英語を学ぶときの葛藤の正体は?フランス人が教えてくれたこと

英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中いろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は「フランス語と英語」。

フランス人は英語嫌い?

「フランス人は、英語でし掛けても、フランス語で返してくる」

なんて話を、昔、聞いた。フランスに行ったことがなかった頃に聞いた。

英語のことは、フランス語で「アングレ(Anglais)」。そして、私がしたフランスの街の名は、「アングレーム(Angouleme)」といった。

2019年1月、フランス西部の城塞都市、アングレームで、私はすっかり困っていた。

フランス一人旅の最中、「アングレームでジャズの音楽祭があるらしい」と聞いて、深夜バスに飛び乗って来てはみたものの、実はそれはアングレームではなく、その隣町で開催されるものだった。日本で言うところの、「東京ディズニーランドが千葉にある」とか、「最近のフジロックは富士山麓じゃなくて苗場でやってる」みたいな話だったのだ。

そこで隣町に行こうにも、なんと、交通手段がない。配車アプリのUberを立ち上げてはみたものの、サービスエリア外だと表示されてしまう。どうにかならないだろうか、と、観光案内所に泣きついてみたところ、やっと紹介してもらえたのが、地元のタクシー組合だった。

「そうかそうか、お客さん、Uberで行こうとしてたんだねえ?」

タクシー運転手さんが言う。

やっべえ、と私は思う。地元タクシーにとって、Uberは脅威だ。「Uberがわれわれの仕事を奪う」と、産業革命ばりに抗議デモをしていたタクシー運転手さんのニュース映像を思い出す。縮こまる。

カーナビなし、地元っ子の土地勘で勝負。タクシー運転手さんは私を後部座席に乗せて、スイスイとを進めながら話を継いだ。

「お客さん、Uberってのはね、巨大なアメリカ資本だろ?労働者が経済的強者の国に搾取される 仕組み に巻き込まれないためにも、僕たちは組合を作って頑張らないといけないって思ってる」

「ウィ・・・」

私はしょげながら、精いっぱいフランス語で「はい」と返す。

「ごめんなさい」

「いや、謝ってほしいんじゃないんだよ。僕はただ自分の考えを話しているだけだから。しかしね、お客さん、僕らのタクシー組合を知ったからには、もう大丈夫さ。全員、気のいいやつらだよ。こちとらねえ、Uberができるずっとずっと前からこの商売してんだあ」

職人技ドライブテク。ここはフランスだけど、なんか下町の人力車のあんちゃんとしゃべっているみたいな気分になる。

「よく言うだろ? L’union fait la force , l’oignon fait la farce.

「なんですか、それ」

「フランス流の言い回しさ。『 組合(ユニオン)は力になるぞ~、玉ねぎ(オニオン)で作ったファルス料理 1 みたいに* 』ってね」

「へえ~、面白い。メモしていいですか?」

「おっ、いいよ。勉強熱心だねえ。フランス語やってる学生さんかい?」

「いえ、文筆家なんです。いつかどこかで、この話をエッセイとして書くかも」

「そうかい、そうかい。そんなにフランス語に興味を持ってくれる読者が、遠い日本(ジャポン)にもいるってんなら、フランス人としてこんなにうれしいこたあないねえ!」

そう言っていた。そんな話を、私は今まさに、ここ、ENGLISH JOURNAL ONLINE、英語学習についてのWebメディアに書いているのだけれども。

憎しみを乗り越えて英語を学ぶ

「言葉は大事だよね」

タクシーはアングレームの街を出て、隣町へ行く路に入る。

「お客さん、僕も、運転手としてねえ、外国語はしっかり勉強しなくちゃなんないと思っているんだ。ここはアングレーム。港町ロシュフォールから、シャラント川が流れ込む街さ。遠い国からお船に乗ってやって来る異国の人を、僕らアングレームの民は昔から、ずっと迎えてきたのさ・・・。戦争の頃は、迎え撃たなければならないこともあったけどね」

フランスというには、どんなに小さな村にも、二度の世界大戦の戦没者慰霊碑が立っている。言い換えれば、どんなに小さな村からも死者が出たということだ。

「・・・僕のおじいちゃんは、イギリス人に銃殺されたんだ」

運転手さんは真っ すぐに 前を向いたまま言った。

「遺されたおばあちゃんの目に入るところに、英語の教科書なんか置きたくないと思ったこともあったさ。

でもね、ここはアングレーム。国際漫画祭やジャズ祭を目当てに、世界中からお客さんがやって来るんだ。

そして僕はアングレームのタクシー運転手だ。英語をしっかり学び、漫画や音楽を通して人がつながり合うことの手助けをしたいと思うんだ。

僕はアングレームの民。殺されたフランス兵の

だからこそ僕は、イギリスに対する憎しみを乗り越えなければならないと思う。あんなことを繰り返さないために」

イギリス人のことも、フランス語で「アングレ(Anglais)」。そのタクシーが走る街の名前は、「アングレーム(Angouleme)」といった。

「じゃ、まいど、お客さん」

アングレームの誇り高き運転手さんがドアを開けてくれる。

最後に1つだけ聞いてもいいかい?」

「もちろん」

「僕はこれからも、日本からのお客さんを迎える かもしれない 。だから教わっておきたいな。メルシーは、日本語でなんて言うんだい?」

「ありがとうございました」

運転手さんは大きく息を吸い込み、

「Arigato Gozaimashi TA !」

と、大きく言った。

私のノートには、「L’union fait la force , l’oignon fait la farce.」が。そして運転手さんのノートには、「Arigato Gozaimashi TA !」が残った。

「世界共通語」となったジャズ

ジャズは、日本語でも英語でも、そして中国語でも韓国語でもトルコ語でもアラビア語でもドイツ語でもマラヤーラム語でもロシア語でもフランス語でも、「ジャズ」というらしい。

ジャズ祭のステージでは、Les Brunettesというボーカルグループが歌っていた。ドイツ語、英語、フランス語、さまざまな言語を背景に持ち、バラバラの土地から集まった4人が、brunette(黒髪に黒い目)であることを共通点として名乗り、フランスのジャズ祭でビートルズを歌う。

シャラント川の流れ込むアングレーム。水辺の街にはジャズが栄える。ニューオーリンズ、アムステルダム、ヨコハマ、ヨコスカ、みんな水辺だ。お船に乗ってやって来た、異国の人を迎える水辺。言葉が通じ合わず争った時代を乗り越えようと、人々は、武器を楽器に持ち替えた。

L’union fait la force , l’oignon fait la farce.

タクシー運転手さんの言っていたことが、おじいちゃんからの言い伝えだったの かどうか 、聞けなかったな。

宿に帰った。

まるで誰かからのメッセージみたいに、ベッドルームのカーペットには、「ALL YOU NEED IS LOVE」と書いてあった。英語で、書いてあった。

今回のEnglishes:フランス語と英語/ヨーロッパ諸語に刻まれた歴史

第4回のオランダ編 で紹介した、 異なる言語同士で、似たつづり、似た音でありながらも、違う意味を持つ単語群、false friends(空似言葉)

こうしたfalse friendsは、オランダ語と英語の間だけでなく、フランス語と英語の間にも多数ある。例えば、英語の「arm」は「腕」を意味するが、 フランス語の「arme」に「腕」の意味はなく、「武器」を意味する*2 イギリスにとっての「腕」が、フランスにとっての「武器」を意味したのは、両国の関係史を振り返ると興味深い。

海を挟んだ両国の歴史は地名にも刻まれている。例えば、 イギリスの正式名称は英語でUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland といい、 フランスのブルターニュ地方はBrittany という。これは、今で言うグレートブリテン島(Great Britain)からフランスのブルターニュ(Brittany)へ、海を渡ってブリトン人が移住してきたことに由来する。

イギリスのヨーロッパ連合からの離脱、いわゆるBrexit をめぐっては、互いの領海を行き来してホタテ貝などの漁をしてきたイギリス、フランス両国の漁師たちに緊張が走り、船と船の間で物の投げ合いになるなどの争いが起こった(出典:BBC)。 3 こうした状況に対し、両国の映像作家が 協力 してドキュメンタリーを制作する動きも見られた。 4

今回登場したタクシー運転手がフランスの言い回しだと信じていた、 L’union fait la force . は、実はヨーロッパ全土で聞かれるものである。この表現を英語では、 Unity makes strength . という。

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英語にコンプレックスがあった。でも英語を学んだから、世界中のいろいろな人たちに出会えた。そして、「英語は1つではない」と知った。――米軍基地の街に育ちながら「ネイティブ英語」に違和感を持っていた著者が、世界12カ国100都市以上を旅する中で多様な人々や言葉と出会っていく様子を描いたエッセイ。

シングリッシュ、マオリ英語、ピジン英語など、各地で独特な英語の歴史や表現、オランダ語やフランス語などの他言語と英語との関係も紹介。旅行気分を味わえる写真付き。

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文・写真(トップ・プロフィール写真以外):牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』( 星海社新書小学館より増補版 、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を 拠点 とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter: @makimuuuuuu (まきむぅ)

トップ写真:【撮影】 田中舞 /【ヘアメイク】堀江知代/【スタイリング、着物】渡部あや

編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

*1 :「ファルス(仏:farce)あるいはファルシ(和製仏語:farci(e))は、肉や魚、野菜などの中に別の食材を詰めた料理」。出典: ウィキペディア「ファルス (料理)」 )

*2 :armは英語でも、armsと複数形で「武器」の意味がある。

*3 :出典: BBC, “Scallop war: French and British boats clash in Channel”

*4 :出典: The Local “‘For over 40 years British and French fishermen have been working side by side. Brexit will change all that’”

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