日本文化を海外へ発信する難しさとは?チャールズ・イー・タトル出版インタビュー

本でつなぐ世界と日本

「本」を通じて世界と日本をつなぐ会社に突撃取材する、全3回のインタビューシリーズ。第1回は、日本に関連する洋書を出版する「チャールズ・イー・タトル出版」の倉上さんにお話をお聞きしました。

チャールズ・イー・タトル出版って?

――どのような書籍を出版されているのでしょうか。

「Books on Japan」(日本に関連する本)というジャンルの洋書を専門にしています。例えば、日本の文学、料理、芸術、手工芸、デザインを英語で紹介する本などです。

今、力を入れているのは、和食のレシピ本や京都の美しい観光地の写真集といった、訪日観光客がお土産代わりに買うギフト本、日本に住む外国人の方が日本語を学ぶための語学書、また日本で刊行された書籍を英語化したものなどです。

・Learning Japanese Hiragana & Katakana Flash Cards Kit

外国人向けの日本語学習カードキット。持ち運べる200枚の平仮名・片仮名カードと小冊子、ポスター、音声CDが付いています。

Learning Japanese Hiragana & Katakana Flash Cards Kit

Learning Japanese Hiragana & Katakana Flash Cards Kit

 

・A Geek in Japan: Discovering the Land of Manga, Anime, Zen, and the Tea Ceremony

スペインに生まれ、『ドラゴンボール』を読んで日本に興味を持ったことをきっかけに2004年に日本に移住、日本の魅力を紹介する大人気ブログを運営するエクトル・ガルシア氏が、日本建築から漫画、J-POP、禅、寿司など、あらゆる角度から日本文化を紹介した本です。

――どういった経緯で「Books on Japan」専門の出版を始められたのでしょうか。

創立者のチャールズ・ イー・タトルは、戦前にアメリカの大学図書館に浮世絵を販売するビジネスをしていました。残念ながらその後戦争が起き、そのビジネスは中断してしまいました。

しかし戦後、GHQによる日本統治が始まった際、チャールズ・イー・タトルはマッカーサー司令官の命を受け来日しました。当時日本は極度の物資不足に陥っていて、新聞も満足に出せないほど紙が足りない状態でした。そうした状況を解消するため、戦前日本とつながりがあり、出版業にも通じていたチャールズ・イー・タトルが派遣されたのです。

状況がある程度改善すると、1948年にバーモント州ラトランドと東京にチャールズ・イー・タトル出版(以下タトル出版)を設立しました。このとき、主な業務として①出版、②洋書の取次、③古書や浮世絵のアメリカへの輸入の3つを行っていました。出版業については、日本に駐在しているアメリカ軍人に向けて英語で書かれた日本地図や日本語の教科書を作ったことが始まりです。

その後、チャールズ・イー・タトルの甥(おい)に当たるエリック・ウィ(現・代表取締役)によって買収され、①②③の3つの部門を分社化しました。残念ながら、現在残っているのは出版業を担うタトル出版のみです。

エリック・ウィがかねてより経営していた、インドネシア関連の書籍を発行するペリプラス社のグループ会社となり、現在は、タトル社が東京とアメリカのバーモンド州、親会社のペリプラス出版が香港・シンガポール・マレーシアにあり、グローバル展開をしています。

――タトル出版の本はどこで買えますか。また、ターゲットの読者層は。

日本の書店で買えます。また、グループ会社でグローバルに展開しているので、世界中の書店で買うことができます。*1

読者対象としては、主に訪日観光客・日本に住んでいる外国人と洋書を読む日本人、また海外に住んでいて日本に興味を持っている外国人などがいます。日本での売上で言うと、訪日観光客が買っている割合が大きいです。

ただ売上の8割は海外なので、刊行する企画を決めるときは、海外で売れそうなものを8割程度、日本で売れそうなものを2割程度という感じでバランスを取っています。

日本文化を世界に発信する難しさ

――タトル出版の本はどのようにして出来るのでしょうか。

まず、タトル出版では出版業務を以下のように分社して行っています。

①アメリカのタトル出版・・・【編集】企画立案・版権交渉など   
②シンガポールなどのペリプラス出版・・・【制作】印刷・製本など
③東京のタトル出版・・・【販売】書店営業など

編集業務は9割方アメリカで行っていますが、一部東京オフィスからテーマを提案することがあります。例えば、この『Real Bento』は私が企画したものです。日本の書店で営業をしていた際、「海外の方から『弁当の本がないか』という問い合わせが多い」という声を聞き、日本の食文化に対する関心が高まってきていることを感じ、2015年に日本で刊行された井上かなえ氏著の『てんきち母ちゃんの 朝10分、あるものだけで ほめられ弁当』の英訳版の刊行をアメリカのタトル出版に提案して実現しました。

Real Bento: Fresh and Easy Lunchbox Recipes from a Japanese Working Mom

Real Bento: Fresh and Easy Lunchbox Recipes from a Japanese Working Mom

 

本が出来るまでの工程や所要時間は本によって異なりますが、大きく分けると、タトル出版がオリジナルで制作するものと、すでにある書籍を翻訳・再構成したものの2タイプがあります。

オリジナルで制作する本の著者は、ほとんどが日本に住んでいる、もしくは過去住んでいた経験があって、日本の知識が豊富な英語ネイティブの方です。作家を専業にしている人は少なく、大学教授など本業の傍ら趣味を究めたという人が多いです。

既刊本を翻訳したものについては、アメリカの編集員が国外のブックフェアに足を運んで英語以外の言葉で書かれた日本関連の書籍を探したり、東京のスタッフが書店営業の間に売れている日本の書籍をリサーチしたりしています。

――海外の方は今日本のどんなところに興味を持っていると感じられますか。

海外の方が日本に持っている関心事といえば、ひと昔前は「ゲイシャ」「フジヤマ」といったステレオタイプなもので、そこから「日本といえば電化製品、秋葉原」と変化してきましたが、最近はさらに日本に対する知識が深まってきていると感じます。

東京や京都といった有名観光地だけでなく、日本人が行くような地方の観光地を調べて楽しむ方も増えてきましたし、関心を持っているものも「なぜ外国人なのにそんなことまで知っているの?」と驚かされるほど細分化しています。

また、禅の考え方や、最近だと「こんまり」こと近藤麻理恵氏の片付け哲学が人気を集めています。これは、日本の「モノ」(ハードウエア)ではなく、日本人の「内面」(ソフトウエア)が注目され始めたということではないかと思います。

洋書における「Books on Japan」の分野では、「ステレオタイプから趣味の細分化」「ハードウエアからソフトウエアに」という、この2つの大きなトレンドがあると感じています。

――日本文化を海外に発信する上で、難しいと感じる部分はどこですか?

日本人がいいと思う日本文化を、海外の人もいいと感じるとは限らないという、「認識のズレ」に難しさを感じます。「日本にはこんないいところがある」と押し付けがましくなってしまうと売れないですし、日本人が思いもしないことが面白がられることもあります。

また、実はかねてからお弁当には目をつけていて、10年以上前に『Real bento』とは別のお弁当の本を出せないかと提案したことがあるのですが、アメリカの編集部に却下されたんです。その当時は、「弁当の本を出しても海外で売れない」という判断だったんですね。そこから10年以上たって、海外でも弁当文化が注目され始めてから、再度提案して実現しました。そういった「日本と海外の流行の時差」も考える必要があります。

ただ、私はかつてイギリスに住んでいたのですが、海外生活を通して改めて「自国のことを知らなければならない」と痛感したので、帰国後にこうした仕事に携われてよかったなという思いがあります。

現在は、日本人が洋書を買う場合、語学のためであることが多いですが、日本語の書籍を読むときと同じように、洋書を楽しんで読む人が増えるといいなと思います。

タトル出版イチオシ!の本

――今、タトル出版さんが特におすすめしたい本はありますか。

先ほど述べた「Books on Japan」のトレンド、「ハードウエアからソフトウエアに」にも関連するのですが、こちらの2冊をおすすめしています。

The Ikigai Journey: A Practical Guide to Finding Happiness and Purpose the Japanese Way

『A Geek in Japan』の著者エクトル・ガルシア氏が、2017年に刊行した『Ikigai: the Japanese Secret to a Long and Happy Life』(ペンギン・ランダムハウス社)の続編。長寿の里として知られる沖縄県大宜味村での取材を基に、幸せに長生きする秘訣、生きがいの見つけ方を提示した前書を踏まえ、本書は「実践編」として、生きがいの見つけ方を35事例と共に紹介しています。

Forest Bathing: The Rejuvenating Practice of Shinrin Yoku

こちらもエクトル・ガルシア氏による書籍。著者が体調を崩し、日本で森林浴をした経験から執筆された本で、日本式森林浴の効能や歴史、実践方法を紹介しています。日本で古くから親しまれてきた森林浴の根底に流れる日本人の自然観、芸術観を、外国人の目線から分析しています。

――「ENGLISH JOURNAL ONLINE」の読者で、「これから洋書を読んでみようかな」と思っている人におすすめのものはありますか。

著者が愛媛大学の授業で使用するために作った教材を書籍化した、こちらの日本文化論の本がおすすめです。日本語を勉強する海外の方にももちろん人気ですし、日本人の価値観や行動パターン、コミュニケーション方法について英語で説明しているため、日本人にも読まれています。日本の大学で使用されるために作られたということもあり、英語を母語としない人たちを対象にしている本なので、カジュアルな英語ではなくしっかりした構文で、英語を勉強されている方にとっても読みやすいと思います。「ENGLISH JOURNAL ONLINE」の読者は海外の人と交流のある方も多いかと思いますので、日本の風習や考え方を説明できるように、ぜひ読んでいただきたい1冊です。

The Japanese Mind : Understanding Contemporary Japanese Culture

ロジャー・デイヴィス氏による日本文化論。今や全国で大学の教科書として多数採用されています。「曖昧」「頑張り」「義理」など、全部で28のキーワードから日本文化をひもときます。各章の後にはさらに考えを深めるためのディスカッションのトピックが付いています。

The Japanese Mind: Understanding Contemporary Japanese Culture

The Japanese Mind: Understanding Contemporary Japanese Culture

 

取材後記

日本と海外の価値観やトレンドのギャップを考慮しなければならないという点は、まさに「Books on Japan」というジャンルならではの難しさですね。

海外の方が日本のどの部分に興味を持つかという点も日々変化しているとのことで、常にアンテナを張り続け、時代に求められる書籍を刊行しているんだなと感じました。

「海外に日本文化を発信」と聞くと、つい歴史や伝統文化を思い浮かべがちですが、タトル出版はそのほかにもポップカルチャーや食、写真集、折り紙、漫画技法書、「生きがい」といった精神面についてなど、さまざまなジャンルの書籍を刊行しています。

英語の勉強のためだけでなく、改めて日本に対する理解を深めるためにも、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

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ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

取材・文:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
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*1:販売国によって発売している書籍ラインナップは異なります。