ポストコロナへ向かうイギリス【LONDON STORIES特別編】

ポストコロナへ向かうイギリス【LONDON STORIES特別編】

『ENGLISH JOURNAL』に大好評掲載中の、ロンドン在住10年以上のライター・宮田華子さんによる連載「LONDON STORIES」。今回は特別編として、「ポストコロナ時代」をテーマに、イギリスの「今」についてご執筆いただきました。*1

ロックダウンから現在まで

イギリスでロックダウンが宣言されたのは3月23日。

そのときはまだ冬の装いだったが、3カ月強の期間と3つの季節をまたぎ、今やっと緩和期を迎えている。私自身、ほとんどの時間を家の中で過ごしていたが、自由に出歩いていたときよりもイギリス社会がよく見えたように思えたのは不思議な感覚だった。

イギリスのコロナ対策への初動は他の欧州国より遅かった。

市民に向けてコロナ対策にかじを切った3月12日、「6割が感染することで集団免疫を獲得する」方針を発表し、人々を驚かせた。しかしこの方針は専門家からの大きな批判を浴び、あっという間に方向転換。3月15日には他の欧州国同様の厳しい行動制限策に乗り換え、3月23日にジョンソン首相がロックダウン宣言をするに至った。

初動の遅れと転換劇から政府への信頼は失墜したが、方針決定後の動きは早かった。スローガンは「Stay Home, Save NHS*2, Save Lives(家に留まり、医療を守り、命を救う)」。

3月16日から政府は毎日コロナ説明会見を行っていたが(6月23日まで)、「ソーシャルディスタンス2メートル」に加え、「キーワーカー(エッセンシャルワーカー)以外は出勤不可」「外出は必須の買い物と1日1回の運動目的のみ」「家族親戚であっても、非同居人とは接触しない」など、かなり厳しいルールを市民に課した。

しかし明解にルールを提示したこと、そして「自粛と補償をセット」にしたことがステイホームの素早い定着につながった。コロナ禍で多くのビジネスが休業状態となり、人々に生活の不安が湧き上がったのは当然のこと。政府はすぐに個人収入8割補償(社員、フリーランス含む)とビジネス支援を発表し、「守ります」という態度を貫いたため、「安心してステイホームしていられた」と語る人は多い。

普段、足並みそろえて何かをすることを大変不得意としているイギリス人。しかし「とにかく家にこもることで、この困難を『一緒に』乗り越えよう」という、イギリスらしからぬ不思議な連帯感まで生まれた時期だった。

しかし、コロナウイルスはイギリスに厳しかった

私はロンドン南西部の住宅街に住んでいるが、ロックダウン翌日から普段は混雑している駅前商店街がガラガラになった。スーパーや薬局などでは路面2メートルごとにマーキングされており、皆行儀よくソーシャルディスタンスを守り始めた。

にもかかわらず感染は拡大し、結局イギリスは欧州1の死者を出すに至ったのはご存じの通りだ。「こんなに頑張っても、感染は広がるんだ・・・」と誰もが思っただろう。行動規制の効果が表れるまでの約3週間、発表される死者数が日々うなぎのぼりになっていく様子に敵の手ごわさを実感した。

感染ピーク越えが宣言されるまで1カ月強を要し、緩和が始まったのは6月に入ってからだ。最大の感染国だけに緩和には慎重策が取られ、「公園であれば1人のみ会ってよい」→「公園で6人まで会ってよい」→「家の庭でも6人まで会ってよい」と、まるで薄紙を1枚ずつ剝がすように、そろりそろりと進められた。

そして6月15日、ソーシャルディスタンスを守ることを条件に、非必須店舗の再開が許可された。これにより本格的な緩和がスタートし、7月4日にさらに大規模な緩和拡大が行われる。ソーシャルディスタンスのルールは2メートルから「1メートル+」となり、飲食店の店内営業も再開可となる。長かったロックダウンが「やっと終わるのか・・・」と人々が実感し始めた、というのがこの原稿を書いている6月末の現状である。

「まずはサービスを提供する側を守る」というニューノーマル

コロナ禍以降、ニューノーマルとして定着していく「もの・こと」は枚挙にいとまがない。これまでもテレワークは珍しくはなかったが、今後はより定着するはずだ。

身近なところではマスク着用。これはイギリスにとっては大きな変化だ。以前は公共の場所でマスクを着用している人に対し、「(黒マスクをよくしていた)マイケル・ジャクソン!?」とけげんな顔をされていたものだった。しかし公共交通機関乗車時のフェイスカバー(マスクでなくても、顔を何かで覆えばOK)装着義務ルールが導入されたため、あっという間に定着した。

こうした動きは感染拡大から人を守るものだが、「利用者」だけでなく、「まずはサービスを提供する側を守る」という姿勢があることは、労働組合発祥の地であるイギリスらしい考え方であり、コロナ禍で今まで以上に浮き彫りになった点だった。

例えばコロナ禍でキャッシュレス化が進んだ。多くの店舗が(一部カードを持たない人たちを除き)カード決済のみを受け付ける方針に変えたからだ。これは顧客の安全というよりも、店員がお金を「受け取る」行為のためにソーシャルディスタンスを保てない、またお金を媒介して感染してしまうことを防ぐための策として進んだ結果だ。

また家庭医および歯科医院はすでに再開しているが、現在も診察人数や可能な治療を限った状態で対応している。これは粘膜など、感染リスクが高い治療から医療スタッフを守るための措置である。

ロンドンのバスは前扉から乗車し、プリペイドカードをタッチして前払いするのがルールだ。しかしバスの運転手数名が感染し命を落としたことをきっかけに、ロンドン市長は即座に前扉乗車は一時中止とし、バスの前方立ち入り禁止とした。つまり支払いができないため、バスはしばらく無料になった(現在も一部無料が継続)。当然交通局は大幅減収となり、その分は近い将来の交通費値上げにつながるのだが、交通局側も利用者側も当然の措置として受け入れている。

宅配のドア越しの受け取りやデジタルサインの普及も同じ理由だが、緩和後も以前の対面受け取りには戻らないだろう。そうすることで配達ミスなどの問題も起こっているが、まずはしかるべき措置の導入を先にし、問題は後から解決していくのがイギリスのやり方だ。

そもそもイギリスには「お客さまは神様」という考え方がなく、カスタマーサービスのレベルは日本と比較できないほど低い。しかしそれも「やむなし」と考えるのは、労働者全員が「誰か」にとってのサービス提供者であり、最前線に立つ人の権利と安全がまずは優先されるべき、という考え方があるからだ。

緩和は進みつつも消費者側にはまだ不便なことも多い。しかし「まずはスタッフの安全を優先」の方針で物事は動き、ポストコロナ時代の「ニューノーマル」が形成されていくと予想される。

国は守ってくれるのか?

ロックダウン中、毎日行われていた政府会見では、連日代わる代わる大臣が登壇し、コロナ禍およびポストコロナに向けた各方面への財政支援が発表された。

毎日ビリオン(10億ポンド)単位の金額が飛び交う中、「イギリスってそんなにお金があったの?」「来年とんでもない増税が待っているの?」と思った人は多かったが、コロナ禍において国が個人補償やビジネス支援、そして「ヴァナラブル(脆弱な)」と呼ばれる高齢者や社会的弱者の側に立つ姿勢を見せたのは安心につながった。

しかし本当に国が守ってくれるのかがわかるのは、コロナ禍支援スキームが終わる10月末以降といわれている。飲食業界で働く人全員への月1000ポンド・ボーナス(支援スキーム終了後3カ月間)、飲食・旅行・娯楽施設関連分野の消費税減税(20%→5%、7月15日~2021年1月12日)などが決定しているが、厳しさに直面している業界全体を救えることができるのかはまだわからない。イギリス人はホリデー(休暇中の旅行を指す)のために生きているといっても過言ではないが、この夏は誰もが海外渡航を控えるため、イン&アウトバウンドどちらも壊滅的だ。飲食店の店内飲食も厳しいルールを守った上で再開するが、これまでと同じ人数の集客ができないため閉店が相次ぐのでは?と予想されている。

「リーマンショック以来の不況がやってくることは避けられない」と思っている人が多い中、今後政府がどういった支援策を打ち出していくかが注目されている。

首相の支持率はどん底に

このようにコロナ禍において政府は頑張った一面もあるが、実はジョンソン首相への支持率は現在どん底である。これは5月に起こったあるスキャンダルがきっかけだった。ロックダウン開始から約2カ月、ステイホームによる精神への影響やDV家庭への対策が話題になっていたとき、首相の側近中の側近であるドミニク・カミングス首相アドバイザーの行動制限ルール違反(自主隔離を自宅ではなく420キロ離れた別荘で行っていた)が発覚した。これに対し首相は彼を辞めさせるどころか徹底的に擁護し、火消しに奔走したのだ。ロックダウン生活のストレスを抱えつつも「ルールを守ることが終息につながる」と信じていた人たちを踏みにじる行為として、市民の怒りが爆発した象徴的な出来事だった。

この事件をきっかけに、コロナ対策の不透明性、内閣の隠蔽(いんぺい)体質、政府と医療科学専門家たちとのあつれき、まったく進んでいないEU離脱の交渉問題も再表面化した。そんな中の大幅緩和に、「国は人命よりも経済優先なのでは?」という声も上がっている。通常の生活が戻ってくる喜びを感じつつも、不安も隠せないというのが現状だ。

コロナ禍の中で見えた希望

皆それぞれの不安を抱えつつポストコロナを生きていくしかないのだが、イギリスに暮らしながら感じる希望は2つある。

一つ目は「コロナ禍で構築された地域ネットワーク」である。イギリス人は他人に関わることを好まず、特にロンドンでは近所づきあいほぼ存在しなかったが、なぜかボランティア活動には熱心だ。コロナ禍ではボランティアが大活躍すると共に、地域ネットワークが自然発生的に構築された。本当に困ったときにどう助けを求めたらよいのか、マニュアルおよびデジタルでのネットワークが確立したため、すでに第2波への予行練習ができている。

二つ目は「黙っていない国民性」。イギリス人は普段あまり感情を表に出さないが、一方で「物言う人々」でもある。困ったときには立ち上がり、権利を主張することにちゅうちょしない。本当に困った状況になったとき、皆が一斉に「困った」「嫌だ」「やめてくれ」と大声で叫ぶはずだ。長年イギリスで暮らし不便さもたくさん感じているが、この部分があるから暮らしていると言っても過言ではない。そしてポストコロナの不安な時代に、これが一番の希望なのでは?と感じている。

ヨーロッパや世界の「今」を伝える『ENGLISH JOURNAL』2020年8月号

2020年8月号の『ENGLISH JOURNAL』では、生理学者・地理学者のジャレド・ダイアモンド氏へのインタビューなどを掲載。世界がいかにして新型コロナウイルスに立ち向かうのか、各国の首相のリーダーシップとは、といったテーマで語っています。

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*1:記事の内容は6月25日執筆現在の情報です。また、記事の記述は「イングランド」の状況を基本としています。

*2:NHSはNational Health Serviceの略で、イギリスの国営医療サービス事業のこと。