英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中いろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は「ニュージーランドのマオリ英語」。皆さんから募集した「ニュージーランドの思い出」を、牧村さんがラジオ風に読み上げる音声付きです!
Where are you from?への答え方は1つなのか?
Where are you from?と聞かれて、あなたはなんと答えてきただろうか。
I’m from Japan.と答えるように、私は教育された。日本の公立中学校で。
大人になって、海外に出て、I’m from Japan.と何百回、答えただろうか。
何百何回目だったかは、わからない。けれど、何百何回目かの出会いが、確かに、私を変えてくれた。
Where are you from?
この質問に、教科書フレーズではなく、自分自身の言葉で答えられるようにしてくれた。
そのきっかけをくれた人の話を、あなたにしたい。ニュージーランド先住民、マオリのマオリ語と混ざった、Māori Englishを話す人との思い出を。
新型コロナウイルスの国から来た者に向けられた印
Where are you from?
何百何回目かの質問。正直、うんざりし始めていた。
2020年2月8日。横浜に寄港していたクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号で、乗客のニュージーランド人2人が新型コロナウイルスに感染していたとわかった日。私は・・・かつて横浜の高校生だった私は、ニュージーランドにいた。
これからあなたにする話を考えると、町の名前は伏せた方が住民の名誉のためだろう。あまり大きくない町とだけ言っておく。私は見るからによそ者で、見るからに東洋人だった。町の広場で、ボランティア活動中だった。
「Where are you from?」
声を掛けられた。厳しい顔をした男性。HiもHelloもなく、それがひと言目だった。
「Japan.」
「Eww.」
男性は私に向けて、指で×を作った。ただ、×にしては角度が違っていた。どちらかというと+みたいに、右手の人差し指と左手の人差し指を交差させている。
Where are you from?
Where are you from?
Where are you from?
なん人も、なん人も、なん人も。なん人も同じことを聞いてくる。ある人は笑顔を貼り付けて。ある人は刑事ドラマみたいに。
Japan.
と答えるのに飽きて、+の意味を考える。
+
+
+
・・・もしかして、十字架か?「日本人は新型コロナウイルスに感染しているかもしれないから、災厄をもたらす。立ち去れ悪魔よ!」みたいな意味なのか?
煮え切らない思いを抱き、次の町に移動した。
ニュージーランドの原住民はマオリではない
「I’m so sorry about your experience.」
Ericさんは心から悲しそうに言った。
十字架ですかねと聞いたら、やはり十字架だそうだ。人を見た目や出身地で悪魔扱いするような、そんなひどい差別があってはならない。と、Ericさんは黒い瞳をぬらしている。
Ericさんは町の長老的存在だ。定年退職後、郷土資料館でボランティアをしている。なんだか見たことある顔だなあと思っていたら、思い出した。日本の俳優、津川雅彦にそっくりだ。顔が浮かばない人は検索してみてほしい。ふさふさ眉毛に大きな目、顔の下半分を覆うひげ。瞳は深い黒。日本語で「おじいちゃん!」と呼び掛けたくなるような、頼もしさ。親しみやすさ。
「差別は許さない。まして、この土地では」
Ericさんは語り出す。ゆっくりした英語で。郷土資料館の扉の前で。もう開館時間のはずだけど、そこはのんびりニュージーランド、なんと、鍵を持った人が遅刻中だった。入れなくて困っていたら、同じように入れなくて困っていたEricさんが声を掛けてくれたのだ。それが出会いだった。
扉は閉まったままだけど、Ericさんの話が開く。
「アオテアロア・・・白く長い雲のたなびく地。今はニュージーランドとも呼ばれるこの土地の原住民は、マオリだと言われているね。
だが、違うんだ。本当の原住民は、鳥たちだよ。この土地は、地球最後の鳥の楽園だった。もともと人間はいなかったのだよ。
ところが、人間はやって来た。そして鳥たちを殺した。殺意をもって弓と矢で、知らないうちにウイルスで、鳥たちを次々と殺していったんだ。
やがて鳥の歌が消えた空の下で、人間は殺し合った。肌の色、髪の色、話す言葉が違うからと、人間同士、殺し合った。かつてモア鳥が、フイア鳥が、いや・・・人間に名付けられることすらなく殺された無数の鳥たちが飛び回っていたはずの、歌っていたはずの、この、アオテアロアで。
そんな過去を持つこの土地で、なんだ。肌の色が違うから外国人だ、外国人はウイルスを持っているぞって、見た目で決めつけるのか。悪魔扱いするのか。私は悲しい。何百年繰り返すんだ。このような争いを繰り返したくないからこそ、私は定年後も、この土地の伝承を語ってきたというのに・・・」
Ericさんは、this countryではなくthis landと言う。資料館には絶滅した鳥の剥製もあるそうだ。もう二度と歌わない鳥の死体。
「あなたはどこの町から来たのか?」
「Hi, mate!」
明るい声。ピッカピッカの赤い車で遅刻してきたその人が、郷土資料館の扉を開ける鍵の管理者だ。Ericさんとは違ったタイプの、そうだな、「70年代ロンドンでパンクバンドやってました」って感じのおじいちゃん。たぶん、ギター。
「Eric!」
声がでかい。
「Alex、私だけではない。きみが遅れたせいで、こちらの方もお待たせしてしまったのだよ」
「Oh, hi!」
パンクロッカーAlexは謝らない。サングラスをキラッとさせて、笑顔で握手を求めてくる。握り返す。ブンブン、ハンドシェイク。
長老Ericは笑わずに、パンクロッカーAlexに言いつのる。
「こちらの方はニュージーランドを旅していらっしゃるそうだ。この町には到着したばかり。どうにかして、この町ではよい思い出をつくっていただきたいのだよ。前の町では、ひどい人種差別を受けたそうだからね」
「Bloody hell!」
Alexはキレた。長老に叱られたことに、ではなく。人種差別、と聞いた瞬間に。
「いったい、どこの町だってんだ?!」
Alexはサングラスを外した。青い目が燃えていた。町の名前を聞いたら、赤い車に飛び乗って、「Where are you from? Japan? Eww!」してきた人をぶん殴りに行きそうな勢いだった。たぶん、赤いギターで。
じんわりした。「どこの国から」の前に、「どこの町から」来たのかを聞いてもらえたのは初めてのことだった。
マオリ語由来の名前の発音
私がそのときAlexに答えた町の名前は、マオリ語由来だ。
「○○?!」
Alexは町の名前を繰り返す。引き続きキレている。扉はまだ開かない。
「○○、あんな山ん中、頭の固え白人至上主義者がゴロゴロしてやがる。アメリカの○○と一緒だ。名前までそっくりじゃねえか」
「Alex、やめるんだ。それはそれで偏見だよ」
Ericさんは冷静に止めた。
「でもよお、Eric ! ○○なんかよお・・・」
「やめろと言ってる。それに、なんだ?○○?発音がめちゃめちゃだぞ」
長老Ericさんの英語は、マオリ語寄り。それに対してパンクロッカーAlexさんの英語は、「Bloody hell!」。パンクだった。2人とも英語で話しているけれど、○○という、マオリ語由来の町の名前の発音が決定的に違う。
「○○!」
「なってないな。○○」
津川雅彦似のEricさんが、パンクロッカーAlexさんの発音を直している。
なんだか、志村けんさんのコント「English Lesson」を思い出した。アメリカ英語でPOC(person/people of color)、つまり有色人種と言われるような見た目をした人が、白人の発音を直す。
「○○!」
「No. ○○」
「○○!」
「○○!」
こっちは置いてきぼりだ。扉が開かない。こういうときは。
「Excuse me ...」
中学校で習ったフレーズ。
「Could you please open the door?」
「私は日本の横浜出身です」
「どの国」よりも、「どの町」を。this countryではなく、this landの感覚。
Where are you from?
こう聞かれて、どう答えるか。EricさんとAlexさんとの会話で、新しい扉が開いた気がした。
From Kanagawa in Japan. It’s south of Tokyo.
「横濱」の「洋菓子のフランセ」のお菓子でも持っていこうかなあ。また今度、会えたなら。
今回のEnglishes:ニュージーランドのMāori English
Māori Englishは、語彙、発音、世界観において、マオリ語の影響を受けた英語のこと。ニュージーランド政府の公式サイトで聞くことができる。
Ericさんとは別のマオリ系住民に聞いたところ、例えば英語でWhere do you live?と言うところを、Māori Englishでは、「人生は魂の旅。現世で生きる場所はかりそめ、魂は死後にこそ本当の故郷に帰る」という考え方に基づいて、Where do you stay?と表現したりするそうだ。
対して、Alexさんのような、イギリスをはじめとしたヨーロッパ系ニュージーランド人が話す英語をPākehā Englishと言うことも。
皆さんのニュージーランドの思い出をラジオ風に発表!
牧村さん(まきむぅ)のTwitter、ENGLISH JOURNALのTwitter、ENGLISH JOURNALのFacebookと、Googleフォームで、ニュージーランド英語やマオリ語、ニュージーランドでの滞在やニュージーランドの人との出会いなど、ニュージーランドにまつわる思い出を募集しました。
「多様」な話をご応募いただき、ありがとうございました!
応募していただいた思い出を、牧村さんがラジオ風に読み上げた音声をお届けします。
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文・写真(トップ・プロフィール写真以外):牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』(星海社新書、小学館より増補版、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を拠点とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter:@makimuuuuuu(まきむぅ)
トップ写真:【撮影】田中舞/【ヘアメイク】堀江知代/【スタイリング、着物】渡部あや
編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部