが、過去にドイツで実施された検証実験では、同時通訳者の稼働中の最大心拍数は戦闘機パイロットの数値を超えたそうです。どうりで長時間持たないはずですね!

さて、2016年はマインドスポーツ関係者、特に囲碁ファンにとって忘れられない年になりました。グーグル傘下のAI研究企業であるディープマインド社が最強のAI囲碁ソフト「AlphaGo」を開発し、世界トップクラスの棋士である李世乭(イ・セドル)九段に五番勝負を挑んだのです。

ついに人工知能が人類を超えるのか、それとも李が返り討ちにするのか。囲碁ファンはもちろん、人工知能や科学に関心を持つ者にとっては注目の一戦となりました。私を含む大半の囲碁ファンは李九段が圧勝すると予想。多くのプロ棋士も李が圧倒的な差で勝利すると公言していました。

決戦に至るまでの過程から対局中の様子までを描いたドキュメンタリー映画があるのですが、これがなんとディープマインド社の公式YouTubeチャンネルで無料視聴できます。日本語字幕はありませんが、とても面白いですよ!

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24:50あたりを視聴するとわかるのですが、ソウル入りする3日前になってもまだ大きなバグが修正できておらず、時間がない中で諦めムードが漂っています。通常は超人的な能力を誇るAlphaGoですが、弱点を突かれるとみっともないレベルで一気に崩れてしまう致命的なバグです。

Well, maybe we just need to be realistic. We’ve tried a bunch of things, and we’ve come to the point where we said we would actually start freezing the code, and saying, look, it’s not panning out.

現実的になるべきじゃないかな。いろいろ試して、コードのフリーズを始める(それ以降の修正をしない)と決めた日が来たことだし、もううまくいかなかったと認めるべきだよ。

結局、修正しきれずに韓国入りして対局が始まります。AlphaGoチームは不安で一杯ですが、蓋を開けてみると、なんとAlphaGoが3連勝。決戦前には「5-0か4-1で勝つ」と宣言していた李九段も、対局を追うごとに弱気なコメントになっていきます。

特に第二局では人間のプロ棋士であれば絶対に打たないと意見が一致した着手(五線の肩ツキ)を放った上で完勝しました。興味深いのは、分析データを見ると、AlphaGo自身が「これは人間であれば絶対に打たないだろう」とわかっていて打ったことです。

人間には悪手と結論付けられた一手をあえて打って勝利する。第一局がまぐれだと思っていた人も、第二局を見てAlphaGoの底知れない強さを感じ取ったことでしょう。第四局開始前には会場に諦めムードが漂い、李九段が勝つためには何をしたらよいのか、AlphaGoに弱点はあるのか、と聞かれたマイケル・レドモンド九段(英語解説者)はこう答えています。1:04:20あたりから。

I was thinking I would just pull the plug.

私だったら降参するでしょうね。

このpull the plugですが、二重の意味を持っています。「コードを抜いて」しまえばコンピューターは動きませんから容易に勝利できるという物理的な意味もありますし、比喩的な意味として「途中でやめる」があります。レドモンド九段がこれを言いながら少しにやけているので、もしかすると訳としては前者が正しいのかもしれませんが(つまり冗談で言っている)、このあたりは本人でないとわかりませんね。

しかし!この第四局で、近代囲碁史において「神の一手」と言われる着手(白78)が李九段から放たれます。詳しくは1:06:45あたりから視聴してください。

白78のあと、AlphaGoは急におかしな、というかアマチュアの囲碁ファンから見ても明らかに意味不明な悪手を打ち始めます。サッカーで例えれば、本来であれば対戦相手のゴールめがけて攻撃を組み立てなければならないのに、なぜか敵にボールをパスしたり、自軍のゴールめがけてシュートしたり、そんなレベルです。これを見て、ある解説者は以下のような発言をしています。1:07:30あたりから。

This could be that it actually can’t find a way through. I think it has far enough ahead to see that it doesn’t work, and now maybe it’s on tilt.

(AlphaGoは)正しい一手がわからないのかもしれませんね。この先の展開をかなり読んだけれど、どれもうまくいかないとわかって、ムキになっているのかも。

局後の分析では、AlphaGoは白78が打たれる確率を0.007%と読んでいたそうです。観戦している人間は気付かず、AlphaGoはありえないと判断した「神の一手」で勝利した李九段は、一躍時の人となったのでした。私も鳥肌が立ちましたよ!

最終的にこの五番勝負はAlphaGoの4勝で終わるのですが、この後がまたすごい。AlphaGoの改良版として開発されたAlphaGo Zeroは、李九段に勝利したバージョンに100連勝したというのです。どんだけ進化するの・・・詳しくは下記の動画でどうぞ。

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マインドスポーツ「囲碁」から学ぶ3つの英語表現

Pan out

うまくいく/成功する/報われる/功を奏す

「うまくいく」「成功する」「報われる」「功を奏する」などポジティブな意味で使われます。例文のように it didn’t pan out だと、反対の「失敗した」という意味になります。これは昔、パン(平鍋のような物)で砂金を採っていたことからこう呼ばれています。というか、動画を見た方が早いですね!

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pull the plug

途中でやめる

文字通りコードを抜いてしまうことですが、一般的には「途中でやめる」という意味で使われることが多いです。たとえばpull the plug on the projectだと「プロジェクトから撤退する」という意味ですね。

on tilt

感情をコントロールできない状態

 tiltだけだと「傾く」という意味なのですが、特にマインドスポーツの世界ではon tiltは「感情をコントロールできない状態」のことを指します。ギャンブル好きに多いのかもしれませんが、負けが続くと「次で全部取り返してやる!」とヤケクソになって大金をつぎ込み、結果的に大損する人っていますよね。そのようなカッカして理性的な判断ができなくなった状態のことを指します。

「スポーツで英語!」過去の連載はこちら

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関根さんが本業の通訳について語る連載はこちら

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関根さんの本

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関根マイク

関根マイクフリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。FIFA(国際サッカー連盟)公式通訳者。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」http://blogger.mikesekine.com/