英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中いろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は「シンガポール英語=シングリッシュ(Singlish)」。
帰国子女に対する劣等感
入試に受かると、そこは帰国子女しかいないクラスだった。
「君の英語試験のスコアは、中級と上級のボーダーだ」
なんていうか、最高司令官みたいなアメリカ人教官に面接された。Yes, I can. Dream big. 上級クラスにぜひぜひチャレンジしたいです、イエッサー。とかやった結果が、「自分以外全員帰国子女」というこのクラスだった。
「どこ出身?」
「Boston.」
「Seattle.」
「Edinburgh.」
あまりにも滑らかにみんなが発音する。泣きそうになる。帰国子女だって、「帰国子女だから英語が得意でいいよね」みたいな雑な扱いを受けるのはイヤだろうとわかっている。わかっているんだけど、中でも海外経験のない自分だけが浮いている気がして、出身地、英語っぽく言いたくなる。神奈川。Yes, キャナガァワァ。
「私はシンガポール」
その子は日本語で言った。
「シンガポールって面白いんだよ。 Singlish っていう、シンガポール独特の英語があってね。例えば『OK』のこと、『おっけーらぁ~!』って言うんだよ。かわいくない?!」
OK了
ノートに書かれた3文字。シンガポール出身の日本人学生が教えてくれた「OK了」は、お守りになった。自分の出身地さえ「キャナガァワァ」とか英語っぽく言いたくなってしまう劣等感、「どんなに勉強してもどうせBoston出身の子には勝てないんだ」という劣等感の穴ぐらを、「おっけーらぁ~!」、その素朴な響きが、いつもそっと明るく照らしてくれたのだった。
世界中に複数形で存在するEnglishes
Englishes という表現がある。
Englishという言語は、もはやEnglandだけのものではない。世界中で話されている。各個人の言語や文化や時代性と混ざり合いながら。バラバラのまま、それぞれのまま、ふんわり複数形で・・・。そんな感覚で世界中の「英語たち」を捉える表現こそ、「Englishes」なのだ。
一つ一つを見ていきたい。
一人一人と向き合いながら。
予想 外」の出会い">ニュージーランドでの「 予想 外」の出会い
OK了~。シンガポールのSinglishの話から始めよう。
英語上級クラスを修了できないまま大学を中退した。学費が高過ぎた。バイト先が倒産したせいでもらえなかったお金を思うと、収入を1カ所に頼るのが怖くなった。バイトを掛け持ちした。肉屋からウェブメディアの編集部まで。フリーターだった22歳は、フリーランスで文筆業を営む32歳になっていた。
ニュージーランドに行くことにした。
一度、取材で訪れたその国は、日本とは季節が真逆。冬に行けば夏だ。日本で寒さに震えながら過ごすよりは、南半球で夏をエンジョイした方が仕事もはかどるのでは。と、1カ月の予定で、仕事用MacBookを抱えて飛行機に乗った。
「 Plot twist .」
プロット・ツイスト・・・、「脚本のひねり」。つまり、「 予想 外の 展開 」。なんともオシャレな英語表現で出迎えてくれたのは、Leo。ストレートな黒髪のシンガポール人女性。ウォン・カーウァイ映画を実存主義哲学で読み解く論文で大学を出て、今は広告業界で働いているという。
予想 外。ホテルではなく、Leoの家で数日間過ごすことになった。ホテルを激安予約サイトで予約したつもりが、激安予約サイトだからか、予約できてなくて、うわ、今夜の宿がない。ってなっていたところを、Leoが助けてくれたのだった。友達の友達である、Leoが。その日、初対面だったのに。
Leoは、恋人のNadiaと暮らしている。Nadiaも同じくシンガポールから来た女性だ。LeoとNadiaはシンガポールで出会い、愛し合い、さまざまな国々を共に旅してきた。十数年の旅の果て、今、ニュージーランドに根を下ろそうとしている。
シンガポール人の名前
「シンガポールでは、同性愛は違法なんだ。正確には、男同士の性行為が違法」
Leoは英語で言った。シンガポールは、1824年から1942年まで大英帝国に植民地支配されている。 男同士の性行為を違法とする刑法377A条も、いわば、大英帝国に押し付けられたものだ。その次は大日本帝国がやって来て、「昭南島」という名前を押し付けた。
LeoとNadiaの名前を、ちゃんと呼びたいと思った。ちゃんと知りたいと思った。
LeoとNadiaの車は中古の日本車だ。エアバッグに「!警告!」と日本語で書いてあって、カーナビはなぜか、東京の荻窪辺りをぐるぐるしている。荻窪じゃなくてオークランドを走っている。HELL PIZZAとか KILLER HAIRとか、強そうな名前をした店の看板が車窓を流れていく。それを横目に、後部座席からLeoに話し掛ける。
「Leoってさ、Facebookで見たけど、本当はL-E-O-N-Gって書くんでしょ」
「うん」
「どう発音するの?」
「“Leong”だけど、無理に言わなくていいよ。English speakerには、“Leo”の方が発音しやすいでしょ」
と、Leoは英語で言う。
「私は日本人だよ。native English speakerじゃないよ~」
こちらも英語で返す。
「日本人だから漢字もわかるよ。シンガポールの人の名前って、漢字使うの?」
「Leongは漢字で書ける。漢民族系だから」
「あとで書いて~!Nadiaは、英語っぽいね」
「うん。私はお父さんがインド系シンガポール人のムスリムだから、アラビア語でも英語でも通用する名前として、お母さんからNadiaって名付けられたの」
車はマレーシア料理店に着く。私たちは麺をすする。フォークではなく、お箸で。
多言語の早口言葉パーティー
日曜日。LeoとNadiaの家で過ごす最後の日は、ホームパーティーだった。国際都市オークランドに住む2人の家には、いろんな国からの移民、旅人、留学生が10人ほど集まった。イタリア、フランス、南アフリカ、イギリス、韓国、そして日本。
共通語は英語。だけれどいつの間にか、それぞれの母語での早口言葉大会になっていた。「バス、ガス爆発」。Explosion ! 爆笑する。
「みんないいなあ。私には、英語しかない・・・」
ロンドンから来た子がしょんぼりした。胸がちりちりした。シンガポールや南アフリカの人が英語を話すのは、イギリスが植民地支配したからじゃん。神奈川の米軍兵士の英語を思い出す。「キャナガァワァ」。自分の出身地を英語っぽく言いたくなってしまった、あの、大学での劣等感がよみがえる。胸がちりちりする。イギリス出身だからって、植民地支配はこの子のせいじゃないのに。大学で出身地を言いづらかったのは、帰国子女のせいじゃないのに。自分が、自分こそが、自分自身が、英語にコンプレックスを抱いているせいなのに。
八つ当たりしてもしょうがない。
「八つ当たり」って、英語でなんて言うんだろう。って、思った。「 早口言葉 」は英語で tongue twister だって、その夜、覚えた。
母語と第1言語は同じではない
Leoの名前をLeoと呼ぶ。LeongではなくLeoと名乗ってニュージーランドで生きることを選んだのはLeo自身だ。パーティーは終わった。みんな帰った。一人一人の顔を、声を、mother tongueでのtongue twisterを思い出す。
「英語を学んでよかったな。英語を学んでなかったら、みんなと話せなかったな」
「そうだね」
Leoがうなずく。Nadiaのシャワーの音が聞こえる。
「Leoは、英語が母語でよかったと思わない?シンガポールを出て、ニュージーランドでロンドン出身の子と友達になって。広告業界でバリバリやって、日本人の私とも、今、英語で話してる。英語が母語って、ラッキーだよね」
「 English is not my mother tongue. 」
英語は私の母語ではないよ。Leoは、Englishで言った。
「英語は私の第1言語ではあるけど、母語ではない。シンガポールは大英帝国に支配され、英語を強制された。今でも、白人の方が優秀だって考える人が少なくないよ。自分自身が東洋人なのに、『白人の方が優秀だから』って、東洋人を採用したがらない人事部長だっているんだよ。
確かに、第1言語は英語。Nadiaと話すのも英語。実家や職場で話すのも英語。けど、英語を母語と呼ぶのは、しっくりこないな。単に、英語が第1言語だというだけ。母語ではない」
Then , what is your mother tongue?
そう聞きかけて、やめた。
plot twistで出会った私たちが、tongue twisterで笑い合う。そんな夜があった。大切なのは、どのmotherから生まれたかではない。どう生きるかだ。
OK了
旅は続く。motherを離れ、遠い地の言葉をお守りに。
今回のEnglishes:シンガポールの英語表現
OK了.発音は「オーケーラー」に近い。
OKだよ。
シンガポールの公用語は英語、北京語、タミル語、マレー語で、この表現は 英語の「OK」と北京語の「了」が混ざったもの 。
このようなSinglishをシンガポール人全員が話すわけではない。Leoたちのように、シンガポールを離れて、Englishで暮らす人々もいる。
本連載が書籍化!書き下ろしも!
英語にコンプレックスがあった。でも英語を学んだから、世界中のいろいろな人たちに出会えた。そして、「英語は1つではない」と知った。――米軍基地の街に育ちながら「ネイティブ英語」に違和感を持っていた著者が、世界12カ国100都市以上を旅する中で多様な人々や言葉と出会っていく様子を描いたエッセイ。
シングリッシュ、マオリ英語、ピジン英語など、各地で独特な英語の歴史や表現、オランダ語やフランス語などの他言語と英語との関係も紹介。旅行気分を味わえる写真付き。
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文・写真(トップ・プロフィール写真以外):牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』( 星海社新書 、 小学館より増補版 、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を 拠点 とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter: @makimuuuuuu (まきむぅ)
編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部