クイーンの代表曲が描く、真のチャンピオンとは誰のことか?【茂木健一郎の言葉とコミュニケーション】

茂木健一郎さんの連載「言葉とコミュニケーション」第16回。今回はイギリスのロックバンド、クイーンの代表曲から、言葉の世界を広げます。

最もキャッチーなメロディーを持つ曲

伝説のバンド、クイーンのフレディ・マーキュリーの人生を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』が空前のヒットとなっている。

先日発表されたアカデミー賞でも、フレディ役を演じたラミ・マレックさんが主演男優賞を受賞。その他、編集賞、録音賞、音響編集賞の四冠に輝いた。

アカデミー賞の快挙により、さらに観客動員が伸びそうである。

この映画の中でも、クライマックスの「ライブエイド」のシーンで歌われていた、クイーンの代表曲の一つ『伝説のチャンピオン』。

「私たちはチャンピオンだ」(We’re the champions)と歌うメロディーは、誰でも耳にしたことがあり、また親しみがある。この曲が、ポピュラー音楽の歴史の中でも最も「キャッチー」なメロディーだという研究もある。

歌詞の内容や、そのメロディーの親しみやすさから、サッカー場でファンたちがチームを応援したり、勝利を祝ったりする際にも歌われるようになってきた。

ところで、「私たちはチャンピオンだ」という歌詞は、どのような意味なのだろうか。

普通に考えれば、自分たちの勝利を祝ったり、誇ったりする歌詞だと思えるだろう。

「敗者のための場所はない」というフレーズもあり、人によっては、勝者のおごりというようなニュアンスで捉える人もいる かもしれない

実際、そのように捉える人も多いようで、クイーンのギタリスト、ブライアン・メイが、そのような意味ではないと反論したりしている。

『伝説のチャンピオン』の真意は何か?

守護者としての「チャンピオン」

『ボヘミアン・ラプソディ』に描かれたように、フレディ・マーキュリーはエスニック的にも、またセクシャリティー的にも、マイノリティーとしての苦しみや苦労を経験している人である。どちらかと言えば弱いもの、立場の苦しい人の側に立つ人である。そんなフレディが、「私たちがチャンピオンだ」と勝ち誇るような、それだけの曲をつくるだろうか?

『伝説のチャンピオン』の歌詞は、もともと、言うまでもなく英語で書かれている。この英語の「チャンピオン」という言葉には、どのような意味があるのだろうか。

辞書を見ると、「チャンピオン」には、もちろん、「勝利者」という意味もあるけれども、 同時に 、何かの価値、あるいは人にとっての「守護者」という意味もあることが分かる。

例えば、中世では、ある女性が権利を侵害されたり、その名誉が脅かされたりしたようなときに、肉体的な力に限りがあるその女性に変わって、騎士が闘うという習慣があった。それがどれくらい実際に定着していたかは別として、少なくとも理念としてはそのような習慣があった。

そのように、誰かのために闘う人のことを、「チャンピオン」と称していたのである。

ワグナーのオペラ『ローエングリン』にも、真実ではない嫌疑をかけられたエルザ姫の「チャンピオン」として、白鳥の騎士、ローエングリンが登場する。エルザ姫のチャンピオン(守護者)としてローエングリンは闘い、勝利する。そのことで、エルザ姫の名誉は守られる。

さらに古代にさかのぼれば、二つの集団が対峙(たいじ)する際に、集団の構成員が全員対決するのではなく、それぞれの集団の代表が「チャンピオン」として登場して、その勝敗によって集団自体の勝敗の決着をつける、そんな風習もあったという。

つまり、「チャンピオン」には、自分の身体を張って、自らを危険にさらしてみんなのために頑張る、闘うという意味があるのである。

フレディー・マーキュリーが歌った『伝説のチャンピオン』の「チャンピオン」の意味は、「勝利者」という意味よりも、むしろこちらの方ではないのかと私は感じるのである。

言葉一つから広がる、心に響く世界

『伝説のチャンピオン』の歌詞は、最後、「世界のチャンピオンだ!」と締める。この歌詞を、世界一とか、世界を制覇したというふうにとらえることもはもちろん可能だけれども、むしろ、「世界」の守護者として自ら努力し、闘うという意味にとらえた方が、フレディの気持ちに寄り添うことになるのではないかと思えるのである。

つまり、『伝説のチャンピオン』は、「世界」の「守護者」としての決意や思いを込めた歌と解釈できるのではないか。

現代の英語でも、「チャンピオン」は「守護者」という意味で使われることがある。そして、ジェンダーの平等についての理解が深まった現代では、例えば女性を男性がチャンピオンとして守るというニュアンスは減っている。

むしろ、人権だとか、自由だとか、平等だとか、みんながいいなと思う価値、しかしそれを完全に実現するのが難しいことをなんとか守り、高め、広げようとして頑張っている人のことを、「チャンピオン」として紹介するような用例をしばしば目にする。

古代の武力に基づく「チャンピオン」が、現代では、価値観や文化における「チャンピオン」に広がり、そして深まっているのである。

そのような、新しい価値観の表現として『伝説のチャンピオン』の中の「チャンピオン」という歌詞を受け止めると、あの曲がさらに感動的なものに思われてくるのである。

私たち一人ひとりが、自分が信じる普遍的な価値、文化、人の生き方の「チャンピオン」として、頑張ることができたら、闘うことができたら。そうしたら、世界は、もっと良い場所になるだろう。

世界には、まだまだ苦しんでいる人たち、弱い立場にいる人たちがいる。そんな方々の「チャンピオン」(守護者)としてできることはたくさんあるはずだ。

理想的な夢物語 かもしれない けれども、フレディのあの楽曲には、それくらいの情熱が込められていると考えてもいいのではないか。

そして、このような解釈の 可能性 が、「チャンピオン」という一つの言葉の意味の広がりをとらえることから開かれるように、言葉を学ぶ上では、あるいは言葉を使って考えるためには、時には一つの言葉の前で立ち止まることが大切なのだと思う。

「チャンピオン」という一つの言葉が「勝利者」という意味にはとどまらないという気付きから、心に響く世界が広がる

最近では小学校から英語を学び始めるけれども、『伝説のチャンピオン』の英語は比較的平易で、わかりやすい。

この曲における「チャンピオン」とは、どのような意味か、先生が率先してみんなで考え、議論してみたら楽しいのではないかと思う。

おすすめの本

コミュニケーションにおける「アンチエイジング」をせよ。「バカの壁」があるからこそ、それを乗り越える喜びもある。日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。 別の世界を知る喜びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味がある。英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ――茂木 健一郎

デジタル時代の今だからこそ、考えるべきことは多くあります。日本語と英語……。自分でつむぐ言葉の意味をしっかりと理解し、周りの人たち、世界の人たちと幸せにつながれる方法を、脳科学者・茂木健一郎氏が提案します。

炎上論 これからのコミュニケーションと生き方 GOTCHA!新書 (アルク ソクデジBOOKS)
  • 著者: 茂木健一郎
  • 出版社: アルク
  • 発売日: 2018/04/24
  • メディア: Kindle版

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

写真:山本高裕

SERIES連載

2024 04
NEW BOOK
おすすめ新刊
英会話は直訳をやめるとうまくいく!
詳しく見る
メルマガ登録