It’s all Greek to me.の意味は?「グリークリッシュ」って何語?「死神」という名の男の子との出会い

英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中いろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は「ギリシャの英語=グリークリッシュ(Greeklish)」。

「タベルナ」はむしろ〇〇をする所だった

ギリシャ語は不思議だ。

「よっこらしょ」は「オッパラキャ」

「おばあ」は「ヤヤア」

「あらら」は「ポー!ポー!」

あげくの果てには、「 NO 」を言うとき、「拒否!」みたいにして、「オヒ!」と言う。

知らない島に来たはずだ。

ギリシャの島に来たはずだ。

なのに、なんだか、懐かしい。

同士だからかな。

「タベルナ」というのが、「食堂」 という意味だ。タベルナで食べたのは、なんと、お米と干物。魚の匂いをかぎつけて、猫がいっぱい寄ってくる。「猫」は「ガタ」。なんか、「ンガァ~タ」みたいな甘い発音をする。日本語で「にゃんこ」とか「ねこちゃん」とか言うみたいに、ギリシャ語でも「ガターキ」とか「ガトゥーラ」とか言う。

ギリシャ語は、不思議だ。

英語から逃げるためにギリシャ語を学んだ

中学のとき、お年玉でギリシャ語入門書を買った 。高校に上がり、バイト代でギリシャ語教室に通った。大学には、そのギリシャ語入門書を書いた先生がいた。興奮して、「サインしてください!」と言ってしまった。

ギリシャ語を学んだのは、英語から逃げるためだ 。私は日本に生まれた。義務教育で英語をやる国。「きらきら星」のメロディーに乗せて、大人たちはきらきらと歌う。

A B C D

E F G

H I J K

L M N

歌えば、褒められた。

なんだか、苦しかった。

なぜだか、苦しかった。

トゥインクル・トゥインクル・リトル・スター。

欲しくもない星に手を伸ばして届かなくて疲れちゃって、「英会話フレーズ集」をめくる。

「ネイティブはそんなことは言わない!」

「その英語、外では通用しません!」

「日本人の英語が過去最低に」

「まだI’m fine , thank you .とか言ってるの?」

「L ! R ! TH!」

「This is a pen.(笑)」

おまえの英語は恥ずかしいぞ、という脅しに囲まれて、「英会話フレーズ集」をめくる。

そこに、運命の言葉があった。

It’s all Greek to me.
「そんなの、全部ギリシャ語だ」っていう表現が、英語では「まったく訳がわからない」という意味 になるらしい。

それなら、ギリシャ語ができれば、私の英語は笑われなくなるのかな?ギリシャ語さえできれば、苦しまなくて済むのかな?

α アルファ

β ベータ

γ ガンマ

一文字一文字、書き写す。ピカチュウのノートに。

アルファ!

ベータ!

そして・・・

オメガ!

一文字一文字、覚えるたびに両目からビームが出そうだった。 強くなれる気がした 。どんなに英語をばかにされたって、ギリシャ文字が守ってくれる気がした。どんなに英語をばかにされたって、「私にはエプシロンもオミクロンも付いてる」って、かっこいい名前のギリシャ文字が、魔法みたいに青く光る気がした。

「星」は、ギリシャ語で「アステリ」。あしたを、明るく照らす。

ギリシャ語は、不思議だ。

「タナシスどの」と名乗ったギリシャ人男子学生

ナシスどのと出会った。

タナシスどのはギリシャ人男子学生で、日本に夏期留学中で、お相撲さんの琴欧州みたいにふっくら大きくて、にこにこして、ご機嫌だった。

「日本語には、さん、くん、ちゃん、さま、などいろいろな敬称がある」って日本語学校で教わって、

Call me タナシスどの!」

と、 自分の名前「タナシス」に「どの」を付けて 、うれしそうにしていた。

「I like the sound. DOMO ! タナシスDONO ! HA HA HA.」

2009年だった。ほとんどの人がガラケーを使っていて、ガラケーでギリシャ文字を入力することは難しかった。ギリシャ文字を入れると、文字化けしてしまうこともよくあった。

ちょうど、2009年当時のTwitterが日本語ハッシュタグに対応していなくて、みんなが「#sougofollow(相互フォロー)」とか書いていたのに似ている。もっと前、ポケベルで「0840-(おはよおー)」とか書いていたのにも似ている かもしれない

デジタルの世界はABCで出来ていた。 ギリシャ語や日本語は、ABCに化けないと入れない のだ。

だからギリシャ語を話す人たちは、英語のアルファベットと数字でギリシャ語を書く「 Greeklish 」を編み出した。日本語の「あいうえお」の形がまったく「ABC」に似ていないのに対し、ギリシャ語の「αβγ」は「ABC」に似ていた。

α→a

δ→d

θ→8

それもそのはず。だって、 ギリシャ文字こそがABCのご先祖様 なのだから。文字だけでなく、単語も。 ブリティッシュ・カウンシルのコラム によると、実に 15万以上の英単語がギリシャ語に由来 するらしい。

そんなわけで、ガラケーの中で、GreekとEnglishはミルクティーみたいに溶け合って「Greeklish」になった。混ざり合ったそれはもはやミルクティーでしかなく、どっちがミルクでどっちがティーだったかわからなくなっていた。ガラケーで交わすメールはこんな状態だった。

「Party sto Roppongi !」(六本木でパーティー!)

「OK Gouglarw.」(OK、ググるわ/Googleで検索するわ)

このようなGreeklishが若者のギリシャ語能力を下げると怒っている人もいたけれど、仕方なかった。六本木はRoppongiだし、GoogleはGoogleだし、私たちのガラケーでは、ギリシャ文字の入力ができない

しかも「OK」なんて、ギリシャ文字で書いたって「ΟΚ」、「Ολα Καλ?」(オーラ・カラー/すべてよし)だ。ギリシャ語は英語の先祖。Greeklishはミルクティー。言葉は海にさえぎられても、カップの中で混じり合う。

哲学用語のタナトスは「死」

「OK」

在日ギリシャ人パーティーで踊る。サキス・ルーヴァスというギリシャ人歌手の、「Ολα Καλ?」が流れている。

「タナシスどの」

「Hai」

「私、タナシス、ってちゃんと発音できてる?ほら、タナシスってThanasisでしょ。日本人はthの発音が駄目だってよく言うから」

「OK」

Ολα Καλ?、Ολα Καλ?。みんなが踊る。これは六本木風の踊りなのか、ギリシャ風の踊りなのか。

「タナシスって名前かっこいいよね。 哲学用語のタナトス みたい」

「Yes, それ」

「へえ! タナトスって『死』 でしょ?じゃタナシスどのは、ええっ、んっと、『 死神どの 』?」

「死神どの?!!」

パァン!

砕ける音。おの破片。「失礼しました~!」。飲食店でバイトしていたときの、とっさに謝る癖が出そうになる。

「割ってみなよ~!」

皿を渡される。踊りの輪が広がって、みんなお皿を叩き割って爆笑している。

「ギリシャの伝統だよ!」

「死神どの、からかわないでよ」

「本当だよ!」

パァン!パァン!

あはははは!

本当にギリシャの伝統だよ。ギリシャでは、パーティーの皿割り専用の皿まで売ってるんだよ!」

「もったいない」

「皿は土に還る(かえる)よ。そしてまた、新しい皿になる」

死神どの、が言うと、それは妙に説得力があって。お皿を 受け取る 。ひんやりした、よくある陶器のお皿。

「キ・エゴ! キ・エゴ!」

私も、私も!とギリシャ語で言ってみる。お皿割りの輪に入る。すごく悪いことをしているみたい。破片で誰かにけがをさせちゃったらどうしよう?

パンッ。

手を離す。お皿が落ちる。

割れなかった。割られたお皿たちの破片に受け止められていた。

「不死」と「死」、接頭辞Aはどこへ行った?

家に帰ってGoogle検索する。Gouglarwする。 タナシスという名前は、本当に哲学用語の「死」、「タナトス」と同じルーツ だった。

古代ではもともとAthanasis、 打ち消しの接頭辞Aを付けて「不死」を意味する名前 だった。それが 現代では、Aを付けなくなり 、「Thanasis」とするのが一般的らしい。そしてこのThanasisという名前が、何百年もの間使い続けられている。いつ、Aが取れたんだろう?

わが子に初めてAthanasisではなくThanasisと名付けた、何百年前の誰かのことを思う。その人もお皿割りをしたのかな。砕かれては土に還り再生する、お皿のことを考えたのかな。

ギリシャ語は、不思議だ。

Thanasisは今日を生きている。何百年前に生きていた、初めてAが取れたThanasisさんの、その 先に

今回のEnglishes:ギリシャの英語表現

athanasia

 

不死

「不死」を意味する、 ギリシャ語由来の英単語 。現代ギリシャ語でも「Αθανασ?α」と、ほぼそのままの発音で使う。

これを英語で書いた場合も、アルファベットによるギリシャ語表記Greeklishで書いた場合も、同じく「athanasia」となる。

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英語にコンプレックスがあった。でも英語を学んだから、世界中のいろいろな人たちに出会えた。そして、「英語は1つではない」と知った。――米軍基地の街に育ちながら「ネイティブ英語」に違和感を持っていた著者が、世界12カ国100都市以上を旅する中で多様な人々や言葉と出会っていく様子を描いたエッセイ。

シングリッシュ、マオリ英語、ピジン英語など、各地で独特な英語の歴史や表現、オランダ語やフランス語などの他言語と英語との関係も紹介。旅行気分を味わえる写真付き。

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文・写真(トップ・プロフィール写真以外):牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』( 星海社新書小学館より増補版 、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を 拠点 とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter: @makimuuuuuu (まきむぅ)

トップ写真:【撮影】 田中舞 /【ヘアメイク】堀江知代/【スタイリング、着物】渡部あや

編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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