移民として見たBrexit【LONDON STORIES】

移民として見たBrexit【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で10年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。

1月31日、イギリスがEUを離脱

この原稿を書いている3月現在、イギリスも新型コロナウイルスのニュースであふれている。日本の家族や友人たちに「イギリスの状況はどう?」と毎日聞かれるが、実はつい先日までは別の質問が続いていた。そう、1月31日にとうとうその日を迎えてしまった「Brexit(EU離脱)」についてである。

Brexitについては、「離脱派」「残留派」どちらを支持していたかで見える風景がまったく異なる稀有(けう)な出来事である。私は2016年6月に行われた「EU離脱の是非を問う国民投票」から一貫して残留派を支持してきたので、1月31日23時*1を苦々しい気持ちで迎えた。

 

移民として見たBrexit【LONDON STORIES】

EU離脱を報じる、左派の夕刊「イブニング・スタンダード」紙。Farewell but not goodbye(お別れだけどさよならじゃない)というコピーに思わず泣きそうに。

移民として見たBrexit【LONDON STORIES】

左派の新聞はEU旗を一面に、右派の新聞は首相官邸やビッグベンを表紙にするなど、比較すると各紙どちら側の立ち位置かが一目でわかる。

離脱の瞬間はロンドンの地下鉄構内にいたのだが、離脱を祝うためイギリス国旗を手に持ち国会議事堂前に駆けつけた人たちに多数遭遇した。

Brexitに至った経緯や国民の感情は大変複雑だ。ニュース的内容は報道に任せるとして、ここからは居住者であり移民である私が見て感じたBrexitについて書いてみたい。

本当に「Brexit Done(EU離脱完了)」?

すでに「EU」ではなくなったイギリス。1月31日以前と以降で何が変わったのかというと、実は「まだ」何も変わっていない。2 度の離脱延期を経てやっと「離脱成立」となったものの、年内は移行期間なのでこれまでどおり何も変わらないのだ。

EU圏との輸出入に対し、まだ関税がかかっていないので物の値段も変わっていない。「Brexit Done(Brexit完了)」と言っているが、実はBrexitの本番は移行期間終了後の来年2021年からなのである。2月になっても何もなかったかのように日常が続くのでBrexitの実感は湧きづらい。やや拍子抜けした人々は、Brexit後数日で一時はこの話をしなくなった。

しかし3月から始まった通商交渉は第1ラウンドですでに難航。もし年末までにうまく締結できなければ、物価高に加えさまざまな混乱が起こること必至だ。「大丈夫なの!?」と再び不安に思い始めているのだが、そこに新型コロナウイルス問題も発生。しばらくは「どうなるのかわからない」という状況を見守るしかない。

EU離脱、最大の争点は移民問題

EU離脱の争点は多々あったが、最大は移民問題だった。イギリスは古くから移民を受け入れてきた国だが、リーマンショック後の不況により「移民に仕事を奪われた」「移民が無料医療や福祉を受けるためだけに来ている」など、移民に不満の矛先が向いた。

失業したのも病院が混んでいるのも移民のせい。EUを離脱すればEU供託金をそのままそっくり医療に回せる。移民が減ればイギリスはよくなる!そう考えた人の多くが離脱派に回った。

でも……本当に全部移民のせいなのだろうか?私はイギリスにおいて移民であるが、「移民に仕事を奪われた」という意見には違和感がある。全部ではないが、イギリス人と移民がやっている仕事はかなり異なるからだ。例えばイギリス人はホスピタリティー業にあまり向かない。

カフェやレストラン、ホテルの従業員の多くが移民であり、農業、医療、介護も移民が活躍している分野である。長い時間をかけて各々の職業的持ち場が形成されてきたのだが、それはイギリス人がやりたくない仕事を移民が引き受けてきたともいえる。政府は今後、移民が担ってきた仕事をイギリス人失業者で埋める計画だが、そんなにうまくいくかは疑問だ。

イギリスの日常に見える「分断」

離脱派が52対48という僅差で勝利したが、国民の意見がほぼ真っ二つに割れた国民投票。現在も日常レベルで分断の尾を引いている。

例えば誰かと突っ込んだ話をする場合、「この人はどっち派なのか?」をお互い探り合うことがよくある。これは、離脱問題はもちろんのこと社会に対する考え方に大きく関わることなので、「どちらを支持しているのか」を知らずに先の話に進むのが難しいことがあるからだ。

同じであればいいのだが、異なる場合「えっ、そうだったの?」というショックも含め、信頼にヒビが入ることもある。これは選挙権のない在英日本人同士にもいえることだ。離脱の争点は移民問題だけではないのだが、日本人にも離脱派が少なからずいるのである。

移民として見たBrexit【LONDON STORIES】

2019年10月に開催された残留派のデモ「ピープルズ・マーチ」。私も含め約100万人が参加した。

「配偶者は離脱に投票した」と語る日本人にこれまで何人も会ったし、彼らが離脱に投票した理由が「移民問題」というケースも聞いた。「配偶者(=日本人)が移民なのに?」と驚いたが、「日本人は税金を払っているから。この問題の“移民” は私たちのことではない」と語る人もいた。

そうなのだろうか?同じ移民だと思うのだが……私がこの問題に関心があり過ぎるというのもあるのだが、モヤモヤが心に立ち込め人間関係に静かな亀裂が生まれることもある。EU 離脱が生み出した分断は、移民である私にも無関係ではいられない後味の悪さを残している。

来英当初、私は「イギリスに来た」と思って暮らし始めた。しかしある時から「ここはイギリスの前に欧州(EU)なんだ」と思うようになった。そのくらいイギリスとEUの関係の近さを実感しながら暮らしてきたので、Brexitについては書ききれない思いがある。これからイギリスがたどる道を誰もまだ知らないが、居住者として、移民として、しっかり見届けたいと思っている。

イギリスのロンドンってどんなところ?

イギリスの首都ロンドンはイギリス南東部に位置し、さまざまな人種・文化・宗教的背景の人たちが住んでいる「多文化都市」。ビッグベン、大英博物館など観光スポットも満載。

文・写真:宮田華子

ライター/エッセイスト。2002 年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年6月号に掲載された記事を再編集したものです。

*1:イギリスは、中央ヨーロッパ時間の2月1日0時[イギリス時間の1月31日23時]にEUを離脱した