英語の通じないレストランがあるアメリカで未知の言葉を食べる【牧村朝子】

Englishes!多様な英語

英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中いろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回はアメリカ・ロサンゼルスの「英語とメキシコスペイン語」。

アメリカで英語が通じない

冷静に考えたら、「Los Angeles」はもともと英語じゃないんだよね。スペイン語じゃん。と、思った。

「Los Ángeles」・・・スペイン語で「天使たち」。

新橋で「アメリカの街と言えば?」と聞いたらサラリーマン100人中95人くらいが名前を出しそうなこの街、ロサンゼルスで、2017年、私は困り果てていた。

英語が、通じなかったのだ。

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「アメリカで英語が通じない」という状況。

日本の中学校の教室で、トムとかボブとかメアリーとかがハンバーガー注文してるテキストを読んでいた頃には想像もしなかった状況。

地球トップクラス多言語シティー、ロサンゼルスのことを、今日はあなたに話したい。

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メキシコ系でトリリンガルの友達

友達のルピータを訪ねて、ロサンゼルスにやって来た。

ルピータはメキシコ移民の両親を持つ、いわゆるメキシカン・アメリカン2世。先天性の難病で成人前にこの世を去った弟を見送った経験から、英語、スペイン語、アメリカ手話のトリリンガルであることを生かし、社会福祉士として、地域の人たちの困り事の解決に努めている。

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そして、時は2017年。

「America First!アメリカとメキシコの間に壁を建てるぞ!!」

って言って選挙に出たドナルド・トランプが当選した年。

ルピータに会わなきゃ、と思った。

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アメリカ生まれアメリカ育ちのルピータが、メキシコ移民である両親のことを「アメリカ人から仕事を奪う悪いやつらだ!」みたいに指さされ、「America First!」と叫ぶ大統領に壁を建てられる。その工事のせいで土地の生き物、ジャガーや熊たちも住む地を追われて死んでいく。

こんなムチャクチャなことってある?まったく意味がわかんな過ぎて、いてもたってもいられなかった。

余談だが、ドナルド・トランプと結婚しているメラニア・トランプも、英語でない言語を母語としてアメリカに生きる移民だ。まあ、ドナルド・トランプは英語しか話す気がないらしい*1けど。

カフェで目にした深紅の液体

ルピータは「仕事の後、家族全員でごはん食べるからおいで。そのまま泊まってって」と言ってくれた。

そんなわけで、ルピータの仕事が終わるのを、近くのカフェかなんかで待とうと思ったのだった。

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Los Angeles南部の海辺、San Pedroという港町。よく考えたら「San Pedro」も、もともとスペイン語だ。Los AngelesのSan Pedro・・・日本語にすれば、「天使たちの聖ペドロ*2」。ロサンゼルス港は名古屋港と姉妹港で友好関係にあるらしく、有名な魚市場がある通りはなんと「Nagoya Street」と名付けられている。

名古屋ストリートに、天使たちの聖ペドロ。

AGUA DE JAMAICA

カフェに入ると、きれいな深紅の飲み物が入ったでっかいタンクに、そう書かれていた。飲んでみたいな、でも、AGUA DE JAMAICAって何?ジャマイカのこと?ジャマイカってあの、コーヒーとボブ・マーリーの国のジャマイカ?ってことはこれは、深紅のジャマイカンコーヒーなの?っていうかそもそも飲み物で合ってるよね?聞いてみよう。

「Excuse me, what is this ... アグア・デ・ジャマイカ?」

「?」

店員さんはびっくりしたみたいな顔をする。私の発音が悪かったかな。

「What ... is ... this?」

謎のJAMAICAを指さして、私は一語一語ゆっくりはっきり言った。

店員さんはびっくりしたみたいな顔のまま、謎のJAMAICAをグラスに入れ、

「Five dollars!」

と、私に突き出してきた。もうしょうがないので5ドル払うと、店員さんは初めてニコッとして「テンキュッ☆」と言った。それから別の店員さんとおしゃべりを始めた。完全にスペイン語だった。英語が通じていなかったのだ。

謎のJAMAICAを恐る恐る飲んでみる。酸っぱい。コーヒーの香りはない。

謎だ・・・。

アメリカ、サンペドロの名古屋通りでスペイン語店員さんのジャマイカ。

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「ハマイカの水」とは?

頭をぐるぐるさせながら、カフェを出て、ルピータと合流した。

「Oh, my dear!」

ルピータの口癖。長い黒髪を1本の三つ編みに編み上げて、メガネの奥の目が笑う。何年も何年も大切に乗っている、ちょっぴりポンコツの車に乗せてくれる。

「That’s not coffee, my dear. That’s hibiscus tea. Agua de Jamaica. Pronounced like hah-MY-cah.」

謎のジャマイカはやっぱりコーヒーじゃなくて、ハイビスカスティーだった。ハイビスカスティー、と頭の中で片仮名変換すると急に安心する。ルピータはアメリカ英語で話しながら、謎のジャマイカの正しいメキシコスペイン語発音を教えてくれる。

「hah-MY-cah!」

「Yes, hah-MY-cah!」

「hah-MY-cah!」

「hah-MY-cah!」

コール・アンド・レスポンス状態。海辺を走る車がライブ会場状態。DJルピータがハンドルをドコスコ陽気にぶったたく。店先にはトランプのグッズ、トランプ支持の落書き。

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トランプ大統領についてどう思う?

「Hey Lupita, what do you think about Donald Trump?」

トランプの話を振ってみる。

What do you thinkだなんて、いかにも日本語を英語に訳した感じの聞き方をしたなあ、って、日本語話者である自分の英語に対して思う。「どう思いますか。」

ルピータは大きく息を吸い込み、

「What do I think? I don’t wanna think. I refuse!」

hah-MY-cah!

どこか悲痛なハイテンションで、ルピータは「hah-MY-cah!」と叫びながらハンドルをたたくDJごっこに戻ってしまった。そう言えばさっき飲んだAGUA DE JAMAICAは、どこか血の色に似ていたなあ、と、ふと思う。

ラジオからは、アメリカのロカビリーミュージシャン、ブライアン・セッツァーがスペイン語混じりに英語で歌う声が聞こえていた。

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言葉と一緒に新しい食べ物に出合う

ルピータの家に着いた。

ルピータの家は6人家族。運転手として働くお父さん、洗車スタッフとして働くお母さん、スーパーのレジで働くいとこ、同じくスーパーでバイトしながら学ぶ高校生の妹、タコスレストランで料理人として働く夫、そして、社会福祉士のルピータ。全員が、働いている。

家にはまだお母さんしか帰っていなくて、ルピータは2番目の帰宅だった。ルピータとおそろいで1本の三つ編みを編んだお母さんが、おいしそうな匂いのキッチンからエプロン姿で出てきて、Welcome!と言ってくれる。その続きはスペイン語だった。

「XXX! XXXXX! XX XXXX guacamole XX XXXXXXX XXXX!」

ワカモレ(guacamole)と言ったのだけ聞き取れた気がする。アボカドディップのことだよね・・・?続きはルピータが英語に訳してくれる。

「Mom’s making special Mexican dinner for you, mi amiga. You wanna learn how to make steak fajitas?」

steakはわかるけど、fajitasがわからない。

「Fajitas?」

「You’ll see, my dear.」

ルピータが英語に混ぜるメキシコスペイン語が、私には、そこだけ抜けたみたいにわからない。家族が次々帰宅する。料理が次々出来上がる。ぽかんと空いた私の口が、ぽってりアボカドguacamoleで、焼いたサボテンnopalesで、肉汁たっぷりfajitasで、そして、深紅のhah-MY-cah!で満たされていく。

Los Angeles

スペイン語で「天使たち」を意味する街で。

今はアメリカ、かつてはメキシコ、そしてスペインに侵略される前は、TongvaやChumashといった先住民の人々がサボテンやドングリを食べて暮らしていたこの土地で。

 

「XXX! XX fajitas XXXX!」

「XXXX XXX coffee, XXX XXXXXX hah-MY-cah!」

ひと口何か食べるたび、わかる言葉が増えていく。

私が謎のジャマイカことAGUA DE JAMAICAをジャマイカのコーヒーだと勘違いした話を、ルピータがメキシコスペイン語で両親にしたらしい。

みんな笑った。私も笑った。

笑い声は、どんな言語を話す人でも笑い声だとわかるなあ、って、思った。

Englishes!多様な英語

筆者手作りのsteak fajitas

今回のEnglishes:多言語の「天使たち」が暮らすロサンゼルス

ロサンゼルスのあるカリフォルニア州では、英語だけでなく、200種類以上の言語が話されている。実は、地球上でトップレベルの多言語地域だ。

公用語は英語と定められているものの、「WorldAtlas」によれば 、42.6%もの人々が家では英語以外の言語を話しているという。そのうち日本語話者は0.43%・・・と言うと少なく感じるけれど、200人に1人くらいだと思えば、結構いる感じがしないだろうか。

そんなカリフォルニア州で英語が公用語となったのは、実はかなり最近の話。1986年、カリフォルニア州法のProposition 63: English as the Official State Languageが通過して以来のことである。法文はこちらから読むことができる。

また、このときにどのような議論がなされたのかという識者会議の議事録も、ゴールデンゲート大学の法律図書館に所蔵され、オンライン公開されている。

議論が紛糾する中、言語学者で上院議員にもなった日系アメリカ人、サミュエル・イチエ・ハヤカワは、“damn”や“hell”や“crazy”といったかなり強い言葉を使いながら、英語公用語化を推し進めるため、次のように訴えている。

私はカナダで日本人の両親から生まれ、カナダ人の友達とアメリカに遊びに行こうとした。すると、アメリカ国境で入国を拒否された。生まれも育ちもカナダであると説明したが、「人種的に日本人だろう」と言い返された。

上記の議事録p. 29より、筆者による日本語訳

私は夢見る。メキシコから不法移民が国境を乗り越えてやって来る日を、そして彼がアメリカ生まれの息子を持つ日を。アメリカ生まれのアメリカ公民であるその子は、よりよい教育を受け、やがてアメリカ上院のカリフォルニア代表にだってなるかもしれない。いや、大統領にすらなれるかもしれないのだ。

上記の議事録p. 34より、筆者による日本語訳

ハヤカワがこのように訴えた1986年、レーガン政権下で、Immigration Reform and Control Actが成立。不法移民の雇用禁止と同時に、1982年1月1日より前にアメリカ領に入った不法移民について、英語を話せることなどを条件に処罰しないという決定がなされた。

ルピータはまさにこの年、1986年、ほとんど英語を話せなかった両親から生まれ、現在、トリリンガルの社会福祉士となっている。

(※個人特定を避けるため、文中の人物名や家族構成などは話の流れを変えない範囲で仮のものにしています。また、写真は文中に登場する場所とは別の場所で撮影されたものを使用しています)

牧村朝子

文・写真(トップ・プロフィール写真以外):牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』(星海社新書小学館より増補版、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を拠点とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter:@makimuuuuuu(まきむぅ)

トップ写真:【撮影】田中舞/【ヘアメイク】堀江知代/【スタイリング、着物】渡部あや

編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部