英語は、楽しい文学や映画、コメディーなどに触れながら学ぶと、習得しやすくなります。 具体的な 作品を取り上げて、英語の日常表現や奥深さを、シェイクスピア研究者で大学准教授、自称「不真面目な批評家」の北村紗衣さんが紹介します。連載「文学&カルチャー英語」の第1回は、世界中で大人気の児童文学、『パディントン』です。
※テキスト中のリンクが表示されない場合は、オリジナルサイト< https://gotcha.alc.co.jp/entry/20191011-kitamura-literature-culture-1 >でご覧ください。
文学や映画で英語表現をゆるふわに紹介
こんにちは。少し前に、この「GOTCHA!」のサイトで、 文学と英語教育についての記事 を書いたところ、興味があるという方が比較的いらっしゃったため、これから全6回で、文学や映画、コメディーなどをテーマに、英語の表現を学ぶ連載を書くことになりました。
この連載では、できるだけリラックスした感じで、いろいろな種類の楽しいテクストを取り上げ、 易しめの表現からだんだん難しい表現へ と進んでいきたいと思います。
英文学や古典を使った英語学習の本というと、このところ、倉林秀男、河田英介 共著『 ヘミングウェイで学ぶ英文法 』(アスク、2019年)や、根井雅弘著『 英語原典で読む経済学史 』(白水社、2018年)など良い本が出ているので、じっくり1つのテーマで英語を読んで学びたいという方は、ぜひ、そちらを手に取っていただきたいと思います。
この連載は、こうした本よりもだいぶゆるふわなので、面白さを感じながら、英語に親しんでいただけると幸いです。
▼「文学と英語教育」の記事はこちら↓
本も映画も人気のパディントン
第1回は、マイケル・ボンド(Michael Bond)の絵本、パディントン・シリーズを取り上げます。
パディントンは、世界中の子どもたちに愛されているクマのキャラクターで、私の指導学生の間でも人気があります。2014年から映画のシリーズも始まっており、良質なファミリー映画として、批評・興行の両面で成功を収めています。
パディントンがイギリス王立造幣局とコラボ
2018年にイギリス王立造幣局(The Royal Mint)がパディントンとコラボレーションし、「Paddington Lends a Helping Paw」というウェブ記事を公開しました。
▼イギリス王立造幣局とパディントンのコラボ記事↓
https://www.royalmint.com/discover/uk-coins/paddington/making-the-coin/
この記事は、パディントンが、記念硬貨作りを見学するため、ウェールズの造幣局まで出向くという内容で、子ども向けに硬貨の作り方を解説しています。
記事のタイトルを見て、どういう決まり文句をひねったものなのか、 すぐに思い付きますか?
タイトルの 「Lends a Helping Paw」は、日本の高校などでも習う基本的な表現のlend a hand(手を貸す)の変形 です。lend a handはよく使う表現で、handの前に修飾語句のhelpingが入っている、lend a helping hand(援助の手を差し伸べる)も、英語圏の人にはおなじみの言い方です。
この見出しではそれが、 paw、つまり「手」ではなく「前足」 になっています。これはもちろん、パディントンがクマだからです。
「クマ視点」の英語表現
実は、マイケル・ボンドの原作でパディントンの行動が描写される際、通常の英語表現でhand(手)、finger(指)、arm(腕)などを使うところのほとんどは、クマ視点で paw が使われています。
このクマ視点の表現は、パディントン・シリーズの特徴の一つで、イギリスの読者にはよく知られています。だからこそ、王立造幣局の記事でも、 ファンならぴんとくる、人目を引く表現 として使用されているのです。
王立造幣局の記事では、パディントンが、出来上がったコインをロンドンのパディントン駅のお店まで「paw - deliver」、つまり hand - deliver(手ずから届ける) ではなく「前足ずから届ける」という重要な任務を仰せ付かったということも書かれています。
この記事は全体的に、マイケル・ボンドの クマ視点の世界観を壊さないよう 、気を付けて作られているのです。
at paw’s lengthはヒト視点だとどうなる?
「lend a paw」という王立造幣局の記事に出てきた表現は、パディントン・シリーズの原作でも登場しています。
『パディントンとテレビ』(Paddington at Large)に収録されている「パディントン、素人芝居に出演する」(Paddington and the Christmas Pantomime)には、「He’s promised to lend a paw with the sound effects」(原著p. 117)、つまり「効果のほうに前足貸してくれるって」(訳書p. 160)という表現があります。
同じ作品集に入っている「幸運はだれに?」(Paddington Hits the Jackpot)には、クイズに答えようとするパディントンが、「I think I’d like to try my paw at mathematics, please.」(原著p. 65)、「では、数学で運だめしをしてみます」(訳書p. 89)と言うところがあります。この 「try my paw at」は、「try my hand at」(腕試しをする)を変形 させたものです。
『くまのパディントン』(A Bear Called Paddington)に収められている「パディントンと名画」(Paddington and the Old Master)では、絵を描こうとするパディントンについて、「he stood back holding the end of the brush at paw’s length」(原著p. 41)、「前足をのばして絵筆のはしを持ち」(訳書p. 119)という描写があります。
この「at paw’s length」は、基になっている表現を知らなくてもなんとなく分かると思いますが、これを人間視点に直すとどうなるでしょうか?
正解は、 at arm’s length(腕を伸ばした距離で) です。
『くまのパディントン』には挿絵がたくさんありますが、いかにも画家らしく、片方にパレット、もう片方に絵筆を持って前足を伸ばしている パディントンの姿を具体的に思い描き 、その姿が「at paw’s length」なんだ、と考えておくと、たぶん次にat arm’s lengthという表現に出くわしたときに、どういう動作なのか、すぐ想像がつくようになると思います。
クマと人間の共存関係
同じ「パディントンと名画」のお話では、大失敗をしたパディントンに、ブラウン家の娘ジュディが「keep your paws crossed」(原著p. 46)と言う場面もあります。
ここは翻訳では、「おまじないをしておきなさい」(訳書p. 125)となっていて、元の言葉遊びが分かりにくいのですが、 keep one’s fingers crossedのfingersをpawsに変えた もので、人差し指と中指を十字にからませる幸運のおまじないの仕草を指します。これも、パディントンがちょっと不器用に一生懸命、前足の指を絡ませようとしている仕草を想像しながら、表現を覚えるといいかもしれません。
この場面で面白いのは、 ジュディも、パディントンの行動を描写するときはクマ視点 だということです。
ジュディは、難民としてペルーからやって来たパディントンの養親であるブラウン夫妻の娘で、言ってみれば養子になったパディントンのきょうだいに当たります。クマと人間のきょうだいということになりますが、お互い、当たり前のように双方の 体の作りや習慣の違いを受け入れて おり、相手の立場に立って話しています。
ロンドンパラリンピックの際、 障害のあるアスリートに失礼なことを言わないにはどうすべきか 、ということが話題になりましたが、ジュディとパディントンは自然とそれができていると言えます。英語表現だけではなく、こういう態度もブラウン家から学びたいですね。
定番の英語表現を楽しく覚えられる
『くまのパディントン』は、金星堂からなかなかしっかりした英語教材も刊行されており、注付きで読むことができます(興味のある方は、記事の最後の参考文献をご覧ください。幾つか注をアップデートした方がよさそうなところもありますが)。
パディントンの本は、英語でよく使われる表現がクマ視点になっており、こうしたところから日常的な表現を覚えたり、英語の面白さを味わったりすることができます。
映画の『 パディントン 』と『 パディントン2 』(2017年)も、面白い上、丁寧で聞き取りやすいロンドン地域の英語が聞けます。ただ、残念なことに、日本語版ブルーレイディスクに英語字幕が付いていません。ぜひ、学習者のために英語字幕を付けた版を出してほしいものです。
参考文献
北村紗衣さんの新刊
注目のシェイクスピア研究者、北村紗衣が、海外文学や洋画、洋楽を、路地裏を散歩するように気軽に読み解きながら、楽しくてちょっと役立つ英語の世界へとご案内。英語圏の質の高いカルチャーに触れながら、高い英語運用能力を得る上で重要な文化的背景が自然と身に付きます。“路地裏”を抜けた後は、“広場”にて著者自身が作問し解説する「大学入試英語長文問題」も堪能できる、ユニークな英語カルチャーエッセイ。
編集:ENGLSIH JOURNAL編集部/トップ写真:山本高裕
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